第2話・チートと女神と未知との遭遇?

 チートの説明は食事の後になった。


 女神様は両手に焼き魚を持って幸せそうにかぶりついている。その姿は遠い過去に別れたまま二度と会うことがなかった戸籍上の娘を少し思い出す。


 私は自動組み立て機能付きの折り畳み式のテーブルで女神様の夕食の支度をしている。


 ひとりならば焼き魚が二匹もあれば十分だったのだが、女神様は足りないようなのでなにか作らねばならないだろう。


「うわぁ、野菜の皮むきが上手いですね~」


「独り暮らしが長かったので、それなりには料理をしてきましたから」


 夕食は女神様のリクエストでカレーになった。


 じゃがいも、にんじん、玉ねぎと野菜の皮を剥いていると、女神様が感心したように見ていた。特別上手いわけではない。


 ただ女神様は料理なんてしないんだろう。そんな雰囲気だ。


 私のカレーは育った孤児院のカレーだ。特に特徴があるわけではないが、あの頃はカレーが一番の御馳走であり楽しみだった。


 肉は鶏肉だ。私が日頃使うスーパーの特売の肉とは異なる、高級そうな鳥のもも肉と具材を同じ大きさに切りそろえると、サラダ油を敷いた鍋で玉ねぎから炒めていく。


 油が熱されて玉ねぎが焼ける匂いに食欲がそそられる。


「あの、カレールーはこの世界でも手に入るのですか?」


「うーん。普通に買うのは無理ですよ。文明が幸田さんの世界の中世くらいですので。原料の香辛料なら探せばありますけどね」


 ひとつ気になったのはカレールーだ。なぜか日本のスーパーで売っていたものがクーラーボックスの中にあった。


 女神様いわくキャンプで使いそうな食料は、みんなクーラーボックスの中にいれたらしい。


 どうもクーラーボックスも見た目と中に入る容量が違うらしく、冷蔵品と冷凍品の両方が入っていると教えてくれた。


 ただカレールーが冷凍品として凍っていたので、後で中身を確認したほうがいいかもしれないが。


「そうですか。それならば、なくなったら食べられないのかもしれないのですね」


「いいえ。幸田さんは食べられますよ。キャンプといえばカレーがないと駄目だと書いてありましたし。そこで出てくるのがチートです。異世界転移でも人気のチートですよ」


 カレーが食べられなくなるかもしれないという事実に少し残念な気持ちになるが、女神様はここでようやく先ほどのチートという言葉に戻った。


「チートとは本来はズルをするという意味なのですけどね。異世界転移では特別な力やスキル……能力を得るという意味で使います。実は幸田さんは神界の手違いで、前世が物凄く不幸になってしまったので、そのお詫びなのです」


 チートとはそんな意味だったのか。ファンタジー物の映画くらいならテレビで見たこともあるが、チートというのはどこかで聞き覚えはあっても、なんのことわからなかった。


 女神様はたき火の前でココアを両手で持ちながら優しく説明してくれた。


 特別な力か。


「幸田さんのチートスキルはその名もキャンプなのです! 私が初めて作った自信作のスキルなのですよ! キャンプは奥が深いですね。異世界に合わせたら、レジェンドクラスになってしまいました」


「レジェンドクラスとは……」


「それはスキルのランクなのです。カードゲームとかやったことありません? ノーマルとかレアとか……」


「カードゲームと言えば、めんこなら子供の頃に少し……」


「OH……、もしかしてスマートフォンも……?」


「はい。持ったことありません」


 申し訳ありません。また女神様に頭を抱えられてしまいました。


 いや、子供たちの間でカードゲームが流行ったことくらいは知っていますが、それ以上は……。




 野菜とお肉を炒め終えると、煮込みます。灰汁を取りながら野菜が煮えるのを待ちます。


ああ、ご飯もそろそろ炊かないと。飯盒がありますね。これで炊きましょう。


「メニューと念じてください。まずはそこからですね」


「えっと、メニュー?」


 念じるというのがよくわからないのですが……おおっ、なんですかこれは???


