第7話・戦う前に撤退する

「確かに休憩しようって言ったけどさ」


「本当、エルフみたいね」


 それから森を歩いてゴブリンと初対面したが特に大きな被害もなく進み、湧水を見つけたので休憩にすることにした。


 ベスタさんとソフィアさんは湧水で喉を潤して草むらに座って休んでいる。


 私はせっかくなのでリュックの中からキャンプ用のコンロとケトルを出して、お湯を沸かしてお茶にしようしていたのだが、ふたりになんとも呆れたような視線を向けられる。


 休憩なんだし、お茶くらいはいいと思うんだけど。


「どうぞ。美味しいですよ」


 リュックにはティーバッグの紅茶が入っていたので、金属製のマグカップにてふたりにも紅茶を入れてあげよう。


 精霊様たちも自前に木製の小さなマグカップを出してきたので、淹れてあげる。精霊様たちは甘いものが好みらしいので砂糖とミルクは多めだ。


「さっきから気になっていたんだけど。もしかして精霊が見えているの?」


 精霊様たちの小さなマグカップにミルクティーを淹れてあげていると、ソフィアさんが恐る恐る声をかけてきた。


 ふたりにはいったいどこまで見えているんだろう?


「はい。見えていますよ。なぜわかったのですか?」


「こーたは自分で索敵してる様子もない。それに視線がなにもないところを見ていた時がよくあった。最後に突然小さなカップが今そこに現れたのよ。さすがにわかるわ」


 隠したほうがいいのかと迷ったが、どうも確信を持った言い方だったので素直に答えたら確信を持った理由を教えてくれた。


 索敵はよくわからないんだよね。視線は迂闊だったかも。


「精霊と共に生きているなんて、本当にエルフみたいだね。道理で森で迷わないはずだよ」


 ベスタさんも気付いていたらしい。ただこちらは自分からは訊ねる気がなかった感じだ。


「ああ、これは砂糖とミルクです。お好みでどうぞ」


「……」


「……こーた。あなた、何者?」


 精霊様がふたりの前で踊っている。いや、見えるか試しているような、遊んでいるような感じだ。


 そんな光景に思わず微笑ましい気持ちになり、ふたりにも砂糖とミルクを出すが、そこでふたりの表情が固まった。


 今度はなにを間違ったんだろうか?


 特にベスタさんは少し鋭い表情で警戒心を見せている。


「ベスタやめて。精霊に愛されている人に悪い人はいないわ。それにマーサ婆ちゃんの恩人なの」


「こーた。覚えておきな。砂糖とミルクなんて、その辺の庶民が持っているものじゃないよ。特に白い砂糖なんて、見せただけでも騒ぎになるから気を付けるんだね」


 しばし睨まれたが、ソフィアさんが止めてくれたらなんとか警戒を緩めてくれた。


 そうか砂糖がいけなかったのか。女神様がお徳用のグラニュー糖を三袋もリュックに入れてくれたから、どんどん使っていいのかと思ったんだけど。


「甘い……」


「こんな雑味のない砂糖なんて、手に入るものなんだね」


 なんとなく重苦しい空気がしばらく続いたが、ソフィアさんが砂糖を少し舐めてみたいと言ったので許可を出したら、ソフィアさんとベスタさんが信じられないような表情をした。


 そんなにこの世界の砂糖と違うんだろうか?


「こーたのさとうはいちばん」


「えるふのさとうよりおいしい」


 精霊様たちは何故か自分のことのように胸を張って、放心状態のふたりを見て喜んでいる。


 ただ精霊様たちはいろいろ教えてくれるが、どうも人間社会のことは疎いらしいね。


 比較対象がエルフの時点でそんな気はしていたんだけど。


「そういえば、ゴブリンはどの程度の知性があるのですか?」


「ゴブリン? ほとんどないよ」


「昔の賢者様が同じ疑問を持って、ゴブリンを捕獲して調べた話があるわ。その賢者様いわく、一般的なただのゴブリンは乳飲み子くらいから物心がつく程度の歳くらいの子供の知能はある。ただし本能を抑えることのできる理性はないらしいわ」


