第15話・精霊の宴

「ゴブリン退治に行って、スレイプニルのゴルバを討伐するとはな。さすがはワルキューレといったところか?」


 そこはフル―ラの冒険者ギルドのギルドマスターの部屋だった。


 アナスタシアはゴブリン退治と盗賊討伐の報告に来ている。


 相手は五十代に入るか入らないかの屈強な男だ。元A級冒険者としてかつては有名だった男。鉄腕のジル。武道家であり硬気功というこの辺りでは見ない東洋武術の技で、いかなる相手でも殴り倒していたという男である。


「今回は運がよかっただけですわ」


「助かったぜ。あいつのせいでギルドの評判が落ちるわ落ちるわ。本部の連中が煩くてな」


 運がよかった。アナスタシアは心からそう思っていた。


 冒険者ギルドには階級がある。S級からはじまってA・B・C・D・E・F・Gと下がっていく。ゴルバはBランクの元冒険者だったが、逃げ足だけはSランクだと言われていたほどなのだ。


 空を駆けるスレイプニルを操り、誰にも追いつけないまま複数の国で犯罪を重ねて盗賊として賞金が加算されていた。


 賞金は複数の国やギルドは元より商人や冒険者など、奴にやられた多くの人も掛けていて金貨三千枚という途方もない賞金が懸かっている。


「ことがことだけに王国と本部から審議官が来る。奴の根城を叩くならさっさとやれ。今ならオレの権限で好きにやらせてやる」


「それは大盤振る舞いですわね」


「お前さんなら大丈夫だとは思うがな。ケチをつける奴は、なんにでもケチをつける。だがここでなら口出しはさせん」


 金貨三千枚。金貨一枚は日本円にしておおよそ十万円くらいだろう。三千枚では三億円ほど。加えてゴルバは度重なる襲撃で相当な財貨をため込んでいると思われ、それらを一介の冒険者が手に入れればつまらぬ横やりが入る可能性も十分にあった。


