第38話・勝利のあとで
「さあ、出発だ!」
「そんなわけないでしょ!」
「コータ。現実を直視しようね」
悪人と魔物を掃討したし旅の再開だと思ったが、そうはいかなかった。
ベスタさんとソフィアさんに突っ込まれてしまったね。というか目の前には魔物の死骸の山があるし、騒ぐ男爵と取り巻きや最後に捕まえた小悪党たちまでいてカオスだ。
「燃やす?」
特に男爵が煩くてパリエットさんが恐いことを言っている。うん。精霊さまに頼んで声が聞こえないようにしてもらおう。
肝心の精霊様たちは仔フェンリルと遊んでいる。たくさん働いてくれたし、彼らの仕事は終わったんだ。
「申し訳ありません。今しばらくお力をお貸しください」
「よいよい。子供たちが遊んでおるでな」
親フェンリルのアルティさんは、そんな精霊様たちと仔フェンリルを伏せの状態で見ている。
戦いは終ったんだが、後始末の間は危険なんで側にいてもらうことになってお願いしたんだ。
というか魔物の掃討はいいんだが、後始末が大変だね。魔石を取ることはもちろんながら、魔物自体が素材として売れるんだ。
でも血抜きくらいは早くやらないと使えなくなるんだってさ。
どうも魔法の鞄の類は中の物の時間が止まらないらしい。私の場合はリュックの中はそれと同じで時間が止まらないが、クーラーボックスは中の時間が止まる。
それは以前にワルキューレの皆さんと確認したから確かなんだけど、口外してはいけないことになっている。
結局魔物の素材を売ることと男爵たちを引き渡すために、町まで戻らなければならないらしい。
「こーた。あそぼ~」
「このこたちも、あそんでほしいって!」
「ごめんね。これ片付けないと。後でおやつあげるから、もう少し待ってて」
私たちはその後も魔石取りと魔物の血抜きをしていく。百匹はいないらしいが、七十匹くらいはいるみたい。
考えてみてほしい。この数の魔物の後始末をするということを。
ワルキューレの皆さんはまだ臨時収入だと喜んでいるが、精霊様たちは早くも飽きたらしい。
ついさっきまでは仔フェンリルと一緒に走り回っていたんだけど。
「よう。大収穫だな。応援に来たぜ」
それから作業を続けていると。程なくしてなんとフルーラの町の冒険者ギルドのギルドマスターと冒険者たちが来てくれた。
どうしてわかったんだろう?
「不思議か、坊主」
「はい」
「クズ野郎の考えることはお見通しってことだ。本当は戦闘がまだ続いているかと思って応援に来たんだが……」
ギルドマスターと冒険者たちは、ホワイトフェンリルのアルティさんと仔フェンリルたちに釘付けだった。
特に冒険者たちはざわついている。
「アナスタシア。ここまで来たんだ。手伝うぞ。手間賃をいくらかもらっていいか?」
「ええ。お願いするわ。あっちのワイバーンを優先でお願い」
「ワイバーンだと!!」
ただ、それ以上に彼らが驚いたのは三匹のワイバーンだった。ワイバーンは高く売れるというので、優先的に血抜きだけは済ませている。
「こいつはいいな。三体もあるじゃねえか」
「一体はホワイトフェンリルの獲物なんだけど……」
「我はいらん。食えないこともないが、美味くもない」
ざわざわとワイバーンを取り囲む冒険者たちを見ながら話をするギルドマスターとアナスタシアさんだが、アナスタシアさんはホワイトフェンリルに倒したワイバーンのことをどうするかと聞くも要らないと言われちゃった。
美味しくないのかぁ。
「じゃあ、全部まとめてお願いしようかしら。ついでにそっちの連中もお願い」
「任せとけ。野郎ども! ワイバーンから解体して運ぶぞ。いいか、皮に余計な傷は付けるなよ!!」
アナスタシアさんはちらりとこちらを見たが、貰っても困りそうなのでお任せすることにした。
ただワイバーンや魔物の内臓は一部が薬の原料になるらしいので、マリアンヌさんと相談して私のクーラーボックスに入れておいて、あとで処理することにはしたが。
