第20話・カレーだよ、全員集合!
「面白いことするね?」
新しい鍋にラードを入れるとコンロで熱する。
とんかつはやはりラードがいいだろう。シルバーボアの脂身からラードを作ることも考えたが、一からラードを作るのは未経験で自信がなかったのでリュックにあったラードを使う。
この世界では揚げ物はないのだろうか? クラン・ワルキューレの皆さんが不思議そうに眺めていた。
カレーとご飯の様子を見ながらカツをあげるタイミングを見計らう。
「んんん!!!」
「んむんん!!」
辺りにカレーのいい匂いがしてきた頃、目と口を塞がれたふたりの男たちが騒ぎ出した。
「うるさいの!」
「あげないよ~だ!」
クラン・ワルキューレの皆さんは完全に無視しているが、精霊様たちは騒ぐ男たちに不満そうにプンプンと怒ると魔法でも使ったのだろうか。
まったく男たちの音が聞こえなくなる。
「それ油で煮るの?」
「油で揚げるんですよ」
「コータの料理って贅沢なことするわよね。油も安くないのに」
カレーも完成してご飯も炊きあがった。ご飯を少し蒸している間にシルバーボアのとんかつを揚げる。
綺麗な油に衣を纏ったとんかつを入れると、すっと沈んでパチパチと音がする。
衣のパン粉が色づき始めると香ばしい匂いがしてきて、周囲の皆さんの視線が集まる。
ソフィアさんが油の使い方に驚いている。この世界では油も高いのか。
そういえば町の明かりはランプが基本だったな。魔道具という魔法の照明もあるらしいが、こちらも安くないみたい。
食用の油は鮮度とか大切だし高いのかもしれないね。
「うわぁ、綺麗な色になったわね」
私は二度揚げ派だ。180℃の高温で最後軽く揚げると、見事にきつね色をしたとんかつがあがった。
しばらく油を切っている間に次々と揚げていくと、精霊様が揚げあがったとんかつを覗き込むように見ているね。
うん。油が切れたら、包丁で一口サイズに切る。
ザクッ、ザクッと衣を切る音が更に食欲をそそる。
精霊様たち用には一回り小さな肉で作ったが、なんとかこちらも成功したみたい。
どれ、味見でも……。
「ずるいの!!」
「コータ!ずるい!!」
うおっ、精霊様と数人の女性の抗議の声が見事に重なった。
ちょっとびっくりしたじゃないか。
ほかほかの炊き立てのご飯もいい香りだ。お皿にご飯とカレーを盛り付けると、とんかつを乗せてカレーをかける。
福神漬けとらっきょう漬けはお好みでだね。
「これが夕食?」
「流石に見たことないわ。揚げ物ならなくはないけど……」
そういえばこのあたりにはご飯がないらしい。最初の村にいた時に村の人に聞いたが、米自体を知らなかった。
外国ではお米を野菜感覚で食べる国もあると聞いたことがあるし、見知らぬ料理なんだろうな。
「かれーだ!」
「みんなかれーだよ~!」
あれ?
精霊様の数がまた増えた? 周りが精霊様だらけになった。
でも今回は予測済みだ。学校の林間学校で使うような大きな鍋でカレーを作ったんだ。
「あら~、これがカレーなのね~」
「……じょ……じょ……」
その時だった。私より身長の高くて綺麗な女の人がいつの間にか私の前にいた。
グリーンの髪をしていて、布のような植物のような不思議な服を着ている女性だ。
その姿にマリアンヌさんが信じられないと言いたげに口をパクパクとさせながら、なにかを呟いている。
女性? この女性は誰とでも言いたいのだろうか?
アナスタシアさんとかベスタさんは驚きながらも少し警戒しているようで、武器に手を添えている。
「もりのだいせいれいなの!」
「こーたのかれーをたべにきたんだよ」
「大精霊?」
彼女の正体は精霊様が教えてくれた。私は精霊様がのほほんとしていたので、彼女が危険な人だとは思ってなかったけど。精霊様だったのか。
「コータ! あなた大精霊まで呼べたの!?」
同じ言葉を繰り返していたマリアンヌさんが我に返ると、私に詰め寄るように両肩をがっしり掴み問いただしてくる。
ただ、子供の私と高校生くらいか大学生くらいのマリアンヌさんが向き合うと、顔の位置が胸になる。
仕方ないからマリアンヌさんの顔を見るべく上を向くと、マリアンヌさんの顔が急激に赤くなるのがわかる。
いや、なにもしてないよ。
マリアンヌさんはすぐにパッと離れると横を向いてハアハアと呼吸が乱れている。
もしかして男性に免疫がないのかな?
