第4話・旅の始まり

「じゃあ、私は帰りますね。神様は忙しいのです! わからないことがあったら、メールをしてくださいね。では、また来ます~」


 女神様は朝食をお腹いっぱい食べて帰った。


 ありがとう女神様。


「こーた。これおいしいよ」


「こーた。これはけがしたときにつかうの!」


 精霊様たちと一緒に女神様を見送り、キャンプ道具の後片付けを済ませると出発……のはずだったんだけど。


 精霊様たちが昨夜踊ってできた花畑から、花や果実に木の実や草なんかをたくさん集めて持ってきてくれた。


 持っていけということみたい。


「ありがとうございます」


 私はそれらをクーラーボックスの中やリュックに入れていく。


「こーたはともだち。こまったらせいれいをよぶの!」


「かれーのおれい」


「ほっとけーきのおれい」


「よばなくてもあそびにいくの!」


 精霊様たちはどうするのかと見ていたのだが、どうやらお別れのようだ。


『パンパカパーンカパーン。精霊魔法を覚えました。精霊召喚を覚えました。魔法ですよ! 異世界といえばみんなが憧れる魔法です。すごいね!』


 ただ別れを惜しむ……ような雰囲気ではなく、すぐに再会しそうな感じだ。


 精霊魔法と精霊召喚か。まるでファンタジー物の映画のようだなぁ。


「精霊様たち。ありがとうございました」


 さあ、出発だ。






「にんげんさんのむらはあっちだよ」


 精霊様たちと別れの挨拶をして二時間ほどかな。


 普通に精霊様たちは一緒に歩いていたり、私の頭や肩に乗っています。さっきの別れの挨拶はなんだったんだろうか?


