第58話・侯爵家の夜

「すごい!」


「まるやきだ!」


 夕食は本当に御馳走だった。


 食堂は百人でも一度に食べられそうな広さがあって、真ん中に大きく長いテーブルがあり白く綺麗な布が敷かれている。


 照明も蝋燭やオイルランプではない。魔道具のランプのようで日本の照明器具のように明るい。


 ああ、リュートやハープなどの演奏が聞こえると思ったら、ピシッとしたプロのような人が弾いている。


 目を引かれるのはテーブルの真ん中にあるマグロっぽい魚の丸焼きだ。全長二メートルは軽々とある。


 しかもこんがりと焼けていて美味しそう。精霊様たちが興奮している。


「ビッグフィシュの丸焼きだわ」


「美味しそう」


 ソフィアさんとパリエットさんは美味しそうな料理によだれが垂れそうな勢いだ。


 ビッグフィシュという名前なのか。魚というより魔物みたいだね。鋭利な背びれや尾びれはとても魚には見えない。


 みんなで席に着くとお祈りをして食事になるが、驚いたのは精霊様たちの席もあることか。ウチの大人数の精霊様の席が全員分ある。スレイプ君とホワイトフェンリルのアルティさんたちはさすがに床だけどね。


「精霊はグルメでよく食べる。食事大変でしょう?」


「コータは料理が上手い。精霊たちを取られそうなくらい」


「それは楽しみ。明日はコータに作ってもらおう」


 さすがはエルフさんが奥さんにいる侯爵様だと感心していたんだけど、そのエルフさんであるキャリーさんとパリエットさんの姉妹が、勝手に明日は私が料理すると決めているんですが?


 困るなぁ。こんな絢爛豪華な場所で出せる料理じゃないのに。老人の素人メシなんだよ?


「こーた、あれがたべたいの!」


「ちょっと待ってくださいね」


 肉・魚・野菜と豪華な料理が長いテーブルにところ狭しと並ぶと、侯爵様と奥さんたちにワルキューレのみんなと精霊様たちの賑やかな食事が始まる。


 ちなみに侯爵様の奥さんは、アナスタシアさんのお母さんを含めて十八人もいるらしい。さっき全員と会ったけどみんな美人さんだった。


 獣人さんも三人ほどいたね。犬獣人さんと虎獣人さんとウサギ獣人さんが奥さんにいるらしい。


 食事の風景は意外にラフだ。マナーとか厳しいのかと心配したけど、今日はそうでもないらしくざっくばらんな雰囲気だ。


 私の場合はいつもと変わらない。精霊様たちのお世話だ。


 ただキャリーさんの精霊様たちは、自分で欲しい料理を取り分けて勝手に食べているね。会話ができないからだろう。


 パリエットさんの精霊様たちはいつの間にか私がお世話している。


 あれ? 精霊様たちのお世話をしていたら、キャリーさんと侯爵様たちがポカーンとしてる。なんでだ?



「もしかして精霊と意思疎通ができてる?」


「そう、コータは精霊と普通に話ができる」


「ばかな、王都の大神官様でも不可能なことだぞ」


 ああ、精霊様たちと意思疎通できるのが珍しいんだっけ。最近あんまり気にしないでお世話する癖があったからな。


 でも侯爵様まで、そんな震えながら信じられないと呟くなんて大げさな。


「……」


「ああ、あれが食べたいんですね?」


 おっと、それどころじゃない。精霊様たちが待っている。活発な精霊様ばかりじゃない。大人しい精霊様たちにもきちんと取り分けてあげないと。


 最近なんか無言で見つめられるだけで、何がほしいのか分かるようになってきたんだよね。


「こーた。これおいしいよ。あーん」


「いただきます。おおっ、本当に美味しい」


 私自身はなかなか食べる余裕がないが、精霊様たちがなぜか食べさせてくれるようになった。


 うん。ビッグフィシュとはマグロの魔物だね。味が似てる。


 ホロホロと崩れるほど柔らかい身の部分を頂いた。ジューシーで噛むとマグロっぽい旨味が口いっぱいに広がる。


 塩と柑橘類を少し絞って食べるらしいが、これがまたよく合う。


 いや、確かに美味しい。来てよかった。


「ブルル……」


「くーん」


「くーん」


 おっと、スレイプ君とアルティさんたちもそろそろ取り分けてあげないと。悲しそうに見つめないで。こっちは御付きのメイドさんがいるが、どれを取り分けてあげればいいか迷っている。


