第27話・飯テロ?

 ギルドの会議室は静まり返っていた。


 王国や冒険者ギルド本部や王都にある中央教会から派遣されてきた者たちと、アナスタシアは対峙している。


 この町のギルドマスターは中立であり、味方は皆無。少し重苦しい雰囲気だった。


「それはどういう意味でしょうか?」


 根掘り葉掘りと聞かれたところで、アナスタシアの表情が僅かに動く。


「その言葉の通りだよ。君たちと協力した少年というのは、ゴルバの仲間だったのではないのかね?」


 話を主導していたのは王国から派遣された審議官だった。


 肯定というよりは懐疑的にアナスタシアの話を聞いていた人物であり、今まで誰にも捕らえられなかったゴルバを、なぜ偶然通りかかったクラン・ワルキューレが討伐できたのかとしつこく追及していた。


 疑いの目を向けられたのはコータだった。


 人族が精霊魔法など使えるのかと疑い、本当にただの旅をしていた少年なのかと疑っている。


「私の言葉が信じられないというならば結構ですわ。どうぞお帰りください。懸賞金も不要です」


 相手は爵位持ちの貴族だった。と言っても男爵程度であるが。


 王国の審議官の狙いは侯爵家所縁のアナスタシアの見極めと、あわよくば懸賞金の一部辞退または褒賞などでの減額だった。


 ただアナスタシアはそんなこと百も承知だ。母の身分から庶子であり現在は平民ではあるが、アナスタシアは貴族としての教育も受けている。


 父のみならず父の正妻にも可愛がられていて、養女として正式に迎えたいとの話もあったほどだ。


 無論侯爵家と親しくもない男爵風情では知らぬ話であろうが。


「ほかの皆さまも、私をお疑いならお帰りいただいて結構ですわ」


「待ちたまえ。教会としては君たちになんの嫌疑も抱いてはおらん。無論協力した少年に対してもだ。大司教様からは是非一度王都に来てほしいと仰せつかっておる」


「ああ、ギルドとしても嫌疑など抱いてない」


 アナスタシアのあからさまなほどの不満げな様子に慌てたのは、教会から派遣されてきた司教とギルド本部から派遣されてきた幹部だった。


 彼らは男爵よりは賢いようで無言で様子を窺っていた。金貨三千枚の懸賞金というのはあちこちから出ていたものの合計で、王国が金貨五百枚。教会が三百枚。ギルドが三百枚となっている。


 他にも近隣国家や個人から懸賞金が出ていて、国家の分は王国が代理で審議して個人はギルドが纏めている。


 仮に王国から懸賞金をもらわなくても半分はもらえることになる。


「では王国からの懸賞金は辞退致します。他の皆様はよろしくお願い致します」


「まっ、待ちたまえ! 私はそこまでは言ってない!!」


 通常の貴族と平民の交渉ならば主導権は当然貴族が握るので、最初にガツンとやるのは珍しくない。


 もっとも高位の冒険者だと国家や爵位などの権力に個人の武力で対抗できるので、今回のように逆効果の場合もあるが。


「男爵様。私は一度でも疑われた以上は、発言を撤回する気はありません。コータは私たちの戦友であり、正式にはクランに加入しておりませんが仲間です。それを理由もなく疑われた以上は、決して許せることではありません」


