第21話・女神様のひみつ
あれ? 余ったら朝ご飯にしようとしていたカレーがまったく余らないや。
「シルバーボアの香辛料たっぷりの料理。二度と食べられないかも」
みんな凄い食欲だった。最後はご飯が足りなくなって、黒パンと一緒に食べていた人や精霊様もいたくらいだ。
今度は炊き出しにでも使うようなもっと大きな鍋でも必要かな。カレールーもなくなったし、女神様に頼んでおこうか。
そういえば……。ふと気になって盗賊たちのスパイの男たちを見たが、ぐったりしていた。カレーのいい匂いを嗅ぎながらの空腹は拷問に近いのかもしれない。
見上げると今にも落ちてきそうなほどの満天の星が見える。
満腹で幸せそうな皆さんは、たき火の炎に照らされながら星を見ていた。
「かつては人も精霊も共に生きていたのよ。こうして一緒に食事をしたりお酒を飲んだりして、夜を語り明かしたわ」
少し会話が途切れて不思議な沈黙が辺りを支配した時、不意に大精霊様が空を見上げて昔話を始めた。
「悠久の時の彼方のことよ。当時を知る者は、今ではハイエルフや古龍でさえも一握りしかいない遠い過去。少し寂しいわね」
「それは……、混沌の魔神との戦いがあったという神話時代のことでしょうか?」
「そんなこともあったわね」
クラン・ワルキューレの皆さんは少し緊張気味なのかもしれない。
アナスタシアさんはどこか遠い過去を見ているような大精霊様に、悠久の彼方のことをたずねていた。
だが知らない言葉がまたあった。まじん? ことばの流れとして悪い神様か?
聞きたいが、みんな知っているようで聞きにくい。
「いつか再び人と精霊は共に生きられる。ルリーナの口癖だったわ。あの子は誰よりも人を愛していたから……」
神話時代か。どれほど長い時なんだろう。
私は前世で八十歳まで生きた。時の長さも過ぎ去る早さも知っていたつもりだったが、大精霊様はもっといろんな苦労や喜びや悲しみを知っているんだろう。
ただそんな大精霊様が口にしたのは、私の恩人というか恩神であるルリーナ様のことだった。友達なんだろうか?
「ルリーナはね。神になる前は時空の精霊女王だったのよ。混沌の魔神との戦いで大切な人を失ったルリーナは、自ら神となるべく長い修行を経て神となったの。二度と大切な人を失わないようにと……」
わかる。大精霊様はほかの誰でもない。私に聞かせたいと話をしているんだ。
アナスタシアさんやマリアンヌさんが絶句しているが。おそらく彼女たちの知る神話と違うんだろう。
今朝マリアンヌさんはルリーナ様のことを子供の神様と言っていたしね。
精霊様たちはそんな大精霊様の話に歌い踊り始めた。
私と大精霊様やクラン・ワルキューレの皆さんを巻き込むように、楽しげな歌と踊りを始めたんだ。
いつの間にか出ていた月の光が、みんなを見守るように照らしている。
大地が……空が……森が……、すべてが今この瞬間を楽しみ喜ぶように。
マリアンヌさんはそんな光景に、いつの間にか祈りの姿勢になっていた。
ほかのクラン・ワルキューレの皆さんは、精霊様たちに誘われるように一緒に歌ったり踊ったりしている。
私は前世では夜があまり好きではなかった。
いつの間にかひとりで迎える夜に寂しさを感じることすら忘れていたが、それでも静まり返った部屋にいると、考えたくないことまで考えてしまいそうで怖かったんだ。
夜が楽しいなんて、忘れていた。
朝を迎えるのが惜しい。そう思える夜はこの世界に来て初めてかもしれない。
ありがとうございます。女神様。
結局、徹夜をしちゃった。
盗賊たちの拠点だった場所は盗賊たちが切り開いた場所にソフィアさんが燃やした跡が残っていたが、やっぱり消えていた。
周囲の森と違和感ない自然の風景に戻っていて、多くの草花が咲き誇っている。