 ゴブリンという魔物は先ほど遭遇してベスタさんとソフィアさんが倒していた。


 人型で小柄なファンタジー映画に出てくる醜い容姿の妖精のような見た目だった。第一印象は汚くて臭いというもの。


 精霊様たちが森の悪い子だと嫌がっていたのが印象的だ。


 私も言葉はわからなかった。精霊様たちも話せない相手のようで、知性が気になった。



 ベスタさんはゴブリンの知性なんて興味がないと言いたげだが、ソフィアさんは魔法使いの知識として知っていたようで教えてくれた。


「魔物使いなら従えられるけど、ほとんど指示も聞かないし使えないって聞くわ。進化したゴブリンソルジャーとかなら、そこそこ知性もあって違うらしいけどね」


 ベスタさんとソフィアさんのゴブリンに対する認識は、日本人がゴキブリに対するような認識に近いと思える。一匹いたら群れがいると思え。百害あって一利なしという認識のようだ。


「さて、そろそろ行こうか」


「そうね。こーた。ゴブリンの巣はもうすぐなんでしょ?」


「はい」


「二十匹くらいなら殲滅で。それ以上なら撤退だね」


 お茶が終わると出発だ。疲労感はあまりない。リュックの重さがほとんどないこともありまだまだ歩けそう。


 ただベスタさんとソフィアさんが真剣な様子なのに対して、精霊様たちはピクニックに来ている子供のようだ。そのギャップがなんとも笑ってしまいそうになる。




「洞窟か、困ったね。コータ。中がどうなっているのか、わかるかい?」


 ゴブリンの巣とやらにたどり着いたが、そこは洞窟というか洞穴のようだ。


 しばらく観察しているとゴブリンが出入りしているが、中までは見えそうもない。


「ひとはいないけど。ごぶりんがたくさん」


「つよいごぶりんもいる」


「こーたたちだけだとあぶないよ?」


「数まではちょっと。ただ人はいないことと、強いゴブリンがいるようです。精霊様たちが危ないと感じているようです」


 精霊様と話せることはなんとしても隠さないと。


 ただ精霊様たちが危ないから帰ろうと私の服や髪を引っ張っている。そのことを伝えると、ベスタさんとソフィアさんはため息交じりに撤退を決めた。


「そのまま洞窟を破壊してしまうか、入り口を塞いでしまえばどうなんですか?」


「駄目だね。強いゴブリンってのがどの種類かわからないし、それで殲滅できない可能性もある。ゴブリンは可能な限り殲滅するのがセオリーさ」


「そうね。精霊が危険だと感じているならやめるべきよ。私たちの仲間が近くの町にいるから、応援を頼むしかないわね」


 ふと精霊様に頼んで洞窟を壊してしまえばと乱暴なことを思いついたが、所詮は素人の浅知恵らしい。




 帰りはなるべく魔物を避けながら早く村に戻ってきた。


「じゃあ、アタシはリーダーに知らせにいくよ」


「うん。私は村に残るわ。もしゴブリンが襲ってきたら戦える人が少しでもいないと困るし」


「世間知らずなコータに、手取り足取り教えてあげたらいいさ」


「ちょっと、そんなんじゃないわよ!」


 ベスタさんはそのまま仲間がいる町まで急いで向かうらしいが、ソフィアさんは村が心配だからと残るみたい。


 しかし年端もいかない女の子なのに、この世界の女の子はたくましいね。


 ソフィアさんはベスタさんにからかわれているのがわからないのか、割と本気で顔を赤くして慌てて否定している。


 そりゃあ一般的に見た目がいいならば、そんなこともあり得るかもしれないが、私に限ってはないよ。


 ただこの世界って鏡がないから、まだ今の自分の顔を見てないんだけどね。


 とはいえもともと女性にモテる容姿じゃないのは確かなんだ。




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