 もっとも上級冒険者はその力が桁違いであることから。ギルドや国家も安易に手は出さないが、金貨三千枚ともなれば欲が人を狂わせないとも限らない。


 日本でも宝くじなどに当たればいろいろ寄ってくるというが、この世界でもそれは変わらないらしい。


「ではお願いしてよろしいでしょうか」


「ああ、オレの名前で指名依頼を出しておく。生き残りもすでにアジトを吐いた。自由にやりな」


 ギルド長である鉄腕のジルは現役時代にとあるきっかけで冒険者ギルドとやり合っていて、一時期は脱退して絶縁していたほどの猛者だった。


 紆余曲折の末に今は辺境のギルドマスターに収まっているが、ギルドにとっては劇薬のような男だ。


 だがこの男を慕って集まる冒険者は多く、またギルド内にも彼と同じ意志を持つ者が相応にいる。


 クラン・ワルキューレがここを活動の拠点としているのも、そんな彼の人柄が無関係ではない。


「そうだ。男のガキを連れていたらしいな。また拾ってきたのか?」


「少し縁がありまして……」


「お前さんたちと一緒にいれば野郎どもが嫉妬する。気をつけろよ」


「ありがとうございます。十分注意いたします」


 ジルは最後にふと気になった報告があったことを思い出して、アナスタシアに忠告した。


 クラン・ワルキューレは基本的に女性のクランであり、所属に男性はいない。


 ただし、アナスタシアたちが右も左もわからないような新人を助けるのは、今回が初めてではない。


 男女関係なく危なっかしい新人には手を差し伸べて、冒険者としてやっていけるように手助けするのはよくあることだった。


 とはいえ女にあまり縁のない粗暴な連中からすると嫉妬の対象になる。


 ジル自身も少し羨ましいという本音がないわけではない。


 慕われることは多くあっても、見た目が厳ついことで惚れられるような容姿ではないのだ。


 もっとも彼は美人の奥さんが三人もいて、他人から見れば妬まれる対象だったが。






 辺りはすでに夜になっている。私はクラン・ワルキューレの拠点の屋敷に泊めてもらうことになった。


 宿屋代も要らないというので、お礼として夕食作りに参加している。


 クラン・ワルキューレの皆さんと精霊様たちとみんなで夕食を食べていた席で、アナスタシアさんは次の仕事について説明していた。


「コータ。あなたも来てくれない? 盗賊退治の報酬が入るまで少し日にちが掛かるの。その間に盗賊の根城を潰したいのよ」


「別に構いませんが……、お役に立てるかどうか」


 クラン・ワルキューレの皆さんは理解していたというか想定していたらしいが、盗賊を退治したら根城も潰してしまうのが基本らしい。


 ゴルバという奴の報酬はどうなんだろう。精霊様たちが活躍した分が私に来るのか。


「報酬は精霊様たちの分ですよね? 精霊様に渡せば……」


「おかねはいらないの!」


「おいしいものがほしいの!」


 さすがに精霊様たちの報酬を私が頂くのは申し訳がないと、精霊様たちに渡すように提案しようとするが、精霊様たちに拒否をされてしまう。


「精霊にはお金は要らないと思うわよ。なにか好きなものでもあげたらどうかしら? 知り合いのエルフは甘いものをあげていたわね」


 アナスタシアさんもそれを知っていたらしい。というか精霊様が食いしん坊なのは知られているのか。


「私は構わないですが……」


「そこまで危険はないと思うわ。ただ、スレイプニルはあなたの言うことしか聞かないはずなのよ。あのスレイプニルはゴルバの根城を知っているし、来てもらいたいわ」


 まあお手伝いをする程度なら構わないか。


 盗賊の仲間もまだいるはずで、ゴルバが倒されたと知られる前に根城を襲撃して潰したいらしい。


 あの八本足の馬は私の言うことしか聞かないのか。精霊様たちと仲がいいのと関係があるんだろうか?


「おかわり!」


「おかわり!」


 少し考えこんでいたら精霊様たちが一斉にお代わりをしてきた。


 今日はクラン・ワルキューレの屋敷にあったソーセージを使ったポトフだ。クラン・ワルキューレの皆さんのリクエストでコンソメ味にしたやつなんだ。


 ゴロ芋というジャガイモとソーセージを、コンソメスープの素で煮込んだものになる。


 ただ問題はそろそろコンソメスープの素がなくなってきたんだよね。


 女神様はカレールーが手に入ると言っていたが、どうすればいいのか未だにわからないんだ。


 コンソメスープの素も手に入るんだろうか?


「おっ、いけるじゃん」


「さあ、コータも飲んで、飲んで」


 食後、そのままクラン・ワルキューレの皆さんはお酒で乾杯していた。


 ゴルバ退治のお祝いらしい。お酒は地元の商人からお祝いにとさっき届いたワインのようだ。


 私も誘われて飲むが、なかなか美味しいワインのような気がする。


 前世では私はお酒をほとんど飲まなかった。仕事場の仲間と居酒屋にいって付き合いで一杯飲むくらいだったろうか。


 そんな余裕がなかった人生なんだ。


 だからワインの味なんてわからないけどね。


「こーた。このおさけおいしいの」


「みんなでおどるの!」


 ああ、クラン・ワルキューレの皆さんが精霊様たちにもお酒をあげてほしいと言うのでお酒をあげたら、精霊様たちは気分がよくなったみたいで踊り始めた。


 またなんか奇跡みたいなことが起きるんだろうか。


「あれ……、なんか気分がよくなってきたわね」


「なにか魔法の力が感じられるのですが……」


 ほんのりと辺りが淡い光で輝いたかと思うと、なんだか気分がよくなってきた。


 クラン・ワルキューレの皆さんもそれは同じようで、驚いた表情をしている。


「ねえ、この音楽なんなの?」


「まさか精霊の宴……?」


いつの間にか人数が増えている精霊様たちは、楽器を持って音楽を奏でながら踊っている。


 どうやらその音楽がクラン・ワルキューレの皆さんにも聞こえるらしい。


「ねえ、コータ。精霊たちが歌ってる?」


「はい。歌ったり楽器で演奏しながら踊っています」


「おとぎ話じゃなかったんだ……」


 また信じられないと言わんばかりの表情をするクラン・ワルキューレの皆さんだが、もしかして精霊様たちの踊りや歌は珍しいのだろうか?


 おとぎ話とつぶやくほどに。




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