第6話・初めてのパーティー

「へぇ。精霊魔法ね。人族では珍しいわね。先祖にエルフでもいたのかしら?」


 ソフィアさんは年の頃は二十歳前くらいで、少女と大人の女性の間のような印象がある。


 周りでは子供たちがネズミ狩りをしているが、私はオークを倒した少年としてソフィアさんに興味を抱かれたらしい。


 子供たちを眺めながら世間話程度に話をしている。


 彼女は冒険者だと名乗った。どういう仕事なんだろうか? 遺跡などを探す考古学のような学者だろうか? 昔見た映画を思い出す。


 彼女は私にも冒険者かと尋ねてきたので旅人だと名乗った。


 人里離れた山奥で暮らしていたが、家族がなくなりひとりで旅に出たのだということにしたのだ。


 嘘をつくことは少し心苦しいが、あまり言いふらさないほうがいい気がした。彼女を疑うわけではない。


 知らないほうが世の中いいことがあると、この年になって思うだけだ。


「珍しいわね。ギルドに未登録で旅をしているなんて。たいていは冒険者ギルドか商業ギルドに所属しているんだけど」


「ひとりでも旅をするだけなら十分ですから」


 ギルドとは言葉の意味から推測するに組合のことだろうか? 彼女の断片的な話から推測するに冒険者とは、地球の大航海時代にいたような未開へ向かう者たちのような職業と、傭兵を合わせたような職業らしい。


