第84話・コータ、キラービーを討伐する

 お昼だ。森に入る前に昼食にしようということになり、固い黒パンと塩辛い干し肉を取り出すゲル君たちとサーズさん。


「おひるなの!」


「さんどいっちすき!」


「良かったら一緒に食べませんか?」


 私たちはサンドイッチです。精霊様たちに黒パンと干し肉で済ませるわけにはいかない。大きなバスケットを鞄から取り出すと皆さんの視線が集まる。


 精霊様たちは嬉しそうにサンドイッチを手に取ると頬張るが、私は集まる視線に食べにくい。


 他の皆さんが黒パンと干し肉を食べるのに、自分だけサンドイッチなんて。ただ、なんとなくそんな気がしていたので、今日はゲル君たちの分も用意してきたんだ。サーズさんは予想外だったけど、ひとり分くらいなら余分にある。


「おっ、いいのか? 侯爵家の料理だろ?」


「あっ、いえ。パンはお屋敷の料理人さんが焼いてくれたものですが、あとは私が作ったものなので。どうぞ」


「悪いな。いただくぜ」


 どうしようかと迷う常識人のマリーちゃんと対照的に、サーズさんとゲル君は我先にとサンドイッチに手を伸ばす。


 この世界では高級と言われる柔らかい白パンだ。女神様が用意してくれた万能調味料セットにあったマヨネーズも使ってある。何故か使ってもなくならない不思議な調味料。


 それを使って今朝は早起きしてサンドイッチを作ったんだけど、見ていたお屋敷の料理人さんがマヨネーズに興味を持ったので味見をしてもらい、作り方も教えてあげたんだよ。


 これは凄いと喜んでいたので、そのうち料理に使うかもしれない。楽しみだ。


「うおお! なんだこりゃ!!」


「うめえ!」


 一口頬張ると吠えたサーズさんと、何故か咽そうになるゲル君。


「たいへんなの」


「たべられちゃう!」


「みんな! なくなるよ!」


 ああ、精霊様たちがそんなふたりに触発されたのか、口に頬張って両手にもサンドイッチを持って競うように食べ始めちゃった。


 そんなに慌てなくてもみんなの分あるんだけどなぁ。マリーちゃんたちにも分けてあげないと。ふたりに圧倒されているよ。


「美味しい。この白いタレ? 凄いね」


「うん。美味しい」


 マリーちゃんとターニャちゃんも、マヨネーズとハム、それとちょっと野草っぽい風味のあるレタスのサンドイッチが気に入ってくれたらしい。


 パンと食材は侯爵家からもらったものだ。やっぱりパンも美味しいんだよね。柔らかいのに適度な弾力もあって、小麦の味がちゃんとするんだ。ハムも贈答品でもらうような高級なものだから、この世界では高級サンドイッチになっちゃう。


 もう少し庶民でも食べられるようにしたいと思うが、生存競争が激しい世界なだけに難しいんだろうね。




 お昼を食べると森に入る。サーズさんは森の歩き方や敵との戦い方に、生き残り方を教えてくれる。


 精霊様がいるので勘違いされているが、私自身は日本人なので異世界も森も慣れていない。精霊様にとっては当たり前の知識もサーズさんはその理由やさらに利用する知恵を教えてくれている。


 なかなか勉強になるなぁ。


「コータ、精霊を感じないところがわかるか?」


「精霊様ですか?」


 さて今回の目的はキラービーの討伐とキラービーの集める蜂蜜を得ることだ。森に入りしばらくするとサーズさんに精霊を感じないところと言われたが……。


 精霊様は私たちの周りにたくさんいます。森の精霊様たちが集まって来ているんだよね。近くに多過ぎてわからないや。


「きらーびーのすがしりたいの? こっちだよ」


「多分、あっちでしょうか?」


 うん。困っていると、この森の精霊様がすぐに教えてくれた。どうもキラービー討伐に来る精霊魔法使いや精霊使いを案内してあげるんだそうだ。


 キラービーの蜜は美味しいが、キラービー自体が魔物であることに変わりはない。森の平和を乱す悪い子だと言っている。


「あいつら迷彩スキルがあるから、見ただけだと分からねえんだよ。その代わり巣に近づかねえと襲われることもねえけどな」


 魔物としての強さはそれほどでもないらしい。ただ針での一撃が意外に強力なことで初心者には厳しい相手らしいが。


 大きさがゴブリンの半分ほどというから、結構大きいことには驚いたけど。中型犬くらいだろうか?


「これいじょうはいるときらーびーがでてくるよ」


 道案内をしてくれていた精霊様が止まったので私も止まると、みんなも止まった。精霊様もキラービーに警戒されるらしく近づかないらしい。精霊様を感じないのはそのせいみたいだね。


「この先に不自然に精霊様を感じないところがあります」


「決まりだな。さすがの精度だぜ。エルフでももう少し時間が掛かるってのによ」


 真剣なサーズさんにゲル君たちは武器を構えて緊張した顔つきになる。スレイプ君と仔フェンリル君たちも戦闘態勢だ。


「いいか、キラービーを相手にする時はこいつを使うんだ」


 サーズさんがそう言って取り出したのは棒状のアイテムだった。『虫よけ香』というもので、虫とか虫系の魔物が嫌がる煙が出るアイテムらしい。


 風上に移動したサーズさんはそれを数カ所に分けて配置すると、少し離れて待つことになる。


「これでどうなるんですか?」


「奴らが弱って飛べなくなるまで待つんだ」


 どうするんだろうと倒し方を聞くが、あまりに単純で予想外な答えにゲル君たちがあっけに取られている。スレイプ君と仔フェンリルたちも戦わないのと言いたげにキョトンとしていた。


「飛べないと簡単に倒せるんですか?」


「ああ、キラービーは歩けねえからな」


 マリーちゃんが詳しく聞いているが、内容は元の世界のスズメバチの巣の除去と似ている。


「ほら、いくぞ!」


 そんな話をしていると、ポトリポトリとキラービーが落ちて地面でピクピクしている。サーズさんは飛んでいるキラービーがすべて落ちた頃を見計らい、出て行くと剣でキラービーの首を落としていく。


 どうも飛んでいるキラービーは普通の人には見えないらしいが、私たちには見えるんだよね。見えないのによく頃合いがわかるなと感心する。


「キラービーの針はいい値で売れるからな。回収しとけよ」


 スレイプ君と仔フェンリルたちは、何故かキラービーにとどめを刺すのはやる気はないようで巣を興味深げに見ている。


 私は教わるままにキラービーにとどめを刺して針を抜いて回収していく。


「大きいですね!」


「ああ、でかい巣だ」


 キラービーの討伐が終わると、二本の木を軸にしたキラービーの素を見てゲル君が喜んでいる。マリーちゃんとターニャちゃんはその大きさに若干怯えているけど。


「さあ、持って帰るぞ。下手に傷つけねえようにしろよ。あと幼虫はそのままでいい。こいつらが成虫になるのは夜だからな。蜜も幼虫も巣も全部高く売れるぜ」


 サーズさんは慣れた手つきでキラービーの素を解体していく。そのまま魔法の道具袋に入れて終わりだ。


「こーた、みつたべようよ」


「だめだよ。あのみつまものもねらうんだ。かえってからだよ」


 精霊様たちはキラービーの蜜だとお祭り騒ぎだ。ただしキラービーの蜜は魔物も好物らしく、狙われやすいのでさっさと町に持ち帰るようだ。


 物知りの知識の精霊様がおしえてくれた。


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