第59話・コータ働く

 翌朝、ワルキューレのみんなとパリエットさんは、さすがに疲れたのか起きるのが遅いようだ。


 私はいつものように夜明けと共に起きると、精霊様たちとスレイプ君とラジオ体操をして散歩に行こうと屋敷を出た。


 親であるホワイトフェンリルのアルティさんも誘ったが、アルティさんは屋敷でのんびりしているというので精霊様たちとスレイプ君と仔フェンリル君たちを連れての散歩だ。


 朝早いというのに町では働いている人が大勢いる。電気がない世界なので日暮れと共に休んで夜明けと共に起きるのが普通なんだ。


 なんか注目されているなと思ったが、どうもスレイプ君と仔フェンリル君たちが目立つらしい。


 気を付けなければいけないのは、仔フェンリル君たちだ。スレイプ君は大人なので落ち着いているが、仔フェンリル君たちはまだ幼く人間の町が珍しいらしい。


「わふ!」


「はなれたらだめなの!」


「にんげんさんのまちはあぶないんだよ!」


 クンクンと匂いを嗅ぎ、気になるものを見つけると突撃しそうな仔フェンリル君たちを数人の精霊様たちが止めている。


 知識の精霊様とか錬金の精霊様たちだ。常識人の精霊様たちだね。


 朝の清々しい空気は好きだ。ここは海の匂いがする。遠く海の上では船が漁業をしているようだ。


 私たちは地元の教会を訪れて女神様にお祈りをして、そのまま町を散歩する。


「みんな朝から働いているな。よし、私も働こう」


 老若男女問わず町の人は朝から働いている。ゴルバ退治のお金がいくら貰えるかわからないけど、老後のために若いうちから働いてお金を貯めないと。


 せっかく若い身体をもらったんだ。働かないと損だよね。


「はたらく?」


「なにするの? おにごっこ?」


「鬼ごっこじゃないなぁ。なにしよう」


 問題はどうやって働くかだ。働くなら自分の力で働きたい。精霊様たちはなにするのと興味津々だ。でも働くという意味を理解していない精霊様もいる。精霊様を働かせるなんて罰当たりなことはできない。


 女神様からもらった入れ食いの竿で釣りをするか? いや、あれも私の実力じゃない。ちゃんと自分の汗水を流して働かないとダメだ。


 うーん。町の外に行って魔物を退治してお金を得る? ダメだ。ひとりでそんなことしたら、アナスタシアさんたちに怒られる。私の精霊魔法はまだまだコントロールが不安なんだ。


 いざ、仕事となるとなかなか見つからないなぁ。


 うん。仕方ない。冒険者ギルドにいってみよう。あそこには掲示板があって、依頼が貼ってある。なにか参考になるかもしれない。




 冒険者ギルドは混雑していた。フルーラの町ではこんな朝早く来たことがなかったから知らなかったが。


 掲示板が見えないほど、たくさんの冒険者たちがいる。


 割り込むのは無理だな。精霊様とスレイプ君たちが潰されちゃう。


 振り出しに戻ってしまった。日雇いの仕事とかある職業安定所みたいなところはないんだろうか。


「おう、集まったな。ひい……ふう……みい……。あれ、ひとり多いな。まあいいか。行くぞ」


 とうとう町外れまで来てしまった。なにやら麦わら帽子と手ぬぐいを持った子供たちがいて、話を聞いていようかと思って近寄ったら、兵士さんが来て町の外に連れていく。


 しかもキャンプ服を着た私も、どうやら間違われたようで一緒だ。


 ちょっと興味があるので付いて行ってみよう。


「さあ、ちゃんと働けよ。報酬は帰りだからな」


 到着した場所は町の外の畑だった。ここでみんな働くらしい。


 渡されたのは肉が挟まった黒パンがふたつと水だ。いかん。つい、受け取ってしまった。


 そうか。ここで働いている子供たちなのか。


「こーた。おなかすいた」


「ああ、ごめんね。私は今日ここで働くから、お屋敷に戻ってご飯をもらって。ついでに夜には帰るからって、伝えて」


 子供たちは貰ったパンも食べずにさっそく働いている。私は朝食もまだだったのでお腹を空かせた精霊様たちとスレイプ君たちを侯爵様の屋敷に帰して、今日はここで働くことにする。


