第37話・完全勝利!

 空ではスレイプ君とアナスタシアさんが二匹のワイバーンとの戦闘を続けている。


 難しいのは空を飛ぶ敵がワイバーンだけではないということだろう。鳥のような魔物などもいる。


 最初の一匹は奇襲のような形で倒したが、残る二匹は明らかに警戒している。知性もそこそこあるらしい。


 互いにけん制するように戦っている。


「うわぁ。リーダーとスレイプ君、単独でワイバーンとやり合ってるよ」


 地上ではベスタさんやソフィアさんたちが戦っているが、ソフィアさんは上空のアナスタシアさんたちが気になるみたい。


 これはさっき聞いたことだが、一般的にワイバーンは多数の冒険者や兵士が協力して倒すらしい。スレイプ君とアナスタシアさんだけで戦えること自体が凄いんだろう。


「ふむ、我はワイバーンを相手にしたほうが良さそうだな。コータ。我が子を頼む」


 オレとパリエットさんは子供たちを馬車に避難させて、ソフィアさんたちの援護に向かう。


 その時、子供たちを守ってくれていたホワイトフェンリルのアルティさんが自信ありげな表情で空を見上げてグッと身を縮めたかと思うと、空にいるワイバーンの一頭にジャンプして飛び掛かった。


「ちょっと、あのフェンリル話せるの!?」


「フェンリルは幻獣。人の言葉もエルフの言葉も理解する」


 ホワイトフェンリルのことはみんなには説明してある。とはいえ人の言葉を話すとまでは思わなかったんだろう。ソフィアさんが驚いている。


「わふ!」


「グルル……」


 ああ、頼むと置いていった子供たちが魔物を相手に戦う気でいる。


「あぶないよ。下がっていて」


 慌てて二匹の仔フェンリルを止めるが、二匹は任せてと言わんばかりに自信満々で迫ってきていたウルフを爪で引き裂いていた。


「お前たちはそっちをやれ!!」


 上空では一気に飛び上がったアルティさんがアナスタシアさんたちにワイバーン一匹を任せて、自分は瞬く間に一匹のワイバーンに迫る。


「ギヤァァァ!!」


 ワイバーンも怖いんだろうなぁ。明らかに怯えた鳴き声で叫ぶと逃げようとするが、アルティさんは逃さずにワイバーンの首に噛みついてそのまま地上に降りてくる。


「うわ……」


「ホワイトフェンリルは大人しく優しい。でもエルフの森の守護獣。ドラゴンとでも渡り合えると言われている」


 その光景は衝撃だったのだろう。ワルキューレのみんなも魔物たちも戦いが止まり、ポカーンと見入っていた。


 ちょっと自慢げにホワイトフェンリルの説明をしてくれているのは、パリエットさんだ。


 というかそんな凄い幻獣さんだったら、もっと早く教えてほしかった。女神様はモフモフだとしか言わないしさ。


「こっちも終わらせるわよ!」


「ヒヒーン!!」


 残る一匹のワイバーンはアナスタシアさんとスレイプ君がやる気になっている。


「こーた。わるいひとたいじするの!」


「いっしょにきて!」


 形成は一気にこちらに有利に傾いた。アルティさんと仔フェンリルたちが地上の戦闘に加わると、魔物たちは逃げ出すものまで出始めたんだ。


 ただ、そこで皆さんの援護をしていた精霊様たちが踊りを終えると、私とパリエットさんをどこかに連れていこうとする。


「ソフィアさん。ほかにも敵がいるようです。私たちは精霊様とそっちにいきます。仔フェンリルたちをお願いします」


「いいわよ。お願いというか、すでに私たちのほうが守られてるわよ」


 私はソフィアさんに事情を話して、パリエットさんと共に精霊様が指示する方向へと急ぐ。





「おいおい、どうなってやがる? スレイプニルだけじゃないぜ」


「あれは、まさかホワイトフェンリルか? ワルキューレにはハイエルフなんかいないはずだが?」


 コータたちがワルキューレの元を離れる少し前、戦場を遠くから眺めている男たちがいた。魔物を集めてワイバーンをおびき出したふたり組だ。


