第83話・ゲルたちの苦労とコータの欠点
それから数回の戦闘をこなすと、ゲル君たちは疲れた様子だった。ゲル君とバーツ君の男の子たちは地面に寝転び汗だくだ。さすがに女の子のマリーちゃんとターニャちゃんは座っているだけだが。
「駄目だぜ。どんな時も全力で逃げられる体力を残す。特に男は女を担いで逃げるくらいのことをしないとな。あとで後悔するぞ」
精霊様たちと仔フェンリル君とスレイプ君は遊んでいる。見ているだけというのも飽きてきたらしい。
そんな中、サーズさんはゲル君たちに駄目出しをしている。
「そ……そんな……こと言っても……」
ゲル君はまだ言い返そうとするが、呼吸が途切れ途切れでその元気もそろそろなくなりそうだ。
「聞いてるぜ。ワルキューレと出会った時も逃げきれなくなりそうだったんだろ? お前らあの時に誰か死んでいてもおかしくねえんだ。何度も助けがくるなんて思うなよ」
サーズさん。ビシッと決めて語っているが、精霊様たちがサーズさんの肩や頭の上で遊んでいるので、私から見るとちょっと残念な光景だ。無論、他の人には見えないのでゲル君したちは真剣に聞いているが。
「コータ君みたいにとは言わないけど……」
「あー、駄目だ駄目だ。コータは参考にするな。こういう才能あるやつはお前らとは別の苦労を抱えるんだ。同じと思うとどっちも失敗する」
マリーちゃんはサーズさんの斜め後ろで静かにしていた私を見て、少し羨ましげになにかを言いかけるが、サーズさんがそれを否定した。
「どっちもですか?」
「ああ、コータみたいなやつは実力以上のことに巻き込まれるからな。それに精霊魔法使いには精霊魔法使いの苦労がある」
マリーちゃんには私が苦労をしているようには見えないんだろう。実際、彼女たちほど苦労をしているかと言えばしていない。私は女神さまや精霊様たちに助けられて生きているんだ。
「苦労ですか?」
「なんだ。お前もわかってねえのか? お前、精霊の頼みを断れるか? 精霊が苦しんでいて見捨てられるか?」
「……いえ」
「いいか。精霊は万能じゃねえ。出来ないこともあるし、勝てない相手もいる。仮に精霊が逃げろと言っても逃げられねえんだよ。精霊魔法使いは。精霊と心が通じているからな」
サーズさんの言葉にマリーちゃんたちばかりでなく、精霊様たちまでピタリ遊んでいたのを止めて見ていた。
「まあ精霊魔法使い自体、ほとんどエルフだからな。連中は仲間で助け合うって話だ。お前はどうなんだろうな? それはともかく、いいか、命を懸けてなんて軽々しく考えるなよ。精霊魔法使いってのは、どうも世界とか調和とか考えることが大きくていけねえ。生きていれば必ず先があるからよ」
サーズさんの言葉にゲル君たちが立ち上がった。まだやれるぞとその目に力が戻った気がする。羨ましかったんだろう。私が。それがサーズさんの言葉に楽な人生なんてないと思ったんだと思う。
「こーたにはわたしたちがいるよ」
「だいじょう!」
「ガル!」
「ガルガル!」
「ヒヒーン!!」
私は……、サーズさんの言葉を自身に問い掛けていた。命を粗末になんてしない。でも……、誰かが命を懸けるならば二度目の人生の私がと思う時はある。実際に魔人と戦った時には思った。
ただ、そんな私の考えなんてお見通しなんだろう。遊んでいた精霊様たちや仔フェンリル君とスレイプ君が任せろと力強い言葉をかけてくれる。
私はまだまだ知らなければならないことがあるのかもしれない。
侯爵が王都にたどり着いたのは、この前日だった。自前で飛空艇を持つことを許されている侯爵だけに移動が早い。
「魔人だと!!」
侯爵と正妻であるアドリエンヌは二人で王宮にて国王と謁見している。
侯爵の訪問を歓迎していた若き国王だが、ワルキューレが討伐していた賊が持っていた宝に王宮の宝物庫にあるはずの品があり、それを狙い魔人が襲ってきたと報告すると表情を一変させた。
「宰相! すぐに確認しろ! それとこのことはまだ漏らすなよ!!」
「はっ、ただちに」
事態がいかに深刻かは若き国王にもわかった。王宮内に魔人と通じる者がいるのかもしれない。それは王国の存亡の危機と言える。
無論、侯爵の嘘である可能性もあったが、国王の叔母であるアドリエンヌを妻として中央の政から距離を置く侯爵が、わざわざこのような嘘を付く理由はないと国王は判断した。
「いったい誰が……」
「宝物の横流しと魔人が直接つながるかはわからないわよ。ただ、影で何かが動いている。そう考えるべきね」
国王が人払いをすると、アドリエンヌは臣下としての姿勢を崩して親しげに国王と話し始めた。国王が唯一、頭が上がらないと言われる女性であるが、同時に最も信頼している人でもある。
なお侯爵とアドリエンヌはコータのことは意図的に伏せている。教えると興味を持つことは確かであり、また国王はアナスタシアを正室にと密かに望んでいた過去もあるので、面倒なことにしかならないのをふたりは理解していた。
エルフの守護獣であるフェンリルと契約を交わし、大精霊を呼び出せるとなると国王でもおいそれと手出しは出来ないが、そうなるとコータの立場を国賓クラスにする必要が出てくる。
知らせない方がいいのは明らかだった。
「魔人はやはり手に負えないか?」
「ええ。犠牲もなく勝てたのは偶然よ。王都でさえ壊滅しても驚かないわ」
「それほどか」
国王は魔人と直接戦い生き残ったアドリエンヌを、信じられないと言いたげな様子でも見ていた。
この時代では魔人はあまり姿を見せないので、戦って生き残るだけでも英雄視されかねない。まして犠牲もなく勝ったとなると、王国の記録にも無いほどだった。
無論、魔人にも強さには差がある。あまり強くない魔人であろうと国王は考えたし、アドリエンヌも正直、あの魔人がどの程度の強さなのかは確証がない。大精霊が下級と言っていたのは覚えてはいるが、大精霊の存在は国王には聞かれない限り答えないことにしている。
コータの件もそうだが、聞かれないことを答えないのは貴族がよくやる手法だった。国王はそれを見抜き問う必要がある。
「宝物は王家で買い取ってね。献上はしないから」
「ああ、わかった」
国王は魔人という恐怖の存在に悩むが、アドリエンヌは問題となる宝物の件を片付けて後は国王に任せるつもりらしい。
酷なようだが、それが国王の仕事になる。本当に王国の危機となれば立ち上がるだろうが、平時に侯爵と自分が立つと要らぬ波風が立つことなど百も承知である。
「他にも怪しいものがあれば持ってくるがいい。余が仲介してやる」
「あらそう? 悪いわね。じゃお願いするわ」
一方の国王は、侯爵とアドリエンヌにこの件で借りをなるべく作りたくはなかった。親しいし政治的に対立などしていないが、借りは借りとなる。
このあとどうなるかわからない以上は、個人としても王国屈指の実力のあるふたりはなるべく味方にしておかねばならない。
国王とは不便なものだと、国王は内心で愚痴りながらも侯爵とアドリエンヌとこの件に関して意見交換をしていく。
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