「どうしたの?」
「やることもないみたいなんで、お昼でも作ろうかなと。皆さんに振舞えるので」
五十人から六十人はいるだろう大勢の冒険者たちが作業に取り掛かると、私のやることはなくなった。
解体はほとんどしたことがないので下手なんだよね。
せっかくなんで倒した魔物の肉を使って、お昼ご飯でも作ってみんなに振舞うことにした。
パリエットさんは手伝ってくれるというが、あいにくと料理は得意ではないらしく簡単な野菜を切ってもらうことにしよう。
ふふふ。こっちの世界に来てからは大勢の人や精霊様たちに振舞うことが多いから、炊き出し用に大型の鍋を追加で頼んで手に入れている。
今では一人用の鍋から業務用の炊き出し鍋までたくさん鍋が増えたよ。
味はシンプルなコンソメでいいか。あれが一番たくさんあるし。
「くーん?」
「くんくん?」
「どうしたの。中が見たいの?」
ワルキューレのみんなはともかく、冒険者たちは何をしているんだと不思議そうにしているが、仔フェンリルの二匹は見たこともない大きな鍋に興味津々だ。
私は少し手が離せないのでパリエットさんが二匹を抱えて鍋の中を見せてやっている。
まだ水を沸かしているだけだが、その大きさに二匹は目を見開いて驚いているね。
まずは根菜類とゴロ芋だ。大雑把でもいい。気取った料理じゃないんだ。
肉もワルキューレのみんなに聞いて、美味しい肉にした。ただ野生の魔物の肉だし、よく煮たほうがいいだろう。
「坊主。一応聞くが、それは売りもんか?」
「いえ、皆さんに振舞うんですよ。ホワイトフェンリルさんたちと精霊様たちが先ですけどね。もちろん冒険者の皆さんはもしよければですが」
船のオールほどある大きなしゃもじで混ぜつつ、煮えてきたので灰汁をとっているとギルドマスターが見に来ていた。
お金なんか取らないよ。というか冒険者のみなさんは精霊様たちとスレイプ君に、フェンリルさんたちへのお礼のついでだ。
「だれもここでワルキューレが毒を盛るなんて考えねえよ」
「そうですか?」
「仁義はみんな知ってるぜ」
初対面がよくなかったせいでイメージが悪かったが、意外と悪い人じゃないみたい。
さあ、出来た。
「どうぞ」
「ふむ。これは美味そうだ。遠慮なく頂こう」
先ほどから人質だった子供たちも一緒に仔フェンリルたちとあそんでいて、それを眺めつつ血の匂いで魔物が寄ってこないか見張っていてくれたホワイトフェンリルのアルティさんと仔フェンリルたちにまずはスープをあげる。
ああ子供たちもそんなに羨ましそうな顔をしないの。ちゃんとあげるから。
私一人では時間がかかるので、パリエットさんやワルキューレのみなさんに手伝ってもらって精霊様たちや冒険者の皆さんに配っていく。
時間も丁度お昼だ。みんな解体を頑張ってくれているしね。
「うめえ。さすがはワルキューレだ。こんなにうめえスープは久々だ」
「馬鹿な連中だな。このあたりの奴でワルキューレを敵視するのは限られてる。今回みたいにすぐに露見するのによう」
おお、先日の酒癖が悪かった冒険者たちもいる。さっき謝罪されたが、意外と普通で驚いたくらいだ。
何気なく冒険者たちの話に耳を傾けていたが、ワルキューレは冒険者たちにも評判がいいらしい。
この数が助けに来てくれたんだ。凄いなって思う。
ちなみに男爵と取り巻きはまだなにかを騒いでいるが、精霊様たちの魔法で聞こえないので何を言っているのかわからない。
おなかでも空いたのかな?
「コータ。食べたら解体教えてやるよ。あんた苦手だろ?」
「……はい」
「慣れときな。いざとなった時に困るよ」
さて、みんなは食べ終えると早々に解体を再開していた。
私は後片づけをしてなにをしようかなと思っていたが、ベスタさんに解体を教えてもらうことになった。
みんなちゃんと見ているんだなぁ。
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