「私が呼んだのではありませんよ。精霊様が呼んだのかもしれませんが」
くすくすと笑う大精霊様だが、ここで気付いた。クラン・ワルキューレの皆さんに大精霊様が見えることが。
「そうよね。大精霊クラスを呼べるなんてハイエルフくらいよ。教会では問答無用で最重要賓客としてもてなすし、大抵の国でも国賓よ」
大精霊は、なんか物凄く偉い精霊様らしい。
何故か私を見てくれなくなったマリアンヌさんが明後日のほうをみて説明してくれるが、かなり騒がれることらしいね。
うん。ルリーナ様のことは秘密にしよう。
「私は森と共にあるモノ。気が向けば姿を見せることもあるわ」
大精霊はとっても神秘的な雰囲気だ。異世界に降りてきた時のルリーナ様より神秘的かもしれない。
ルリーナ様は神様の世界だと神々しさがあるが、異世界に来るとそうでもないんだよなぁ。
「今日は特別よ。さあ、みんなでたべましょう」
大精霊様は戸惑うクラン・ワルキューレの皆さんに柔らかい笑顔で声を掛けると、その手が光った。
「うそ……」
「精霊がこんなにたくさん」
ポカーンとするクラン・ワルキューレの皆さんには、どうやら今まで見えなかった精霊様たちが見えるようになったらしい。
いつの間にか自分たちを囲むように集まった精霊様たちの数と姿に、驚き信じられないと言いたげだった。
「すごい……」
「そふぃあ、もりでおおきなほのおはだめだよ」
「あっ、ごめんなさい」
クラン・ワルキューレの皆さんは突然見えるようになった精霊様たちに戸惑っているが、ソフィアさんは先ほど炎の魔法で火事になりかけたことを精霊様に注意されてペコペコと謝っている。
ただ、その背後ではソフィアさんの肩に乗って遊んでいる精霊様がいたりと相変わらずだ。
私はそんなことよりカレーを盛り付けないと。精霊様たちが並んで待っているんだ。
「えっと、では神と精霊に感謝を……」
いつものようにアナスタシアさんが食前の祈りを捧げる挨拶をするが、注目する精霊様たちに少し戸惑ったままで、いつもは言わない精霊様への感謝を口にした。
「いいんだよ~」
「ぼくたちは、いいにんげんさんのみかたなの」
うん。そんなアナスタシアさんのことばに精霊様が答えるが、どこか笑ってしまいそうになるのは、まだ食べないのと潤んだ瞳で待っている精霊様がいるからだろう。
「なにこれ……」
「こんな料理がこの世にあるなんて」
「これって香辛料よね?」
さあ、夕食の始まりだ。
すでに日が暮れ始めていて、たき火を囲むようにみんな地面に座っての食事だ。
行儀が悪いように見えるがこの世界のキャンプではこれが当然で、私の荷物にもこんな多人数の椅子はないんだよね。
どれ、私もいただこうか。
うわぁ。こんなに美味しい豚肉初めてだ。臭み? まったくない。
カレーには肉の旨味がカレーの味に全然負けてなく、むしろ深みを与えている。
適度な歯ごたえがあるのに歯切れはいい。
カツのほうは……。これもまた初めてだ!
肉の旨味が下味の塩コショウで甘さと感じるほどに引き立っている。
すごい。ソースもなにも要らない。これだけでもご飯が何杯もイケる。
ああ、そういえばスレイプニルも普通にカレーが食べたいようなのであげたら、嬉しそうに食べているね。やはり馬とは違うらしい。
あれだけ騒いでいた精霊様たちもクラン・ワルキューレの皆さんも意外と静かだ。
みんな夢中で食べている。作った甲斐があるなぁ。
『メールですよ~』
その時、女神様の緊張感のない声が聞こえた。
私はなにかあったのかとカレーの皿を置いてメニューを開きメールを確認する。
『私にもそのカレーください!! クーラーボックスに入れたら回収しますから! 今日は残業でいけないのに!!』
うん。女神様にとっては緊急事態なんだろう。
食べ物の恨みは恐ろしいというし、お代わり状況を調べるふりをして一人前を盛り付けてクーラーボックスの冷蔵部分に入れておこう。
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