第56話・アナスタシアの実家

 サウスランド侯爵領の主要都市は大きな港町だった。名をサランドというらしい。


 高台の上に綺麗なお城があって、天然の入江を利用した港町になっている。


 入江には多くの船があるが、見える船の大半が帆船のようで、どこか大航海時代にでも来たような錯覚を覚える。


 旅の終着点だ。少し寂しくもある。この後どうするか決まってないが、みんなとの旅はここまでの約束なんだ。


 ここでお別れなのかもしれないと思うとね。


「また、どっかで会ったらよろしくな」


「コータ。美味いメシありがとよ」


 餓狼野郎さんたちとは町に入って別れた。


 冒険者ギルドを通せば手紙のやり取りも可能で、お金を出せば電話のような通信もできるらしい。相当高いらしいけど。


 困ったらいつでも呼んでくれと頼もしい言葉を掛けてくれた。


「ターニャ。ワガママ言うなよ」


「そうよ! 一緒に頑張ろうって言ったじゃない!」


 ちょっと揉めたのがゲル君たちだった。ターニャちゃんがスレイプ君や仔フェンリル君たちと別れたくないと駄々を捏ねたが、さすがにこのあと侯爵様の城に行く前にと別れることになったんだ。


 ターニャちゃんは私たちと一緒に来たいようだが、ゲル君たちは同じ村から出てきて一緒に頑張ろうって約束したらしく、最終的にはターニャちゃんともお別れすることになった。


「じゃあ、私も……」


「コータ、なに言ってんの?」


「そうよ。アナタは一緒に来てくれないと困るわ」


 最後に私もお城に行くワルキューレのみんなと一旦分かれて、町の宿屋でも探そうと思ったんだけど……。


 なぜか私がお城に同行することが決まっているらしい。変だな。ここまでのはずなのに。


「ですが私は堅苦しいのは苦手で……、パリエットさんとどこか宿をとって待っていますよ。ねえ?」


 さすがに勝手に旅に出るとかはないよ。ゴルバの財宝の分け前とかもらってないし。ちょっとは旅の資金にほしい。


「せっかく侯爵家自慢の料理でもてなそうと思ったのに……」


「……侯爵家の御馳走なんて、こんな機会でもないと食べられない。お城に行くべき」


 あれあれ? 私に精霊魔法の指導のためについてきてくれたはずのパリエットさんが、どうも御馳走で買収されたらしい。残念そうに料理名を呟くアナスタシアさんの言葉に瞳を輝かせているよ。


「こーた。ごちそうだよ」


「いこうよ」


「そうね。ここはお城に行くべきよ」


「人間のお城は久しぶりだわ」


「我も同行しよう」


「わふ!」


「わふ!」


 ああ、買収されたのはほかのみんなも同じだ。精霊様たち、ふたりの大精霊様たち、それとホワイトフェンリルのアルティさん親子も御馳走という言葉にお城に行く気になったらしい。


 というか皆さん帰らないんですね。


「大精霊様をお迎えするなんて、侯爵家でもかつてなかったかもしれないわね」


「あんまり大げさにしなくていいわ。私たちは旅を楽しんでいるだけだから」


 あれ? あれれ? 私の意見がさりげなくなかったことにされて、馬車は一路お城に向かっている。


 スレイプ君。君だけは味方だ……よね?




「おかえりなさいませ。お嬢様」


 お城は白亜のお城だ。しかも重厚な門が開くと、メイドさんと執事さんが並んでのお出迎えだ。


「わーい、おしろなの!」


「たんけんだ!!」


 さっそく精霊様たちは我が家の如く走っていく。


 ああ、お願いだから静かにしていて。精霊様たち。見つからないだろうけど、侯爵様のお城なんだよ。なにかあったら打ち首とかになっちゃう。


 帰りたい。ここは若い人に任せて……。


「アナスタシア!!」


 やっぱり年寄りは退散しようと思った時、ドンとお城の正面の扉が開いてひとりの男性が待っていましたと言わんばかりに出てきた。


 派手ではないが上物の気品がありそうな服を着ている。お父さんの侯爵様かな?


