第77話・コータ、酒場に行く
「ふー」
オーガから嫌な気配が消えた。体長三メートルはあるだろうか? 巨大なオーガの体が静かに台地に倒れた。
『パンパカパーン! レベルが25に上がりました! そろそろ初心者は卒業ですね。慢心はいけませんよ。世の中には上には上がいるのです!』
女神さまのアナウンスがホッとする。レベル25かぁ。アナスタシアさんやパリエットさんからは私のレベルと実力がおかしいと言われているので、今一つどう受けとっていいかわからないけど。
オーガの子供は仔フェンリル君たちとほかの冒険者の皆さんに倒されていた。あとオークやゴブリンは最初の魔法でほぼ倒していたらしい。
「コータ、あんたのその飛び出す癖、ちょっと危ないね。普通は背後から回るもんだよ。前だと最後の一撃を食らいかねないからさ」
オーガから鉈剣を抜くとオーガの背後から声がした。ベスタさんだ。どうも背後から同じくオーガにとどめを刺していたらしい。
ああ、前からは危ないのか。そこまで考えてなかった。
「ガル!」
「ガルガル!」
「そうだね。あんたたちが守ってあげたんだね。それもなきゃ危なかった」
あれ、オレたちも頑張ったぞと雄叫びを上げていた仔フェンリル君たちが、ベスタさんに何かを訴えるように吠えると、ベスタさんは彼らの言いたいことを理解したらしい。
確かに前に集中し過ぎていたかな? でも仔フェンリル君たちを信じていたんだよ?
ああ、それでも危ないってことか? 中々難しいね。この中で一番経験がないのは私だ。もっと訓練して経験を積まないと。
「こーた。ありがとう!」
「おーがにけがされたたましいたちが、かみさまのもとにかえっていくの」
ふと見上げるとオーガからは、無数の光の粒が空へと舞い上がるように現れ精霊様たちがそれを嬉しそうに見守っていた。
「これが救うということ」
いつの間にか隣にいたパリエットさんも、精霊様たちと同じく嬉しそうに見上げていた。オーガの魂だけではない。オーガに殺され汚された魂たちもまたこうして神様の下に帰るのだという。
「コータ君、強いじゃないの!」
「お姉さんたちと組まない?」
幻想的な光景の中、神様の下に帰る魂たちを静かに見送ろうとしていたが、そんな時、背後からまた抱きつかれた。
アイリーン姉妹のふたりだ。
「出た。変態姉妹」
「誰が変態姉妹よ! 誰が!」
パリエットさんは遠慮の欠片もない様子で冷たい表情で呟くと、バチバチと火花を散らす。精霊様。逃げないで助けてください。
「ごめんなの!」
「せいれいはたたかえないんだよ~」
「きけんはないとおもうよ?」
とてとてと逃げていく精霊様たちはアイリーン姉妹を敵ではないと判断しているのか。そもそも状況を理解していない子も多い。
「こーたはみんなにあいされるの! わたしもがんばる!」
ああ、踊るのはやめてください。アナタは愛の精霊様ですね? 頑張らなくていいです。老人に若い女性の愛はちょっと荷が重いです。
そんな悲しそうな顔をしないでください。私は十分幸せです。
「あー、そろそろ解体して帰らんか? 痴話げんかは町に戻ってから頼むわ」
「すいません」
困っていたところを助けてくれたのは、先日森の中で会い、今日も案内役として活躍していた冒険者のパーティーのリーダーさんだった。
三十代後半だろうか。助かります。さすが年長者は違う。アイリーン姉妹のふたりが渋々といった様子で離れると、大地に鎮座すると言っても過言ではないオーガに目を向ける。
オーガも食べられるんだろうか?