 でも精霊様の道案内がなければ、私は森を抜けられないと思う。


「にんげんさんがいる!」


「おーくにおそわれてるよ!!」


 そのまましばらく進んだ時、精霊様が突然慌て始めた。


 おーくとはオークのことなのか。それとも動物なのか? 考えている暇はないな。助けにいかないと。


 私は喧嘩なんてできないし、狩猟もしたことがない。なんとか追い払えるだろうか。


 逃げてしまえという囁きが心の中に生まれる。


 前世では人を助けても、必ずしも良かったとは言えない経験が多い。


 でも……。私に第二の人生をくれた、ちょっとドジな女神様に恥はかかせられない。


「私は助けに行くので、精霊様たちはここで待っていてください」


「えー!」


「だめだよ。こーたよわいから、しんじゃうよ?」


「ぼくたちつよいんだよ!!」


助けに行こうと決めた。精霊様たちには安全な場所で待っていてほしいと言っても、精霊様たちはやる気になって聞いてくれない。


 パンチやキックの真似をして今にも飛び出していきそうだ。


「まほうをつかうの!」


「魔法ですか? 精霊魔法というのは先ほど聞きましたが……」


「うんとね。こーたがまほうのちからを、ぼくたちにくれるの! ぼくたちはそのちからでおーくをたおすんだよ!」


 時間がないので精霊様たちが指摘するところへ急ぐが、精霊様たちは身振り手振りを交えて魔法を使うと教えてくれた。


「あれが……」


 二足歩行だ。豚というか猪のような頭を持ち、体格もいい。身長は二メートルくらいだろうか。


 足が震える。


 ここが危険な大自然なんだと初めて実感した気がする。


「来ちゃダメ! お逃げ!!」


 精霊様たちが見つけた人はおばあさんだった。結構なお歳だろう。還暦どころではない私が日本で亡くなった頃と同じ八十歳は超えていると思う。


 すでに尻餅をついていたおばあさんは、私と偶然目が合った瞬間逃げろと叫んだ。


 ありったけの声なのだろう。声がかすれている。


 オークがそんなおばあさんの声でこちらに顔を向けた。


 ああ、あれは話せる相手の目じゃない。本能的にそれがわかった。


「こーた。まほうだよ」


「ぼくたちにまかせて!」


「ごほうびはかれーがいいな!」


「わたしはほっとけーきがいい」


「精霊様。お願いします!!」


 餌だ。オークにとって私は餌でしかない。ご褒美の相談の前に魔法を使ってほしい。


 震えて動けないが、かろうじて精霊様たちに言葉で伝えることができた。


「やるよ~」


「あしどめは、まかせて!」


「わたしはうでをとめるよ~」


 精霊様たちが私の周りで踊りだした。


 それはなにかの儀式。そう、神楽のようにも見えた。


 体からなにか力が抜けていく感覚に襲われてしまうが、次の瞬間には精霊様たちが輝いていた。


 ああ、もう大丈夫なんだと。何故かそう思えた。


 オークはまるで精霊様たちのことなど気にもしないように、こちらにのっしのっしと歩いてくるが、土が隆起して足から固まったかと思うと周りの木々の蔓がオークの腕を絡めて動きが止まった。


「とどめだ!」


「えーい!」


 最後はちょっと間の抜けた掛け声と共に、ひとりの精霊様が風の刃でオークの首を一撃で落としていた。


『パンパカパーンカパーン。レベルがあがりました。レベル3ですよ。レベルがあがりました。レベルが4ですよ。レベルがあがりました。レベルが5ですよ。あれ??? レベルが一度に3もあがりました。幸田さん。危ないことをしたら駄目です!! め!!』


 動かなくなったオークの体にほっとして力が抜けた私は、その場に座り込んでしまう。


 そこに女神様の声でレベルがあがったことを教えてくれたが、何故か最後には怒られてしまった。怖くないけど。


 ああ、そんなことしてる場合じゃなかった。


「大丈夫ですか?」


「ええ。坊や凄いのね。その年で魔法使いなんて」


「いえ、私ではなく精霊様が助けてくれたんですよ」


「おやまあ、エルフだったのかい? それは勘違いしてごめんね」


 おばあさんは足を挫いたようだけど元気のようだ。


 ただ何故か私をエルフだと誤解している。なぜだろう?


「ふつうのにんげんには、ぼくたちがみえないんだよ~」


「おはなしできるのも、かみさまとえるふのすごいひとだけ~」


「こーたはルリーナさまとともだちだから、とくべつなの!」


 理由は精霊様たちが教えてくれた。


 精霊様たちが普通の人には見えないなんて。しかも話すことはもっとあり得ないんですか。


 とりあえずここは危険です。おばあさんを背負って離れましょう。


「魔石をとらないのかい?」


「それより、あぶないので離れましょう」


「ごめんね。私がいなきゃオークを持ち帰れたのに……」


「いいんですよ。困った時はお互い様です」


 魔石ってなんだろう。オークは持ち帰れば売れるのかな? 剥製にするとか?


 でも今は逃げないと。オークの仲間が来たら危ない。


 そうだ。昨日から視点がなんかおかしいと思ったら、若返ったので身長が縮んだのか。


 おばあさんが大きく見える。でもその割におばあさんは重く感じないな。子供の頃の私にこんなに力があっただろか?


「こーた。こっち。こっち」


 とりあえずおばあさんの村に行くことにした。


 ただ魔物を避けて歩いていると遠回りしなくてはならないようで、時間がかかる。


「重いだろう。ごめんね」


「そんなことありませんよ」


 申し訳なさげなおばあさんを励ましつつ、私はようやく森を抜けることができた。


「マーサ婆ちゃん!! 姿が見えなくて探してたんだぞ!!」


 森を抜けると、すぐにおばあさんの村の人に出会った。


 年のころは四十歳くらいで、皮製品らしい胸当てをつけて槍を持った男性だ。


「ごめんね。薬草がなくなって森に入ったらオークに襲われてね」


「オークだって!!」


「悪いけど村の者を連れて森に行っとくれ。いつもの場所にオークの死体があるから。この坊やが倒して助けてくれたんだけど、私のために捨てて来たんだよ」


「倒したのか? こんな坊主が!? まあ話はあとだな。坊主、悪いがそのままマーサ婆ちゃんを村まで連れていってくれ。その代わりオークは任せとけ」


「あっ、はい」


 男性はオークと聞き顔色が変わった。やっぱり危険な生き物なんだな。


 別に取りに行かなくてもいいと思うんだが。話す前に男性は行ってしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る