穏やかな余生
Side:織田信友
隠居して清洲城下に与えられた屋敷に籠もっておる。
あれから幾日が過ぎたであろうか。大和守家を潰えさせてしもうた己が愚かさと向き合う日々だ。
弾正忠は戦上手なれど、そこらの武辺者よりは信義を重んじる男。大膳が久遠を狙わねばあそこまでやることはなかったはずだ。
「殿、河尻様が参られてございます」
隠居した後、わしを訪ねてくる者はおるが、会うたことはない。身勝手かもしれぬが、旧臣と会うだけで疑われる身だ。わしのためにも相手のためにもならぬ。
ただ、河尻からは弾正忠殿の許しを得ておるという言伝があった。
「通してくれ」
会わねばなるまいな。怒りや憎しみを向けられ罵倒されようとも。
一の間にて会うこととしたが、深々と頭を下げる河尻に懐かしさを感じる。顔つきは落ち着いておるが。はたして……。
「久しいな。弾正忠殿に仕えることを許されたとか」
「はっ! 愚か者にも慈悲を与えていただいてございます」
わしが清洲城を出たことで河尻は退いた。当然であろうな。主のおらぬ戦などあり得ぬ。坂井一党と共に死んでやる義理もない。
「勝手に城を出て済まなんだ。恨むなとは言えぬが、すべてを失うた身だ。詫びることしか出来ぬ」
「恨み言を言うために参ったのではございませぬ」
ならば、今一度戦をしろと促しにきたか?
「なにかお困りのことがあれば、某がなんとか致しましょう。大殿の許しは得ております」
なんとまあ、物好きな。
「それには及ばぬ。二心なきように新たな主に仕えよ。疑われる真似などするな」
大膳と違い、謀り事など好まぬ男だ。そのままの意味であろうが、余計なことなどせぬほうがよい。
「某はすでに女に敗れてございます。あの夜、素破の格好をしたおかしな女に敗れました。故に大殿も信じていただけたはず。旧主に多少の義理を通したとてお叱りは受けますまい」
女に……? まさか……。
「その心意気だけで十分だ。まことに困っておらぬ。弾正忠殿から金色酒やらなにやらと頂いておってな。あの頃よりもよき暮らしをしておるほどよ」
弾正忠殿の良きところよな。さっさと殺してしまえばいいものを。大膳ならば、そうするはずだ。
「左様でございましたか。安堵致しました」
こやつならば弾正忠殿の下でも生きて行けよう。
わしはこのまま穏やかな余生を送ることにする。大膳にもこやつにも及ばぬ身だ。余計なことをして因幡守家として弾正忠殿に仕える父上や一族に迷惑を掛けたくない。
ああ、一度、久遠の黒船を見に行きたいの。そのくらいならば弾正忠殿も許してくれよう。願い出てみるか。