第76話・激突オーガ

 今回の依頼はオーガの討伐だ。オーガとその子を討伐すること。ゴブリン、オークの討伐もするつもりだが、目標はあくまでもオーガになる。


「逃がしてはダメ。間違っても可哀想だと思わないで」


 オーガの集落を取り囲むように皆さんが散っていく。私はパリエットさんと森の大精霊様と仔フェンリル君たちと一緒だ。精霊様へのお願いもしないように言われている。


「……はい」


 パリエットさんは私の心の中にある葛藤を見抜いていたらしい。私たちだけになると真剣な面持ちで語りかけてきた。


「こーた、もりのみんながないているんだよ」


「たすけてあげて!!」


 精霊様は戦えない。魔人の時の言葉を思い出す。精霊様たちが私に訴えるように語りかけてくる。見ているしか出来ないことが辛いのかもしれない。


 みんな優しいから。


「コータ。魂ってわかる?」


「はい」


 パリエットさんと精霊様たちの視線が私に集まる中、大精霊様であるシルヴァさんが口を開いた。魂は知っている。前の世界でも知らない人はいないだろう。


「彼らの魂はね。汚されてしまったのよ。魔神の力に。だからね、解き放って助けてあげないと駄目なの。やがてそれが新たな命として生まれてくるわ」


 私はすでに幸田聡志ではない。顔も年齢も違う。もしかして転生したと言えるんだろうか?


 私の魂は日本からこの世界に来たんだろうか?


 シルヴァさんの話を聞きながら、魂という言葉でふとそんなことが頭に過った。


「彼らをスレイプ君みたいに助けてあげられないのですか?」


 ただ私にはひとつ可能性があるような気がしていた。魔物と言われるスレイプ君は精霊様たちとも仲良しになっているんだ。


「貴方ひとりで世界中の魔物を救うというの? 無駄よ。混沌の魔神が滅ばぬ限りは世界から魔物はなくならない。例え神でも不可能なこと」


「ですが……」


「納得がいかないならここで待機していること。あなたひとりのためにみんなが危険になるのは避けなくてはならない」


 諭すようなシルヴァさんに私はつい可能性に懸けてみたくなるが、パリエットさんはそんな私を駄目だと思ったのか、置いていくと言い出した。


「待ってください。私も行きます」


 女神さまはきっと、こんなこと望まないのかもしれない。なにひとつ使命も与えられていない。自由に生きていいと言っていた。魔人と戦った時は巻き込んでしまったと泣いてすらいたと聞いたくらいだ。


 でも……。


 でも……、ここで逃げる訳にはいかない。第二の人生なんだ。少しでも世のため人の為に使いたい。


 子供だからと言って魔物を避けては駄目だ。精霊様たちの思いを、願いを叶えるのが私の使命だと思うから。


「大丈夫よ。あなたはもうひとりじゃない。精霊様たちも私も……そしてルーもいるわ」


「はい」


 決意を固めて私はパリエットさんに続く。




「ヒヒーン!!」


 全員が配置に着いたのを確認したアナスタシアさんが、スレイプ君に乗り空を駆ける。


 相変わらず絵になるなぁ。スレイプ君もやる気だ。


 スレイプ君の頭の上にスパークする雷が出現すると、スレイプ君はそのまま雷撃魔法を壁に囲まれたオーガの集落に撃ち込む。


 ゴロゴロと耳を塞ぎたくなるような雷鳴が響き、周囲を囲む冒険者の皆さんが驚くのが少し見えた。


 ああ、スレイプ君だけではなかった。ソフィアさんやアイリーン姉妹などが続けて中に魔法を放つ。ソフィアさんは炎だ。得意魔法だと言っていたからなぁ。アイリーン姉妹は竜巻のような魔法だ。風の魔法かな?