「実はここ最近この村の周辺でゴブリンの目撃情報が多くあってね。私は様子見に来たの」


 ソフィアさんはこの村の出身らしい。


 近隣の村でゴブリンという魔物が目撃されていることから、故郷の村の様子を見に来たらオークの話を子供たちから聞いてびっくりしたようだ。


「オークと関係があるのですか?」


「わからないわ。でもこの村の近隣にオークなんて十年に一度も出ないわ。無関係でも調べないと駄目ね」


 あまりこちらのことを根掘り葉掘りとは聞かないでくれたので助かった。


 ただ彼女としては私よりもオークのことが気になって、それどころではないようだけれど。




 夕食は豪勢なものだと思う。


 オークの扱いについて村長さんに問われたので、村に譲ったことが影響しているのだろう。


 町まで持っていけば村より高く売れると言われたが、よくわからなかったので荷物になるから不要だと断ったんだ。


 ただ村長さんからオークの魔石と、助けたお礼として金貨と銀貨らしきお金を幾ばくかもらった。


 物価がわからないのでなんとも言えないが、貨幣経済というよりは自給自足での生活をしている村では決して安くはない金額に思えた。


「あなた変わっているわね。ひょっとしてお金の価値あんまりわかってない? 時々いるのよね。田舎から出てくると」


「えっと。正直そうですね。大きな町にはまだ行ったことがないので」


 そうそうソフィアさんは村長さんの孫娘さんらしく、村長さんと私のオークの扱いについて一連のやり取りを見ていたが、ふとそんな言葉を私にかけてきた。


 値段交渉などしないのは田舎者の典型らしい。見ず知らずの村の言い値で売るなんて世間知らずだと笑われた。


「やっぱりね。時々いるのよね。モノの価値を理解してない子が。田舎と町だとお金の価値が全く違うのよ」


 夕食はライ麦パンだろうか? 固いパンと肉と野菜のスープに肉のソテーだ。


 素材を塩で味付けしたシンプルな料理だが、そう悪くもない。村長さんの一家はみんな喜んで食べている。


 精霊様たちも私の皿からつまむように食べているが、普通だという感想をいただいた。


 ちなみに精霊様が食べている姿はほかの人には見えないらしく、どう見えているか不思議だ。あとで精霊様に聞いてみようか。


 そんな食事をしながら、ソフィアさんは田舎から出てきた若者が町で失敗する典型的な実例を話してくれた。


 日本で生きていた私にとっては驚くほどのことはない。


 簡潔に言えば被害にあっても誰も助けてはくれないこと。親切そうに近づいてくる者には気をつけろということだ。


 確か女神様が中世くらいの文明だと言っていたはず。社会のセーフティネットがあまり働いてないのかもしれない。


 まあ日本も必ずしもこの世界より優れているとは、私には思えないが。




「へぇ。こんな坊やがね」


 村長さんの家に泊めてもらった翌日、ソフィアさんの仲間だという女性が村長さんの家にやってきた。


 同じく二十歳になるかならないかくらいの女性だ。名はベスタさん。


 茶色い皮の鎧を身に纏っていて、武器は細身の剣を持っている。スタイルがよく胸元や手足の部分の露出度が高い。そんな恰好で寒くないのだろうか。心配になる。


「でね。コータにもオークが出た現場まで一緒に行ってもらいたいのよ。どう思う?」


「アタシは構わないよ。精霊魔法使いなら森が得意だろうし」


 なぜこの女性を紹介されたかというと、昨日ソフィアさんに頼まれたんだ。オークの調査に同行してほしいと。


 ソフィアさんは森になにか異変があるかもしれないと考えていて、調査するつもりらしい。


「さすがに森でオーク相手に二人だと不安なのよね」


「こんな坊やなら襲われる心配もないしね」


 ソフィアさんとベスタさんはふたりで日頃は仕事をしているようだ。魔物退治と護衛というから、やはり傭兵に近いんだろうか?


「やめてよ。村の恩人なのよ」


「ならお礼に一晩相手してあげたらどう?」


「そういう冗談も困るわ。こーたは冒険者に慣れてないみたいなのよ」


「町に行けば洗礼を嫌というほど受けるタイプね」


 さっそく私たちは村を出ると昨日の森へと向かう。


 途中ソフィアさんとベスタさんは親しげに話をしていたが、失礼ながら若い女性の会話とは思えないものがある。


 まるで恥じらいをなくした中高年の女性のように感じる。


 洗礼とはなんだろうか? なんとなくニュアンスからみて世間知らずが騙されることだとはわかるが。


 そもそも私は冒険者という仕事をする気は今のところないが、義務と権利がどうなっているのかは興味がある。


 ただ危険な仕事なのは、彼女たちを見ていればわかることだ。


 私には向かないだろうと思う。なにか自分に向く仕事を見つけなければいけないな。


「こーた、どうして回り道しているんだい?」


「魔物がいるようなので避けています」


「アタシにはまだわからない。索敵能力高いね。エルフ並みだよ。なにがいるかわかるの?」


 道案内は私がしていたが、同じような景色の森で道がわからない。昨日と同じように精霊様に教えてもらいながら森を歩いていると、ベスタさんに止められた。


 魔物を避けて進んでいると思わなかったのだろう。驚かれる。


「いろいろいるようです。オークはいないようですが」


「ゴブリンはいるかい?」


 精霊様たちには彼女たちの声が聞こえるが、彼女たちには精霊様たちの声も姿も見えない。


「ごぶりんはあっち」


「ごひきくらい」


「あっちにあたらしいすをつくってるの」


 なんというか通訳でもしている気分だ。


「えっと。ゴブリンはあっちとあっちに少しいるみたいです。それとあっちに巣があるような……」


「……それは本当かい?」


「あっ、はい。多分……」


 精霊様たちの言葉を二人に教えると顔色が変わった。思わず精霊様たちが教えてくれると言いそうになって止める。


 神様とエルフの一部しか話せないと言っていたのを思い出したんだ。


「確認しに行く必要があるね。コータ。悪いけどオークとヤバ気な魔物を避けてそこに行けるかい? あとゴブリンは数が少ないなら倒すから避けないで頼む」


「わかりました」


 精霊様たちに視線を向けると任せてとやる気になっている。大丈夫なんだろう。精霊様たちを信じよう。


「ゴブリンの巣とか困るわ。村が危険になっちゃう」


「被害が出る前になんとかしないとね」


 ソフィアさんの表情が心配そうな顔に変わる。


 故郷の村の危機に困っている感じだ。


 ところで……、ゴブリンとはどんな魔物なんだろう?




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