「こーたひとりにしたらしんぱいだよね?」


「うん。はんぶんのころうか。あとでこうたいしよう」


 精霊様たち、危険なことはしないよ? ああ、精霊様たちの半分がスレイプ君と仔フェンリル君たちとお屋敷に戻っていくが、半分の精霊様は残っちゃった。


 困ったな。散歩のつもりだったのでリュックも持ってきてないのに。


「こら、お前。さぼってないでちゃんと働け」


「はい」


 しかも兵士さんにさぼっていると勘違いされて怒られちゃった。ごめんね。夜に御馳走をあげるから交代の精霊様が来るまで待っていて。


 さあ、働こう。


 仕事は畑の雑草をとること。子供たちはみんな真面目に働いている。日本だと学校で遊んでいる年頃なのになぁ。


 ああ、精霊様、魔法はだめだよ。絶対騒ぎになってアナスタシアさんに怒られる。


 のんびりお昼寝でもしていて。


 一時間くらいだろうか。真面目に働いていると、休憩時間となり子供たちと少し話ができた。


 この子たちは親が病気や怪我で働けない子供たちと孤児院の子供たちみたい。侯爵様が仕事をあげてご飯と報酬をくれているんだって。


 ただの親ばかな侯爵様ではなかったんだね。見直したよ。


「こーた。うるふがくるよ」


「えっ……」


 休憩も終わり仕事を再開しようとした時、精霊様たちが騒ぎ出した。


「新入りどうした?」


「あっちからウルフが……」


「お前のペットならさっき帰っただろうが」


「いえ、魔物が……」


 遠くに目を凝らして精霊様たちが見つけたウルフを探していると、兵士さんが声を掛けてくれた。


 訂正する暇がないけど、スレイプ君と仔フェンリル君たちはペットじゃないよ。っとその前にウルフだ。


「本当だ。でかした新入り! ガキども下がれ! ウルフだ!!」


 走ってくるウルフが十頭はっきりと見えた時、兵士さんは笛を吹いて子供たちを町のほうに避難させる。


「数が多いぞ!」


「いいか、町の門まで走れ!!」


 兵士さんは全部で五人。大丈夫かな。


 子供たちは一目散に町に逃げていく。


「大丈夫? ほら頑張って」


 私は残って兵士さんの手伝いをしようとしたが、私より年長だろう女の子が手を引っ張って一緒に連れていかれる。


「でも兵士さんが……」


「大丈夫よ。みんな強いのよ」


 怖いのだろう。握られている手に力が入っている。


「こーた。ぼくたちにまかせて!」


「まほうのちからちょっとちょうだい!」


 その時、精霊様たちが立ち止まり自信ありげな笑顔で答えてくれた。


 ごめんね、結局迷惑をかけちゃって。


「ここを通すな!」


「おう!!」


 十頭のウルフを戦うよりも体で止めようとする兵士さんたちが見えた。


 あれだと怪我しちゃう。最悪……。


 でも大丈夫だ。少し離れたところではすでに精霊様たちが踊っている。


 半分のメンバーだけど、ウルフなら問題ない。


 光が……、精霊様たちの踊る光がウルフたちを瞬く間に倒していく。





「ありがとうございました」


「ううん。いいの。みんな怪我がなくてよかった」


 結局今日のお仕事はこれで中止となった。でも報酬はもらえるみたい。これがないと生きていけない人がいるから、よほどのことがなければ貰えるんだそうだ。


 最後に私を助けようとしてくれた女の子にお礼を言う。


 ちょっとそばかすがあって可愛らしい子だ。またねと一言挨拶して別れた。


 お父さんが怪我をしていて働いて家計を助けているそうだ。


「……コータ。楽しそうね?」


 さあ、侯爵様のお屋敷に帰ろうかと思った瞬間、ブルっと震えてしまった。


 振り返ると笑顔のアナスタシアさんがいる。


 とっても美しい笑顔だ。でも背筋に冷や汗が流れる。


 気のせいだよね?


「きけん、きけん」


「ひなんなの!」


 ああ、精霊様たち。今度は助けてくれないんですね。一目散にアナスタシアさんやワルキューレのみんなばかりか、侯爵様の奥さんたちがいるほうに駆けていく。


「おはようございます」


「ええ、おはよう」


 周りには町の人や、さっきまで一緒に働いていた子供たちの一部に兵士さんもいる。


 アナスタシアさんたちが現れてみんなびっくりしている。


「さあ、帰るわよ。お話があります」


「……えっと、老後のために働こうかと」


「そうね。でも老後の前にお話をしましょうね」


 助けは来なかった。


 世の中うまくいかないものだ。



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