第75話・オーガとの戦闘を前に
一時間くらい歩いただろうか。あんまり進んでいない。
魔物に会うと戦闘になって時間を取られるんだ。戦闘と魔物の解体などをしていると意外と時間が掛かる。
精霊様たちは散歩のようで楽しそうなんでいいけどね。
私は見ていて勉強になる。ゴブリンが相手でもみんな仲間で協力して戦っているんだ。互いに信じあい協力しながら戦う姿は見ていて気持ちがいいものだった。
「精霊ってすごいわねぇ。薬草や木の実がこんなに」
私は精霊様が採ってきてくれる森の恵みを、リュックにしまうのがお仕事になりつつある。ワルキューレのみんなは慣れている光景だが、アイリーン姉妹や他の冒険者たちは不思議そうに眺めていた。
精霊が見えない彼らからすると、突然目の前に薬草や木の実が現れるように見えるみたい。
パリエットさんの精霊様たちは、私の精霊様と一緒に遊んでいるが、彼らが持ち帰るのは食べられる木の実が中心だ。薬草の類をパリエットさんは使わないので私にくれるんだよね。
「にしても敵が多いね」
「オーガのせいで森の生き物や魔物が逃げてきている」
中々進まない現状にソフィアさんもため息交じりに愚痴るが、パリエットさんはその理由にすでに気付いていたらしい。
「オーガ、わるいこなの」
「もりのみんながおびえているの。こーた、たすけてあげて」
パリエットさんの話に大地の精霊様と森の精霊様が進行方向を見て、少しご立腹な様子になった。まあご立腹と言っても、可愛らしく頬っぺたを膨らませているだけだから威厳とかはないけどね。
「あれがオーガの……?」
目的地に着いたのは三時間半ほど過ぎた頃だった。オーガの索敵範囲ギリギリのところでほかのルートで進んでいた冒険者たちを待つ。
ここからではオーガの姿は見えない。遠くに見えるのは岩と土や木を乱雑に積み上げた壁が見えるだけだ。周りの景色から高さは二メートルもないと思う。
「ええ、そうよ。オーガは多少だけど知能があるの。この先は原始的な罠とかもあるわ」
アイリーン姉妹と時々無言で火花を散らせているアナスタシアさんだったが、休憩になると落ち着いた様子で説明してくれた。
なんか喧嘩友達っぽいね。心底憎しみ合う様子ではない。前の世界ではいろいろあったからね。私にもそのくらいはわかる。
「で、アナスタシア。作戦は?」
私への説明を待っていたようなアイリーン姉妹は、そのままアナスタシアさんに今後のことを訊ねていた。このメンバーのリーダーはアナスタシアさんになっている。
身分と実績とか配慮した結果らしい。
「私がスレイプニルで空から奇襲するわ。あとは、その混乱を利用して包囲して殲滅するというのはどう?」
「スレイプニルって、あの子馬にどうやって乗るのさ。親を呼ぶの?」
少しギスギスした言葉であるが、お互い大人だ。仕事の話となれば順調に進む。案内役の冒険者の皆さんは、ギスギスした空気になるべく触れないように大人しくしているけど。
こちらに助けてほしそうに見ないでください。私にはどうしようも出来ません。
ただスレイプ君の話になると、アイリーン姉妹のふたりは仔フェンリル君たちと戯れる小さくなっているスレイプ君に視線を向けた。
あれにどうやって乗るんだと言いたげなアイリーン姉妹のふたりだけど、スレイプ君は呼んだ? と言いたげな顔でふたりを見た。スレイプ君、地味に人間の言葉理解しているんだよね。
アナスタシアさんから目線で指示があったので、精霊様にお願いしてスレイプ君を元の大きさに戻す。
「うそ……」
「スレイプニルって、大きくなったり小さくなったりするの?」
子犬サイズのスレイプ君が大きくなると、アイリーン姉妹と他の冒険者の皆さんが驚き固まった。大きくなると強そうなんだよね。スレイプ君は。
「そのスレイプニルは特別よ。精霊と友達なの」