「貴重な薬草がたくさんあるんだけど……」
「持っていっていいわよ。森が喜んだお返しだから」
クラン・ワルキューレの皆さんは夜明けで少し冷静になったんだろう。いつの間にか自分たちの周囲の景色が様変わりした様子を呆然と見ていた。
私は朝食の支度をしている。
シルバーボアのお肉と森の恵みの炊き込みご飯とお味噌汁だ。カレーを食べたら日本食が食べたくなったんだよね。
「ああ、美味しい。なんか優しい味がする」
茶碗がないことと箸が一般的ではないので、お皿に盛り付けてスプーンで食べる炊き込みご飯だがみんなにも好評なようでよかった。
お味噌汁の具は豆腐と油揚げと薬草のお味噌汁になる。薬草が意外に癖もなく美味しいんだ。
ソフィアさんに優しい味と言われると嬉しくなる。
『パンパカパーン! 料理スキルのレベルが2に上がりました! 目指せ料理王ですね!!』
おや、料理スキルのレベルがあがったのか。スキルというものは幾つも覚えたが、レベルが上がったのは初めてだ。
でも女神様。料理王なんて目指しませんよ?
「この調味料、まったく予想もつかないわ」
「それはね。遥か東の果てにある国の調味料よ。この大陸より海を渡る必要があるわ。知らないのも無理はないわね」
アナスタシアさんもさすがに味噌や醤油は知らなかったようだが、私の代わりに答えてくれたのは大精霊様だった。
味噌や醤油の文化があるところもあるのかぁ。いつか行ってみたいな。
「コータ。この子たちをお願いね。その代わりというわけではないけど、私が必要になったらいつでも呼んでね」
お別れの時が来たみたい。大精霊様も一緒に来るのかなと思っていたが、人間の町に行くと騒ぎになるので来ないようだ。少し残念。
それとこの森の精霊様たちも残るらしい。一緒に行くのは、最初の森で出会い共に旅をしてきた精霊様たちだけみたいだ。
『パンパカパーン! スキル精霊召喚のレベルが上がりました。召喚精霊で森の大精霊シルウァが召喚可能になりました! シルウァは私の親友なんですよ!』
大精霊と精霊様たちとの別れを惜しんでいると、また女神様の声がした。
シルウァさんって名前なのか。やっぱり女神様の友達だったんだね。
「ああ、悪いけど、そこの不届き者たちもつれて帰って。みんな盗賊だから」
ただ感動の別れを邪魔する存在が、周囲に山積みにされている。
森にいた邪魔な盗賊を精霊様たちが集めたようで、蔦のようなもので縛られて眠らされているむさくるしくて汚い男たちが五十人はいるんだ。
「なんか、コータがいろいろ常識を知らないのがわかった気がしたわ」
大精霊が消えるとクラン・ワルキューレの皆さんは、また精霊様たちが見えなくなったみたい。
まるで一夜の夢だったような、そんな感覚なのかもしれない。
目の前に盗賊の山さえなければ……。
ベスタさんが少し呆れた表情で私のことを評価してくれるが、それにはなんとも言えないよ。
「ところでこの人たちどうするんですか?」
「町まで連れていくしかないわね。ゴルバとは比べ物にならないけど、褒賞金もあるわ。今から起こして出発すれば夜までには着くわ」
盗賊なんて始末してしまえと言いたげな表情のベスタさんだが、大精霊様が連れていってと言った以上はここで始末はできないとアナスタシアさんは考えたようだ。
「ヒヒーン!」
「すれいぷくんが、ひっぱるって!」
起こした盗賊は騒いだり逃げようとしたり様々だったが、スレイプニルが威嚇するように声を上げると恐ろしいものを見たかのように大人しくなる。
手伝ってくれるらしいので、彼らの意思とは関係なくスレイプニルで引っ張って町まで連れていくことにしよう。
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