 彼らの仕事は魔物をワルキューレにけしかけるまでだったが、報告と情報収集のために偵察していたのだ。


 ワルキューレほどになれば、あの魔物からでも生き残る可能性は十分にある。仮に生き残ってもワルキューレの戦闘能力を確かめれば、これはこれでまたいい金になる。


 彼らが予想外だったのは、ホワイトフェンリルになる。


 パリエットも説明していたが、ホワイトフェンリルはエルフの森の守護獣である。知性が高く滅多に人前には出てこない。


 当然ながら普通のエルフでは呼ぶことなど不可能であり、エルフ族の上位種であるハイエルフでもない限りは召喚など不可能だった。


「撤退するぞ」


「ああ」


 あの戦闘はもう終わる。ふたりはホワイトフェンリルのアルティが一撃でワイバーンを狩った瞬間、撤退することを決めた。


 男爵が捕まったみたいだが、彼らの援護や救出までは仕事ではない。


ふたりは別にワルキューレに敵意もなにもないのだ。あくまでも仕事として来ただけなのだ。


「逃がしませんよ」


しかし、その瞬間。ふたりの背後には、子供にしか見えない金髪の男の子とエルフの少女が立っていた。


 男の子は少し中性的な部分もある容姿をしていて、エルフの少女は透明感のある可愛らしさが印象的なエルフ特有の容姿をした少女になる。


 男の子は当然、コータである。余談だが、女神様の異世界転生サービスでコータの容姿は元の世界とまったく違う。


 いい人と出会えるようにと女神様が気を利かせてくれたのだが、この世界には鏡が一般的には普及しておらず、コータ自身は女神様が荷物に鏡を入れてくれているが、前世の年齢からか鏡を見て身だしなみを整えるなんてしないので、実はコータは自分の容姿を未だに知らなかったりする。


「ガキとエルフか」


 コータとパリエットはすでに戦闘態勢だ。コータは得物の長鉈を抜いているし、パリエットも自前に弓を引いている。


 男たちは最早取り繕う気もないらしく、すぐに剣を抜いた。


「精霊が怒ってる。無駄な血を流させたことを」


「世の中、血なんていくらでも流れてるぜ?」


 パリエットはそれでも降伏を促すように声を掛けた。精霊は人の価値観や法で生きてはいない。彼らが改心したら、相応に罰は下しても命まではとらないのだ。


 だが男たちは精霊が世界の調和を守るなどとは信じていなかった。


 実際に男たちは守られたこともなければ、守ったところを見たこともなかったことが原因だろう。


「甘いな。エルフの嬢ちゃん。ワルキューレが相手で、俺たちがなんの備えもしていないと思うか?」


「こいつで終わりだ……って。あれ? ない!!」


 男たちは用意周到だった。ワルキューレに見つかった時の備えもしてある。


 だが男たちは知らなかった。自分たちがすでに怒れる精霊たちに囲まれていることを。


 彼らの荷物の入ったカバンの中から怪しげな気配の魔道具を空間の精霊が抜き出していたなんて知る由もない。


「探し物はこれですか?」


 空間の精霊はそれをコータにこっそり渡している。あとで褒めてもらおうと期待してのことだ。


「なっ、このガキが!!」


 無論コータにはそれがなんだかわからなかったが、そんなことどうでもよかった。


 そして怒れる精霊はすでにコータから魔力をもらい、周囲で踊っている。


 草と土がニョキニョキと伸びてくると混ざり合い、男たちは石像のように首から下を固められてしまった。


 カチコチのそれは石よりも強固なのは見ただけでもわかることだった。


「楽に死ねるなんて思わないでください。罪の分だけ生きて償ってもらいます」


 最早、男たちに出来ることはなかった。


 遠くではワルキューレと魔物の戦闘も終わっている。


 完全勝利の瞬間だった。

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