「お父様、ただいま戻りました」


「おおっ、よく帰ってきてくれた!」


 ワルキューレの皆さんが控えるようにしていたのでそれに倣っておく。仔フェンリル君たちとスレイプ君も空気を読んでくれたらしい。


「あなすたしあの、おとうさんなの?」


「このにんげんさんもつよいよ!」


 空気を読んでないのは精霊様たちだけだ。しかし侯爵様が強いと言っているのだが、侯爵様のような身分でも強さが必要なんだろうか?


 アナスタシアさんと侯爵様は再会のハグをしている。


 家族っていいな。羨ましい。




「おっと、長旅で疲れているのに待たせてすまない。今回はまた知らぬ顔がいるな。さあ、中に入ってくれたまえ。そこのエルフ殿と幻獣殿もようこそ、我が家へ」


 親子の再会に思わず涙腺が緩んでしまい涙を拭いていたら、侯爵様が私たちに気付いてお城の中に案内してくれた。


 さすがに大精霊様の正体には気付いてなかったようだが、パリエットさんとホワイトフェンリルのアルティさんのことには気づいたらしい。


「わーい、たんけんなの!」


「すごいきれいだ!」


 うん。まずは勝手に走り回っている精霊様たちを自重させよう。私の肩に座っている大人しい沈黙の精霊様にお願いして、みんなが勝手に探検しないようにしてもらおう。


 あとでおやつあげるから!


 それにしても大理石のような石が敷き詰められている床に、装飾が所狭しとされてある壁や柱に天井が凄い。


 こんなところ前世でも来たことないなぁ。テレビの紀行番組でみたヨーロッパのお城みたいだ。


「なんと……大精霊殿がふたりも我が家に来られるとは……」


 応接間だろうか。昔の偉人っぽい人の絵が描かれた部屋に案内されて自己紹介をするが、侯爵様も大精霊様にはやっぱり驚いている。


 そういえば大精霊様を召喚できるだけで国賓クラスの待遇だと前に言ってたっけ?


「初めまして。コータです。旅をしているところをみなさんにお世話になっています」


「うん? 君は……。そうか! 娘が欲しくば、私を倒してからにしろ!!」


 挨拶って言っても私は身分も立場もないので特に話すことがない。簡単なあいさつで済ませたが、侯爵様が何を勘違いしたのか。突然とんでもないことを言いだして頭が真っ白になる。


 まだ四十代くらいで、とってもかっこいいうえに立派そうな人なのに、なんでそんな誤解をするんだ?


「ふふふ、お父様。見た目で判断してはダメですわ。コータはホワイトフェンリルのアルティ殿と大精霊様を召喚できます。お父様でもひとりでは勝てないかもしれませんわ」


「なんだと!! ハイエルフなのか!?」


「いえ、コータは人族ですわ」


 あの。アナスタシアさん。なんでそんな楽しそうに私の秘密をしゃべっちゃうんです? 騒ぎになるから秘密のはずでは?


 それに侯爵様と戦うなんてしないから。侯爵様もそんなワクワクしているような顔をしないでください。


「よし。勝負だ!」


「えっと、遠慮させていただきます」


「貴様! 娘を捨てる気か!!」


「そもそもアナスタシアさんにはお世話になっているだけで……」


「娘のどこが気に入らぬのだ!!」


 あれ? この人って、かなり面倒くさい人かもしれない。


 誤解だって言っているのに……。


「アナタ……。そこまでにしてください。客人の皆様がお困りですわ」


 どうしても勝負する方向に持っていきたいらしい侯爵様を止めたのは、部屋に入ってきた三十代くらいの物凄い美人だった。


 少し気の強そうな感じもあるが、所作や立ち居振る舞いが震えるくらい別世界の人に感じる。


「ただいま戻りました。アドリエンヌ様」


「よく戻りましたね。アナスタシア。しかも今回はお手柄だったとか。陛下から謝罪の手紙が来ておりますよ」


 うーん。この人が正妻さんかな? そんな感じ。


 ひとつはっきりしているのは、侯爵様はこの人に弱いということだ。娘さんを正妻さんにとられて少し不満そうにしているが、なにも言えていない。






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