 教会の司教とギルド幹部が認めたことにより、アナスタシアは話は終わったと会議室をあとにする。


 顔色を真っ青にした男爵がなにかを喚いているが、アナスタシアには関係がなかった。






 西の空がオレンジ色に染まっていた。


 S級冒険者のキースさんは、同じ野営地にいたみんなにお酒を配って飲ませている。


イケメン剣士のアレスさんが普通はこんなことしないし、しても誰も飲まないのが当然なんだと言っていたことが印象的だった。


 知らない人から食事や酒を勧められても、普通は食べないし飲まないらしい。


 毒を盛られたり酔いつぶれたところで、何をされるかわからないのが理由だそうだ。もっとも酒場のようなところで奢られれば、みんな喜んで飲むけどね。


 ただ相手が超有名な冒険者だとやはり信頼があるようだ。


 ああ、キースさんが精霊様たちにまでお酒を飲ませていたのも、ちょっと驚きだった。キースさん自身は見えないが、それなりに精霊様のことは知っているそうだ。


 いつのまにかスレイプニルのゴルバが死んだお祝いだと、野営地にいた商人さんたちもお酒はないが食料などを持ち寄って宴となっている。


「坊主、そりゃなんだ?」


「スープでも作ろうかなと思って」


 私はお酒をチビチビと飲みながら、リュックからこの前女神様に頼んで取り寄せた大きな鍋とコンロを出していると、さすがに目立つのかキースさんがやってきた。


 せっかくだからみんなにスープでも振舞おうと思うんだ。


 豚汁なんてどうだろう。


 お肉は豚というよりはレッドボアという猪の魔物の肉だけど。シルバーボアと違い割とよく出回るお肉らしく、町で購入したんだ。


 豚汁は難しくない料理だからね。この世界のジャガイモであるゴロ芋に日本の大根とゴボウと白菜を適度な大きさに切って大きな鍋で豪快に煮るだけだ。


 レッドボアの肉は軽く下茹でして臭みをとり、油揚げも熱湯に潜らせて油抜きをすることも忘れない。


 そうそう、こんにゃくは塩もみをするといい。これで臭みが抜ける。


 まずは煮えにくい根菜から煮ていき、頃合いを見計らって他の具材を加えて更に煮込む。そこに味噌を加えて、更に味を染み込ませるように灰汁を取りながら煮込めばいい。


 最後に味噌・醤油・ごま油で味を整えると完成だ。




「美味しそう」


 いつの間にか、周りが静かになり私に注目していた。


 エルフのパリエットさんは精霊様たちに囲まれて、早く食べたいと待っている。


「これははじめて」


「こーたのごはんはおいしいよ!」


「いいなぁ。ぱりえっとはわたしたちのこえもきこえないし、ごはんもつくれないんだ」


 精霊様たちは慣れた様子で一列に並びだした。パリエットさんと一緒の精霊様もすぐに並んだけど、やっぱりパリエットさんと精霊様はお話ができないのか。


 女神様とかクラン・ワルキューレの皆さんが言っていたから、どうなのかなって思ったけど。


 普通にエルフだと精霊様の姿も見えない人が当たり前なんだとか。光の玉のようにうっすらと存在を感じ取れるだけでも凄いと言われるらしい。


「コータ。オレにも、それくれ!! 精霊のあとでいいからよ!」


「もちろんですよ。皆さんも、もしよかったらどうぞ」


 豚汁のいい匂いが辺りにしている。味噌と豚や野菜が煮える匂いだ。


 キースさんが真っ先に欲しいと言ったので、もちろんあげるよ。お酒貰ったしね。他の商人さんとか冒険者の皆さんはご自由にどうぞということだ。


 アレスさんも言っていたが、知らない人の料理は抵抗感があるんだろう。皆さんかなり悩んでいる。


「うおっ、なんだこりゃ!!」


「悔しい」


「パリエット。悔しいってなんだ?」


「こんな美味しいもの知らなかったのが悔しい。エルフの名折れ」


 精霊様たちに豚汁を盛り付けてあげると、キースさんとパリエットさんは平気らしいので豚汁をあげる。


 両手でお椀を持って汁を一口飲んだキースさんは目をカッと見開き大きな声で叫んだ。


 パリエットさんは悔しいと呟くと私を悔しそうに見つめるので困惑したが、美味しいものを知らなかったことで悔しかったとは。


 もしかして年上なんだろうか? 何歳か気になるが、女性に歳を尋ねるのはよくないよね。


「ああ、この七味を入れても美味しいですよ」


「それを早く言え!」


 ガツガツはふはふと熱々の豚汁を掻き込むように食べるキースさんと、黙々と食べるパリエットさん。


 そしていつものように賑やかに食べる精霊様たちとみんな反応が違うが、口に合ったようでよかった。


 うん? ほかに商人さんや冒険者の皆さんが苦悩の表情を浮かべている。


 食欲と理性との闘いなんだろう。


「コータ……私にもちょうだい?」


 真っ先に理性が食欲に負けたのは、ヘレンさんとサラさんだった。


 少しモジモジとしながらやってきた。




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