「クーン」
「クンクン」
駄目みたいだね。仔フェンリル君たちが明らかに興味なさげだ。すでに彼らの興味は森の草花に移っている。
「さっさとやっちまおうぜ」
こちらを少し羨ましげに見ていた冒険者のひとりがため息交じりに急かす。あまり活躍する機会がなかったことが面白くないらしい。
「町に戻ったら、一杯おごるわ」
アナスタシアさんはそんな彼らにお酒をおごるらしい。嫉妬や妬み。そういうのを防ぎたいというところか。
報酬はみんなに支払われるが、討伐した魔物は討伐した人のものだという話だ。この場合はどうなるんだろう? 魔法を撃った人たちはたくさんいるんだけど。
「かんぱーい!」
オーガを解体して戻ったら夜だった。冒険者ギルドにオーガの素材や、最初の魔法で倒していたオークやゴブリンの魔石などを売ると、ギルドが運営している酒場に来た。
討伐に参加したみんなで宴会にするらしい。
木製のジョッキに並々と入っているのは、エールらしいんだけど。……温いよ?
「かー! 酒が美味え!!」
冒険者のみなさんが美味しそうに飲む。温い気の抜けたビールを少し不味くしたような味だ。発泡酒のほうが個人的には美味しいと思う。
「ぬるいね」
「つめたくするとおいしいよ」
私は精霊様たちや仔フェンリル君たちに、お酒や料理を分けてあげるのが役目だ。みんなにもお酒を分けたけど、当然ながらキョトンとした顔をした。
精霊様たちは冷たくしようかと相談しているが、パリエットさんに怒られるのが目に見えている。精霊様たちの分だけにしてもらおう。
「美味しいですか?」
「あまり。でもこれが普通」
さてご飯だと思い周囲を見渡すと、パリエットさんが漫画みたいな大きな骨付き肉を黙々と食べていた。
「エルフはグルメよねぇ。私たちなんて肉が食べられるだけでご馳走なのにさ」
私たちの会話に少し呆れたように入って来たのは、アイリーン姉妹のお姉さんのほうであるリースさんだ。
どれどれと一口食べてみる。……。うん。確かに、いまいち美味しくないかも。でも臭みを抜く努力はしているみたい。若い頃なら普通に食べたかも。
私が料理するならミンチにしてハンバーグかな。でもこの世界は香辛料が高い。輸送費が高いんだろうな。この近辺で取れるものならそうでもないらしいが、遠方の香辛料は高くて買うのをためらうほどだ。
精霊様たちと仔フェンリル君たちにスレイプ君は普通に食べている。美味しいわけでもないが、彼らは残すとか食べたくないとか言わないんだよね。
「コータの料理はもっと美味しいんだから!」
「えっ!?」
わいわいと賑やかに騒ぐ酒場でリースさんとパリエットさんは微妙な空気を出しているが、割って入ったのはソフィアさんだった。同じ魔法を使う冒険者としてライバル視しているようだ。
「コータ君が料理?」
「余計なこと教えなくていい」
まさかとリースさんと妹のリーネさんが私を見る中、パリエットさんがソフィアさんに口止めしている。もう遅いです。
「これ、なんの肉ですか?」
「オークよ。この辺りだと西のダンジョンでよく出るから安く出回るの」
適当に誤魔化しつつ話を変える。
ああ、豚頭の魔物かぁ。癖があるんだよね。私も先日試しに調理してみたが、まだ美味しい調理法は見つかっていない。あの肉だとすると上手く料理しているなぁ。
でも『ダンジョン』って、あれか。不思議洞窟。スレイプ君が掘り当てたゴルバのお宝が入っていた宝箱とかがある場所だ。
魔物が住み着いていて、とても広くて深いんだそうだ。
「コータ君、今度一緒にダンジョンでもどう?」
「えーと、考えておきます」
なんとなくオークの肉がダンジョンでよく出ると聞くと、ダンジョンが牧場のようにも感じる。
ちょっと興味が沸いてきたが、そんな時、リーネさんがダンジョンに誘ってくれた。
でもワルキューレのみんなの視線が恐いので笑って誤魔化しておく。考えておくとか、前向きに検討とかは断る常套文句だ。
前世ではまた今度飲みに行きましょうとか言われて、今度があった試しがない。
それにしてもみんな楽しそうだなぁ。こういう賑やかな場所は嫌いじゃない。見ているだけで楽しくなれる。
お酒は温いけどね。
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