第3話・精霊たちの宴
辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。
日本で見るより大きな月が見えると、ここが異世界であることを実感させてくれるな。
「うわぁ。いいにおいなのです!」
女神様に続き精霊様たちにも、カレーライスを盛り付けていく。
ひとりひとりの量は体のサイズに合わせてか多くはないが、野菜や肉は彼らが食べるには大きすぎるので、細かくして入れてあげよう。
みんな瞳を輝かせてカレーを受け取ってくれるのが嬉しい。
女神様がお代わりするかということと、明日の食事にと多めに作って良かった。
「あれあれ、ないのですよ」
危なかった。最後の精霊様の分がなくなるところだった。
「皆様で食べてください。私はお代わりの分を作りますので」
女神様はキャンプ用の椅子だが、精霊様たちはたき火を囲むようにみんなで草むらに座り、最後の精霊様を待っていた。三十人はいるな。
ちょうど空になった鍋に最後の精霊様は困った表情を浮かべて、自分の皿のカレーと私を交互に見ている。
見たこともない食べ物だと先ほどひとりの精霊様が言っていたので、楽しみで仕方ないのだろうが、私の分がないので分けてあげようか迷っているのだろうか。
気にしなくていいからみんなで食べてほしい。
「あらあら、幸田さんの分がないのです。やっぱりうっかりさんですね」
「みんな! ちょっとわけて~!」
「あっ、いいですよ。私は……」
そんな精霊様の様子に気が付いた女神様が、自分の大盛りのカレーライスを半分ほど分けてくれると、ほかの精霊様たちも少しずつ分けてくれた。
私は後でなにか食べるのでよかったのに……。
そういえば、昔……。孤児院でこんなことがあったなぁ。
うっかりこぼしてしまった子に、みんなで分けてあげたことがあった。
助け合うことが当たり前だと思っていた、あの頃を思い出してしまう。
「さあ、いただきましょう!」
「ルリーナさま。こーた。ありがとう!!」
私の皿に少し多めに盛られたカレーライス。その様子に女神様と精霊様たちは満足げに笑みを浮かべると、女神様の合図にてみんなで夕食になる。
ありがとうと私にも言ってくれた精霊様たちの言葉に、思わず感極まってしまいそうになる。
人との交流は年々減って、晩年はありがとうと言われたことは買い物以外ではなかったかもしれない。
「おいしい!!」
「もりのくだものと、ぜんぜんちがう!」
「えるふのごはんともちがう!!」
わいわいと賑やかに食べ始める女神様と精霊様たち。
その姿になぜか涙が止まらなく……。
「こーた。どうしたの?」
「たりないの?」
堪えようとすればするほど止まらなくなる涙に、精霊様たちが気付くと心配そうに駆け寄ってくる。
でも精霊様たち。足りないわけではありませんよ。
「幸田さん。辛いのですか?」
女神様、それも違います。
「いえ、こんな楽しい食事は随分久しぶりだったもので。つい……」
「???」
「???」
女神様と精霊様たちには理解できないようだ。当然だろう。
でもそれでいい。
「さあ、食べましょう。食後には甘いデザートでも作りますよ」
「スイーツは好物なのです!!」
「わーい!!」
涙をぬぐって女神様と精霊様たちにデザートを作る約束をして、カレーライスを頬張ると異世界に来てよかったと実感する。
一口目にはカレーの香辛料の刺激が口いっぱいに広がる。しかしこれは女神様が辛いのが苦手なようなので甘めに仕上げた。懐かしい孤児院のカレーライスだ。
次の瞬間にはまろやかな肉や野菜の甘みがご飯と絡んで広がってくる。
素材がいいのだろうね。全体的にあの頃よりも深みがあって美味しい。
日本の家庭の味であるカレーライス。
こんな楽しい夕食を食べられただけで、私は女神様に感謝してもしきれない気持ちになる。
「凄い……」
食後、精霊様たちはたき火を囲んで楽しげに踊りだしている。
木々が精霊様たちの踊りに合わせるように揺れて、大地が風が火が水が精霊様たちの踊りを彩っているように光輝いて見えるのは気のせいだろうか。
綺麗だ。ああ、これが異世界なのか。
「こーた。これ、なーに?」
「ホットケーキですよ。ちょっと待っていてください」
なんと精霊様たちの踊りで、私たちのキャンプしている場所が花畑に変化してしまいました。
なにがどうなっているのかわかりませんが、精霊様たちは満足げにハイタッチをして先ほど約束した甘いデザートを心待ちにしている。
なにを作ろうかとクーラーボックスの中を探してみると、ホットケーキミックスがあった。
卵や牛乳と蜂蜜もあったので、綺麗な踊りのお礼に心を込めて作ることにしよう。
「おいしそう!」
「あまいにおいがする~」
アウトドア用のコンロでフライパンを熱して、バターを溶かすとホットケーキを焼き始める。
ふわふわと浮いたり私の肩や頭に乗った精霊様たちは、物珍しそうにフライパンを覗き込むと匂いを嗅いで騒いでいます。
女神様ですか? 先ほどからよだれを垂らしてフライパンに視線がロックしていますよ。
焼きあがったホットケーキはバターと蜂蜜を塗って、精霊様たちには食べやすいように切り分けてあげます。
「こーた! おいしいよ~」
「ほんとうだ。こんなおいしいおかしはじめて!!」
大きく口を開けていっぱいに頬張る精霊様たちと女神様に、思わず笑ってしまいます。
バターのコクと蜂蜜の甘さがホットケーキには一番だ。
小さな体のどこに入るのかと不思議になるほど、精霊様たちはお代わりをして食べていく。
デザートのホットケーキを食べ終えると、女神様はこっくりこっくりと舟をこぐように眠ってしまいました。
風邪をひかぬように抱きかかえてそっとテントの中に入れると、リュックにあった毛布を掛けてあげよう。
ただこのテントは中が外よりも随分と温かい気がする。丈夫な布なのだろうか?
「精霊様たちも眠かったらテントの中に入ってくださいね」
「ねないよ~」
「わたしたちはねないの―」
「こーた。あそぼ!」
残る精霊様たちですが、元気いっぱいだ。
見た感じが幼子のようなのに眠くならないのが不思議だが、精霊様たちは寝ないと言っている。
メルヘンの精霊と同じように眠らないのだろうか?
付き合いましょう。
若返った影響でしょうか。私も眠気はありません。
思えば無理をして働いたせいか、あちこち痛かった体が信じられないほど快調です。
今日はとことん遊んでみましょう!
「幸田さん。おはようございます」
「こーた。おはよう~」
「こーた、あそぼう!」
誰かの楽しげな笑い声に目を覚ました。
私はいつの間にか寝てしまったようだ。テントの中で目を覚ますと、精霊様たちと遊ぶ女神様が声をかけてくれて、精霊様たちも駆け寄ってくる。
「おはようございます」
思えば誰かにおはようと言われることは、随分と久々だな。
「綺麗ですね……」
「当然です。私は神なのですから!」
テントを出ると、そこは昨日とは別の場所のようだった。
色とりどりの花が咲き乱れた大地に、木々も木の実や果物がこれでもかというほど大量に実っている。
ただ、そんな光景に見惚れた私の言葉を、女神様は勘違いしてしまったようだ。
あまりない胸を張って喜んでいる。
ああ、誤解だとは言わないほうがいいね。
「ルリーナさま。かんちがいおおい」
「ルリーナさま。てんねん」
精霊様たち。そういうことは口に出さないで言ってください。
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