 目の前に半透明なテレビのような画面が??


「それがメニューですよ~」




名前:幸田聡志 年齢十三歳


レベル:2


HP:150 MP:60


レジェンドスキル


【キャンプ】レベル1


スーパーレアスキル


【隠匿】レベルMax


レアスキル


【異世界言語】レベルMax・【丈夫な体】レベルMax


ノーマルスキル


【採取】レベル1・【釣り】レベル1・【解体】レベル1



称号:ルリーナの使徒


加護:ルリーナの加護



アイテムボックス


メール



「あの、いろいろわからないことだらけなのですが、年齢が間違っていますよ」


「間違ってないのですよ。チートには若返りが標準装備なのです。常識なのですよ」


 えっ、私は八十なのですが……。


 そういうことは先に教えてくれるべきでは……。


 いや、常識なのか。


「この使徒というのは……?」


「幸田さんは私の使徒になったのですよ。エッヘン」


「もしかすると、使命などあるのでしょうか?」


「いえ、ありませんよ。そもそも私はまだ新米の神なので、そんな重要な仕事はしたことがありません。実は……初任務が幸田さんの異世界転移だったのです!」


 さすがに私も神様の使徒になった意味は理解するが、これでいいのだろうか。


 女神様の上司が今頃困っている気がしてならない。


 ああ。そろそろカレールーを入れないと。


 ご飯も焦げないように大丈夫かな。キャンプは憧れだったけど未経験なんですよね。



『パンパカパーンカパーン、料理スキルを獲得しました。美味しい料理期待しています!』


「今の声は? 料理スキルとは……」


「ああ、レベルが上がった時とスキルを獲得した時には、お知らせ機能があるのですよ。昨日頑張って作ったのです!! それは幸田さんにしか聞こえない専用なのですよ~」


 目の前にはよだれを垂らしてカレーの香りがする鍋を見つめる女神様がいるのに、どこからともなく緊張感がない女神様の声が響いて驚いた。


 本人が目の前にいるのにどうしてだろうと思っていたら、どうもこれも女神様の力らしい。


「詳しくはメニューを見れば誰でもわかる仕様なのですが、不安ですね。説明しておきましょう。スキルはメニューに詳しい使い方が書いてあります。道具はアイテムボックスとそのリュックが繋がっているので、アイテムボックスから説明が見られますよ。メールというのは私に連絡できる機能です」


 コトコトと煮込まれるカレーの前で、女神様に説明を受ける。


 うん。説明書があれば大丈夫だろう。


 さすがにメールは知っている。使ったことはないですが。


「ねえねえ、もうにえてるよ?」


「ああ、そうですね。では夕食に……」


 しばしメニューをいじっていたら、カレーの鍋ができていると教えてくれた。


 知らない声が。


 女神様じゃない?


「あら、精霊さん。いらっしゃい。一緒にご飯食べる?」


「わーい。ルリーナさま。ふとっぱら~」


「むっ、わたしこう見えても着やせするのですよ?」


 いつの間にか知らない三頭身くらいの小人が、周りにたくさんいた。


 あまりの事態に固まってしまったが、女神様が精霊さんと呼んでいることで理解する。


 身長は十センチから十五センチくらいだろうか。三角帽子を被った。メルヘンっぽくてカラフルな服を着た小人は精霊様らしい。


 女神様の友達なんだろうか?


 どうでもいいけど、太っ腹というのはお腹のお肉ではなく度量が大きいという誉め言葉です。


「はーい。みんな並んでね~」


 女神様が精霊様を並ばせるので私の前には精霊様の列ができていた。みんな木でできたような小さな小さなお皿を抱えて瞳を輝かせて待っている。


 あっ、私が皆さまに配るのですね。


 でも女神様。大盛りにするまで皿を持つ手を引っ込めないというのは、どうなんでしょうか。皆さまの分があるのか不安です。




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