第22話・町への帰還と焼肉
「随分とまあ、派手な帰還だな」
冒険者ギルドのギルド長の部屋は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
スレイプニルのゴルバを討伐したクラン・ワルキューレが、数日後には五十人以上の盗賊を生け捕りにして戻ったことで町はお祭り騒ぎなのである。
盗賊を討伐することはこの世界では珍しくない。とは言え一気に五十数人も生け捕りというのは珍しかった。
ただ、ギルド長の表情は冴えない。
「これで貸し借りなしでいいですわ」
アナスタシアはそんなギルド長にクスッと笑うと、今回のスレイプニルのゴルバからの一件の貸し借りなしをギルド長に告げた。
問題は五十数人の雑魚盗賊ではなかった。冒険者ギルド所属の冒険者にゴルバとの内通者がいたことだった。
幸か不幸か、五十数人の盗賊は彼らの存在を町の人から隠すことになったのは、偶然をアナスタシアが利用した結果だ。
森の大精霊への配慮から森を汚すことはできないが、途中で始末して帰ることも選択肢にはあった。そもそも盗賊など生かしても百害あって一利なしというのが、この世界の常識なのだ。
わざわざ生かして戻ったのは、冒険者の内通者を隠す目的があった。
「助かるが、いいのか?」
「ええ。私たちはこれ以上この件に関わる気はありませんわ。どう考えても面倒事ですので」
「確かにな……」
盗賊に内通していた冒険者から出たベルトン伯爵とゴルバの関係の真偽もそうだが、ほかにも内通者や関係者がいても不思議ではなかった。
ゴルバという男は用心深く部下にも秘密が多く、あの内通者がベルトン伯爵のことを知っていたのは、彼らがゴルバとベルトン伯爵との連絡要員でもあったからだとの証言がある。
光あるところに闇がある。ゴルバはここイリーナ王国の闇と密接に繋がっている可能性をアナスタシアは感じている。
ここらで手を引くのは冒険者としては当然で、これ以上ゴルバの問題に関わっても彼女たちにはなんの得もなかった。
ギルド長としてはあの内通者は、ゴルバの件を片付ける重要なカードになる。
ひょっとすると冒険者ギルドの職員や幹部クラスにも内通者がいないとも限らない。
実のところゴルバの逃げ出すタイミングや動きから、そんな噂は今までに何度もあったのだ。
「ゴルバの財宝はサウスランド侯爵家で片付けるのか?」
「ええ、悪いわね」
「構わん。ギルドでやれば妙な問題になりかねん。侯爵閣下なら上手くやるだろう」
盗賊討伐の報酬や報奨金などは手続きの関係で後日となる。
ゴルバのほうはやはり王都からゴルバの首の見分役となる審議官がくることになったので、褒賞金の支払いはもっと先になるだろう。
まあ、庶子とはいえ侯爵家令嬢が討伐したとなれば、妙な因縁をつけて褒賞金の支払い額を減らすこともできないし大きな問題はない。
少なくともクラン・ワルキューレには。
町は相変わらずお祭り騒ぎだった。
せっかく異世界に来たのだから町の観光に行きたいのに、クラン・ワルキューレの皆さんにまた止められた。
先日と今日ずっと一緒だった私は確実に目立っていて、外に出れば騒ぎになるだけだと言われたんだ。
まあ、言っていることはわからなくもない。
女だけのチームにひとりだけ男がいたら、それは嫉妬や好奇の対象だろう。
「金貨のお風呂ができるね!」
「汚いですわよ。見た目は綺麗でも汚れています」
町に戻った私はクラン・ワルキューレの皆さんと一緒にゴルバのお宝の仕分けをしていた。
貨幣とそれ以外を仕分けして、貨幣は更に種類ごとに分けて数を数える。
よく見ると金貨にも種類がいくつもあり、ものによって価値が変わるとのこと。
ノー天気な人は金貨でお風呂なんて言って大量の金貨に喜んでいるが、マリアンヌさんは汚いと顔をしかめている。
確かに硬貨とかは汚いと聞いたことがあるような……。
「こーた。そんなものほしいの?」
「これがあれば美味しいものがたくさん買えますよ」
ただ、精霊様たちはあんまり興味がないらしく暇そうだ。
同じ精霊様でもお金の価値を理解している精霊様もいるようだが、理解してない精霊様もいる。
大精霊様を見て思ったけど、この精霊様たちはまだ若い精霊様なんだろうか?