「あれは合体魔法。風と風の魔法を合わせた魔法。タイミングと力を合わせないと使えない高度な技。出来ると自慢できる。ただの変態じゃなかった」


 なるほど合体魔法ね。でもパリエットさん。ふたりのこと、ただの変態だと思っていたんですね。


 ソフィアさんの魔法や他の魔法も巻き込み、竜巻は周囲を飲み込むようにオーガの集落を破壊していく。丸太とか木の枝が次々に巻き込まれていく。


 中に人がいないのは精霊様たちで確認済みだとはいえ、これって私たちの出番ないんじゃ?


「行くよ。油断しないでオーガは魔法に強い。しかも手傷を負った子持ちのオーガはとっても危険」


 竜巻が収まるとパリエットさんが突撃していくので私も続いた。


 精霊魔法で身体強化したのがわかる。しかも周囲には私とパリエットさんの精霊ばかりか、この森の精霊様たちまで集まってきていて、一緒に走っている。


「グオオオオオオ!!!」


 その時、ビクッと心臓を鷲掴みにされた気がした。


『パンパカパーン。雄叫び耐性を獲得しました。悪い子にはメって叱ってあげましょうね』


 久々の女神さまのアナウンスだ。でも雄叫びに耐性があるのか。


「大丈夫?」


「はい」


「今のはオーガの雄叫び。慣れていないと委縮して動けなくなる。コータなら大丈夫かと思ったけど」


 異世界の雄叫びは危険なのか。パリエットさんもなんともないみたい。ふたりで走る。冒険者の皆さんの何人かは立ち止まり動けなくなったようで、仲間が助けようとしている。


 私は進むしかない。オーガを倒さないと助けても同じ事の繰り返しだ。


「グオオオオオオ!!!」


 見えた。破壊されたオーガの住処らしき跡地で怒り狂う赤い体をしたオーガがいた。頭には角が三本。真ん中が一段と長く立派な角だ。


 再び雄叫びを上げたが、同じく駆けて来ていた冒険者の皆さんには通じないらしい。


 目がどす黒い。ああ、あれはダメだ。正気を失っている。魔人とは比較にならないが、女神さまと異質の力を僅かに感じる。


「先手必勝!」


「凍結乱舞!」


 急に周囲が冷えて寒気がする。アイリーン姉妹のふたりが手を合わせて新しい魔法を使ったんだ。


 オーガが足元から凍っていく。前の世界の冷凍マグロのようだと思った私はまだ危機感が足りないのかもしれない。


「あーん。いいとこ持っていかれた!!」


 ソフィアさん。そういう問題ではありません。


「まだです!」


 感じた。オーガの息遣いを。まるで噴火するような力の流れを。


 その瞬間、アナスタシアさんが空から猛スピードで降りて来た。凍り付いたオーガの頭にアナスタシアさんの細身の剣が突き刺さる。


 私は駆けていた。身体強化をいっぱいに使って。


 両隣には仔フェンリル君たちがいる。戦いの精霊様と火の精霊様がふっと私の中に入って来たのを感じた。


 右手には鉈剣がある。それに精霊様の力を借りて込めていく。


 見えたんだ。


「グオオォォォ……」


 オーガが凍結状態から解放されてアナスタシアさんを殴り飛ばす姿が……見えた気がした。


 あと一歩というところでオーガは凍結状態から解放されて、ギロリと私を睨んだ。雄叫びは出なかった。口から黒い血が流れていたからだろう。


「コータ!! 危ない!!」


 誰の声だろう? 私を呼んだのは。


 ああ、左右から子供のオーガが迫っていた。同じく瞳には怒りで満ちていて殺すという強い感情だけが剥き出しになっている。


「大丈夫ですよ」


 聞こえたかわからないが、答えた。意外に冷静なのは両隣を意識していなかった存在が守ってくれているからだ。


「ガルル!!」


 仔フェンリル君たちが両脇から迫っていた子供のオーガに噛みついた。


 ごめんね。生きたかったよね。


 せめて次は女神さまの祝福を受けて生まれて、森の仲間として生きて。


 あるべき世界へ帰す。


 私は女神さまの意思をそのままに鉈剣に乗せて、オーガの力を一番感じる胸の中央に鉈剣を突きさした。





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