 アルティさんも遠慮しているんだろう。さっきからしゃべってない。


「はい、どうぞ」


 メイドさんと協力してスレイプ君たちに取り分けてあげると、アルティさんは落ち着いた様子だが、スレイプ君と仔フェンリル君たちは喜んでガツガツと食べている。


 というか料理がなくなるとどんどん追加で運ばれてくるんだが、食べきれなくなるよ?


 そうだ、こっそりとお弁当に詰めて女神様にも送ってあげよう。クーラーボックスに入れておいてメールすると受け取ってくれるんだ。




「リーダー。国王陛下からの手紙って?」


 食後はサロンとかいう場所で侯爵様たちとお酒を飲むことになった。


 私は相変わらず精霊様たちのお世話で忙しいが。


 そんな時、斥候のアンさんが手紙を読んでいるアナスタシアさんに声を掛けた。でもアナスタシアさんの表情微妙じゃない?


「審議官の件よ。謝罪するということと、そのために王都に来てほしいって」


「うわぁ、未練たらたらじゃん。あの陛下、まだ諦めてないんじゃない?」


 審議官って、あの魔物を大量に呼んだ時の貴族か。謝罪するならいいことのように思えるけど、アナスタシアさんの表情は迷惑とまでは言わないが嫌そう。


 ただ、その理由を教えてくれたのはアンさんだった。王様とアナスタシアさん関係があるのか。


「アン、駄目よ。国王陛下なのよ。不敬だわ」


「そうだぞ。あんな奴に娘はやらん」


 ほかのワルキューレのメンバーや侯爵様の奥さんたちはクスクスと笑っている。かなり有名な話らしい。


 マリアンヌさんすら半ば笑いながらアンさんを形だけ止めている。侯爵様は国王陛下相手でもあのノリなのか。凄いな。


 でもわかる気がする。地球にも皇室や王室はあったけど、誰もがそこに嫁ぐのをのぞむはずもない。


 自由のない生活なんてね。


「それで、行くの?」


「行かないわよ」


 うん。アナスタシアさんは迷惑そうだ。丁重にお断りの手紙を書いて侯爵様に預けて終わりらしい。


 同じ男として国王陛下に同情するが、よく考えてみると国王陛下なんだから周りには美しい女性がたくさんいるよね。同情する必要なんてないか。


「このお酒、美味しいわねぇ」


「ほら、コータも飲んで」


 ああ、大精霊様たちは遠慮なく高そうなお酒を開けている。いいんだろうか? 大精霊様たちの分はあとで私が料金をお支払いするべきかも。


 この件が終わったら冒険者にでもなるべきかな。ウチにはよく食べる精霊様たちが多すぎる。よくよく考えたら私は無職だったんだ。


「コータ、どうしたの?」


 年金もないこの世界で無職は危険だ。将来どうするんだ? いろいろ考えたら落ち込んでしまう。


「いや、よく考えると私って無職なんだなと……。老後が心配で……」


 そんな私にソフィアさんが声をかけてくれたが、いまいち理解できないのか首を傾げていた。


「変わった子供だな。その年で老後の心配か?」


 侯爵様にはわからないだろう。大変な身分の代わりに老後は安泰なんだろうしね。


 またひとりで老後を迎えるのかと思うと、やっぱり落ち込んでしまう。


「うん。働いて貯金しよう」


「いや、その前に結婚しなさい。若い者がなに枯れておるのだ。アナスタシアはやらんがな」


 いや、侯爵様。外見は子供でも中身は年寄りなんです。こんな私が結婚は無理です。


 精霊様たちは一緒にいてくれるかな。寂しい老後にならないなら前世よりはマシか。


 って、あれ? なんでみんなそんな呆れた顔に? 精霊様たちやスレイプ君まで……。


 違うのは仔フェンリル君たちだけだ。お腹いっぱいになって仰向けになってだらしない姿で寝てる。


 いや、わかってますよ?




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