今日の夕食はクラン・ワルキューレの拠点の庭で焼肉パーティーだ。炭火用のコンロと燃料用のコンロを使って、みんなで焼肉をする。
そうそうこの燃料用のコンロ。どうやらガスの交換とか要らないらしい。説明がメニューで見られるんだが、大気中の魔力が燃料源らしくガスとか交換しなくていいんだそうだ。
この世界にある魔道具のコンロと似ているみたい。
もっともこの世界の魔道具のコンロは、燃料に魔石が必要らしくそこは違うが。あくまでも女神様仕様なのだろう。
炭はこの世界にもあるらしい。今日の炭はこの世界の炭をクラン・ワルキューレの皆さんがくれたので、それを使う。
着火剤もあったが、ソフィアさんが魔法で簡単に火をつけてくれた。
いいな。魔法。精霊様は魔法を使えるが、私はどっちかといえば精霊様にお願いしているだけだからなぁ。
魔法覚えられないかな。今度ソフィアさんに聞いてみよう。
「まずはタン塩からです」
「タン塩?」
「たんしお?」
さあ、焼肉だ。まずはタン塩から。肉はクーラーボックスに入っていた。焼肉用のものとシルバーボアのタンの二種類がある。
精霊様とクラン・ワルキューレの皆さんは一緒に首を傾げていた。
見えなくてもシンクロするんだね。
薄く切ったタンに塩コショウをして焼く。牛タンは焼き過ぎないように気をつけつつ、刻みネギを巻いてお好みでレモンを絞って食べるだけだ。
今度、女神様に日本の料理の本でも頼もうかなぁ。
そうそう、女神様にもおすそ分けしないと。焼肉を弁当にしてアイテムボックスに入れておいて、メールで報告すればいい。
確かアイテムボックスの中は時間が止まるって女神様が言っていた。明日のお昼の弁当に最適だろう。
「……コータ。やっぱり結婚して!」
「違うでしょ!!」
「シンプルな料理よね。それなのに美味しい」
さてタン塩の評判はやはりいいみたい。サクサクとした歯ごたえに、あっさりしつつ独特の旨味が美味しい。
塩コショウとネギに加えて、個人的にはレモンの酸味が食欲をそそる。
ただ、なんか食事のたびにプロポーズをされるんだが、この世界の習慣なんだろうか。
アナスタシアさんは相変わらず私の料理を見極める審査員のように真剣だ。
「こーたはふしぎ。おにくをやいただけなのにおいしい」
「こーたのまほうだ!」
「おかわり!!」
うん。精霊様たちも喜んでくれている。でもお代わりは待って。
お肉はまだまだ種類があるんだ。ホルモン・カルビ・赤身系とかロース系とか。
「いろいろあるんで、みなさんも自由に焼きながら食べてください。これがタレになります」
複数の鉄板をみんなで囲んで、それぞれ好きに食べたい肉を自由に焼いて食べてほしい。
焼肉のタレは日本のモノだ。何種類かあった。有名な焼き肉屋さんのタレとか、スーパーマーケットで見かけるものとか。
肉が焼けるいい匂いがする。クラン・ワルキューレの皆さんも精霊様も、みんなそれぞれに肉を焼き始めた、
でも精霊様たちは鉄板の上でふわふわと浮いて肉を焼いていて、熱くないんだろうか?
精霊様が焼肉の匂いになっちゃいそう。
私は引っ込み思案なんだろうか。なかなか選べない様子の精霊様に肉を焼いてあげよう。
まずは癖の少ないお肉からだね。
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