第78話・侯爵、相談する

 侯爵邸の執務室には、公爵と正妻であるアドリエンヌを筆頭に侯爵の妻たちが集まっていた。


 コータが朝に作ったドーナツをバクバクと食べる獣人の妻たちもいるが、公爵とアドリエンヌや、アナスタシアの母であるフローレンスなどはひとつの書類を見ている。


「アナタ、どうするつもりなのですか?」


 アドリエンヌはため息交じりに侯爵に問う。それはゴルバの財宝の目録であった。


 イリーナ王国の国宝が五点ある。鑑定士の話ではほぼ本物……というか偽物ではないという鑑定が出ていた。


 これをどうするか。その話し合いに集まっている。


「陛下にそのまま話して見せるしかあるまい。小細工を嫌う御方だ」


 侯爵は独自のルートで王宮の様子や王都の情勢など調べさせているが、怪しいといえば怪しい者がいても迂闊に動く者は今のところいない。叩けば埃のひとつやふたつ出る貴族などいくらでもいる。


 ゴルバはどうも誰かの指示を受けて動いていた節もあり、それが誰かということも探ってはいるが、あまり探るとこちらの動きを知られかねない。


 ワルキューレがゴルバと通じている冒険者から聞き出したベントル伯爵は、すでに病と称して爵位を息子に継がせたいと言い出している。


「ベントル伯爵はただの仲介役でしょうね。宝物庫に入れるとは思えない。近年妙に金回りがいいと噂があった。多分金で動いているだけね」


 フローレンスは状況から、ベントル伯爵は詳しい内情を知らないと確信していた。侯爵もまたその意見に同意する。侯爵は何度か会ったことがあるが、何処にでもいる程度の貴族であり、正直あまり印象がない。


「宰相のドルニエはどうかしら?」


「裏でなにやら企んでいそうではあるが、魔人と繋がるとは思えん。陛下との関係は可もなく不可もなく。まあ怪しいといえば怪しいが……」


 ベントル伯爵は現在の宰相であるドルニエ侯爵家の派閥である。宰相ならば王宮の宝物庫にも入れるものの、現在でも宰相の地位にあるのだ。侯爵には王国を危機に陥れる理由が思い浮かばない。


「考えても仕方ありませんね。陛下と話すしかないでしょう。フローレンス、留守は任せます。私たちは明日、王都に参ります」


 罠かもしれない。そういう不安もあるが、アドリエンヌはどちらかと言えばじっと待つよりは攻める方が好きな性格だった。


 コータは箸より重いものを持ったことがなさそうなどと言っていたが、十代半ばから王宮を抜け出して魔物を狩っていたような女性である。


 現国王の叔母にあたるが、皇太子時代に王宮から抜け出した現国王を、先代の国王に頼まれて連れ戻したことなどがあり、現国王が数少ない苦手としている人物でもあったりする。


「アナちゃんたちはどうするの?」


「当面は止めおきます。もちろんコータとエルフ殿も」


 そして肝心のワルキューレの面々だが、事情がはっきりするまではなるべく安全なところに置いておくべきだとアドリエンヌは判断した。


 コータの素性がわからないのが気になるが、外に出すと大きな騒動に発展しそうな気がしたのだ。


「コータは修行をさせるべき。彼の能力は里の長老並み。あれを知られると大変なことになる」


 アドリエンヌはコータの謎を侯爵と彼の妻たちと共有している。限られたハイエルフにのみ許されるという大精霊との契約やフェンリルの召喚ばかりか、魔人相手にエルフ族の秘技と言われ、部外者は知らぬ者の方が多い精霊降ろしをしたこと。


 そしてコータが女神ルリーナと繋がるかもしれないということも含めてすべてだ。むろんコータとワルキューレを守るためにであるが。


 パリエットの姉であるキャリーはドーナツをモグモグと食べつつ、そんなコータのことを口にした。


「精霊神ルリーナ様か。エルフ族の守護神が何故コータと繋がるのか」


 コータは使徒でも勇者でもない。それは大精霊が言ったことだ。その言葉に嘘偽りがあるはずはない。精霊は嘘などつかないのだ。


 とはいえ侯爵は、コータがこの国にやってきたことに意味があるのではと考えている。


 純真無垢な神。精霊神ルリーナ。人族は彼女が子供の姿をしていて、精霊のように無邪気で純真無垢な存在だと言い伝えにより残っている。


ただし一部のハイエルフや大精霊クラスなると直接会ったことのある者もいて、パリエットやキャリーも、出身のアルーサの森の長老から昔話程度には聞いたことがあった。当然侯爵たちもそんな話なら知っている。


 ルリーナはすべての精霊の母であり、精霊たちがもっとも愛する神だとエルフ族では言われていた。


 実像よりはだいぶ美化されているようだ。


「アルーサの森にいかせるべきかしら?」


「それが一番いい。でも今は危ないと思う」


 フローレンスは遅かれ早かれコータはエルフの里に行く必要があると思うが、キャリーでさえも今動くのは危険だと感じていた。


 当面は常識や戦闘面での修行を含めてコータは修行をさせることで、侯爵たちの意見が一致していた。




「坊や、少し休むといいよ」


「ありがとうございます」


 今日はギルドの依頼で、商人さんの倉庫の荷物整理をしている。こういう力仕事は元の世界の頃から得意なんだ。この世界に来てから強くなったので更に楽になった。


 荷物を出して中を掃除する。商人のおばあちゃんがあまりに早くてびっくりしてくれたほどだ。


 おばあちゃんがお茶を持ってきてくれたのでひと休みだ。薬草茶だろう。この辺りではよく飲まれるものらしい。


「コータはいいねぇ。私も若い頃は世界を駆ける冒険者になりたかったのさ。でも才能がなくてねぇ」


 おばあちゃんと庭の一角で並んでお茶を飲む。おばあちゃんは生まれてこの方、町から離れたことがほとんどないらしい。


 そこそこの商人さんだ。今は息子さんが頑張っているらしい。おばあちゃんは商人の家の子と幼なじみでそのまま嫁に来たんだって。


 そんな昔話を聞きながら、一緒にお茶を飲む。


 昔は私もよくこうしていたなぁ。馴染みのお寺の和尚さんと一緒にお茶をしながら世間話をする。数少ない楽しみだった。


「わふ! わふ!」


「おや、君たちも世界を駆けたいのかい?」


「わふ!」


 仔フェンリル君たちがおばあちゃんに懐いている。おばあちゃんはウルフの子だと勘違いしているけど。騒ぎになるから訂正していない。ワルキューレの印が入ったペンダントも今は服の下に隠している。


 あれがあると仕事にならない。前に依頼で見つかった結果、草むしりに行ったはずが、お昼をご馳走になって仕事が終わりですと言われちゃったくらいだ。


 町を救った英雄のような扱いになるから、ワルキューレのことは言わないことにしている。幸いなことに私の顔と名前はそこまで知られていない。


 凄いのは女神さまと精霊様たちやフェンリル君たちであって私ではない。努力もしていない私が勘違いをしてはいけないんだ。


「さあ、もうひと踏ん張りします」


「ゆっくりやっていいんだよ。本当は二日かかる仕事なんだ」


「はい!」


 精霊様たちは半分くらいはお屋敷にいる。残りは私と一緒にいるが、倉庫の中身を覗いては『あれなに?』とか聞いてくる。


 私に分かるものはいいが、わからないものが多いんだよなぁ。


 まだまだ世間知らずだ。もっと勉強しないと。



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