アナスタシアさんが説明するが、スレイプ君小さい姿の方が自由に遊べて好きらしいんだよね。
「それにしても、遅いな。他の連中は」
微妙な空気を変えたかったのだろう。数少ない男性冒険者のひとりが町の方角を見て、あからさまに話を変えた。
確かに遅いなぁ。すでに三十分も待っているのに。森の大精霊様であるシルヴァさんは同行してくれたけど、ニコニコとした様子で特に何も言わない。
大きな問題はないと思うんだけどんなぁ。
「こーた、たたかいのまえにおやつにしよ!」
「うんとね~、あまいものがいいな!」
ウチの精霊様たちは食いしん坊属性でもあるんだろうか? とはいえお願いされたらいやだとは言えない。お世話になってばっかりだからね。
うーん。でも女神さまアイテム禁止されているしなぁ。今日はドライフルーツにしようか。精霊様たちが森で取って来てくれる木の実がたくさんあったから、先日お屋敷の庭で干していたんだよ。
「火を使えないのでこれにしましょうか」
「しわしわだよ?」
「これはこういう保存したものなんですよ」
見慣れぬドライフルーツにひとりの精霊様が小首を傾げているが、一緒にドライフルーツ作るところ見ていたじゃないか。
「ねえ、コータ君。独り言多いわよ」
私の精霊様とパリエットさんの精霊様に、どこからかやって来た近所の精霊様たちまで次々と欲しがるのでドライフルーツを配っていると、背中に柔らかい人の温もりと耳元に吐息が当たった。
アイリーン姉妹のリースさんだ。妹のリーネさんより距離が近い。良く抱きついてはワルキューレのみんなと喧嘩になっているくらいだ。
「独り言っていうより……」
ああ、リーネさんも前から覗き込むように私の顔を見てくる。精霊様と話せるのはあまり広めてほしくないのに。
「精霊魔法使いは精霊を感じ、語りかけると答えてくれる」
あわあわと困っていると、ため息交じりにパリエットさんが助け舟を出してくれた。
「その割にアナタはじゃべらないわね」
「コータは才能があるけど、まだまだ未熟」
「なるほど。そういうことね」
美味しいねとみんなで輪になってドライフルーツを食べる精霊様たちと対照的に、私の周りはピリピリです。
シルヴァさん。面白そうに見てないで助けてください。
「おう、遅れてすまんな。やけに魔物が多くてな」
助けは意外なところから来た。他のルートで進んでいた冒険者の皆さんだ。
「さて、お仕事するわよ。リーネ」
「ええ、姉さん。アナスタシアにいいところ持っていかれちゃうものね」
彼らの姿にリースさんは私から離れて準備を始めた。顔が真剣に変わったね。おお、冒険者らしい姿、初めて見た。
精霊様たちもスレイプ君も仔フェンリル君たちも表情が引き締まった。この世界のみんなは切り替えが早いなぁ。
「敵は親オーガと子が二匹。ゴブリンが三十ちょっと。それとオークも三体いるわ」
町を出発した全員が合流したことで、斥候のアンさんが偵察の結果を報告した。先に到着したから様子を見て来るって偵察してくれていたんだ。
「おいおい、一昨日より増えているじゃねえか」
「オーガの野郎、ここに住み着く気だな」
私たちを先導してくれた冒険者の皆さんやごつい冒険者の皆さんが、アンさんの報告に唸った。かなり危険な状況らしい。
なんか前世で町に熊が降りてきたとか騒いでいる状況を少し思い出す。
子持ちのオーガか。共存は無理なんだろうな。精霊様たちがやる気になっているくらいだ。
どうしても子供というと、幼くして別れたあの子を思い出してしまう。先日、夢を見たからだろうか?
気を引き締めないと。可哀想なんて安易に言ってはいけない。それは私にもわかる。
でも……。
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