第85話・コータ、温泉に入りたくなる

「上手くやりやがって」


 冒険者ギルドは、私たちが持ち帰ったキラービーの巣で大盛り上がりとなった。基本的にエルフがいないと見つけられないとのことで貴重な品らしい。


「サーズさんには勉強させていただきました」


 要領が良かったのは確かだろう。とはいえサーズさんにいろいろと教えてもらったゲル君たちと私としては、謝礼を払ってもいいくらいだ。


「針で金貨三十枚ね」


「きっ、金貨!?」


 ギルドでキラービーの針や巣を査定してもらっているが、巣のほうは専門の人たちが解体してから、売るなり現物で貰うなり決めるらしく時間がかかるらしい。ただキラービーの針が思った以上に高価になるようでゲル君がその金額に震えている。


「まあまあってとこだな」


 サーズさんはこんなもんかと冷静で、私もそこまでお金に困ってないので驚きはないが、ゲル君たちは固まったままだ。


 キラービーの針は武器の素材として人気なんだそうだ。倒すのも巣を見つけて一網打尽にする以外は大変らしく、難易度が高いんだと受付のお姉さんが教えてくれた。


「あの……、本当にいいんですか? 私たちなにもしてないのに……」


 やっと現実に戻ったマリーちゃんは私とサーズさんを見て、自分たちがこの金貨を貰う資格があるのかと戸惑っていた。彼女たちにとっては下手すると一年分の収入になるのだろう。


「そうだな。じゃあ、酒の一杯でも奢ってもらおうか」


 彼女の言い分だと、見つけたのは私で倒したのはサーズさんだからということらしいが、サーズさんはニヤリと笑ってギルドに併設された酒場でエールを注文した。


「なに、カッコつけてやがるんだ」


「よくあるとは言わねえけど、たまにこんな先輩いるんだよなぁ」


 周りの冒険者たちはサーズさんにからかうように声をかけていたが、なんかみんな楽しげで見ていてちょっとうらやましいくらいだ。


 ああ、仔フェンリル君たちとスレイプ君は姿が見えないと思ったら、他の冒険者の人たちに肉を分けてもらって食べていた。


「さあ! 飲むぞ!!」


 そしてサーズさんの一言で宴会になる。


「へぇ。あの巣、そんなに有用なんですか」


「ああ、A級ポーションの素材になるって話だ」


 巣の査定にえらく時間かかるらしいが、キラービーの巣は捨てるところがないらしい。巣を構成するものも、薬草などの植物を固めたものらしく高値で取引されるとサーズさんが教えてくれた。


 王都に行けば時期によっては数倍にも跳ね上がるらしい。


「こーた、これおいしいね」


「おかわり!」


 精霊様たち? 料理とお酒を堪能しているよ。結構高い料理を頼んであげたら喜んでいる。


 ゲル君たちは予期せぬ臨時収入に喜びつつ、今後のことを相談している。今回サーズさんの指導を受けて、改めて自分たちの未熟さを痛感したらしい。


「お前ら、ダンジョン行ったか?」


「いえ、私たちがいたところは、ちょうどいいダンジョンがなかったので……」


「経験しといたほうがいいぞ。お前らなら西のダンジョンに行くといい。ここらは侯爵様のおかげでおかしな冒険者もいないしな」


 もともと私と一緒に魔物を狩ろうと思っていただけだからね。そんなゲル君たちにサーズさんがアドバイスしていた。本当に面倒見のいい人だ。


 ダンジョン。私は知らなかったが、なんでも洞窟に潜るんだそうだ。テレビで見たなんとかの探検隊みたいなこともするんだなぁ。


 せっかくだから明日は、ダンジョンに一緒に行ってみることにした。私も行ったことないと言うと誘ってくれたんだ。




「ただいま、戻りました」


 しばらくサーズさんたちとお酒を飲んだ私は、日が暮れる前にお屋敷に戻った。サーズさんはまだまだ飲むらしいが、ゲル君たちも疲れたようで早めに戻るというからさ。


「おかえりなさい。今日はどうだったの?」


 アナスタシアさんに出迎えられてホッと一息つく。


「はい、サーズさんに教えていただいてキラービーの巣を討伐しました」


「キラービー? ああ、そんな依頼もあったわね。なるほど、あの人らしいわ」


 クラン・ワルキューレのみんなは、まだ全員戻ってきていないようだ。あまり厄介な依頼は受けていないらしいが、近隣で仕事をすると二三日戻らないこともある。


 キラービーのはちみつ。一部を現物でもらってきたんだけど、みんな揃ってから料理したほうがいいだろうな。女性は甘い物好きだし、留守中に食べたと知ると後が怖い。


 ホワイトフェンリルのアルティさんと大精霊様のふたりは屋敷でのんびりとしている。遊んでいるように見えるけど、彼らは私たちを守るためにいるみたいなんだよね。


 当然、侯爵家でも最上級のもてなしを受けている。


「こーた、おふろはいろ!」


「おふろ! おふろ!」


「アナスタシアさん、お風呂をお借りしてもいいですか?」


「ええ、ゆっくり入るといいわ」


 夕食はサーズさんたちと食べてきたが、精霊様たちはまだ食べる気だ。私ももう少しいただきたいが、その前に一日戦闘や森に入って汚れた体を洗うことにする。


 一緒にいるうちにお風呂が好きな精霊様も増えているので、そんな精霊様にせがまれて浴室に向かう。


 ここはちゃんと男女別の浴室があるから安心だ。侍女さんに頼めば背中を流してくれるようだが、当然ながら私は頼むことはない。


「わーい!」


「ぼくいちばん!」


 浴槽に駆けていく精霊様たちと、仔フェンリル君たちとスレイプ君にかけ湯をしてやり、浴槽に入れるとみんな幸せそうな顔になる。


 私もかけ湯をして浴槽に入る。精霊様たちがお湯をかけあったりして騒いでいるので、やり過ぎないように注意しつつ温まろう。


 ふと前世を思い出す。休日には、少し離れたところにある日帰り温泉に行くのが晩年の楽しみだったなぁ。


 顔なじみの人たちもいて、風呂上りにのんびりと話をしたりしたもんだ。


「温泉に行きたいな。この辺りにあるんだろうか?」


「おんせん?」


「おんせんってなに?」


 硫黄の匂いのする温泉がふと懐かしくなり呟くと、精霊様たちと仔フェンリル君たちの視線が集まった。


「温泉とは自然に沸くお湯のことですよ。体に良くてとっても気持ちいいんですよ」


 この世界で温泉を掘る人はいないと思う。あるとすると自然に沸くところか。落ち着いて旅に出る時には温泉を探すのもいいかもしれない。


「おんせん?」


「おんせん、しってる。かざんのところにあるよ」


「ああ、あれね。どうぶつはいるやつだよね?」


 温泉ってなんだと瞳が輝く精霊様たちと仔フェンリル君たち。知っていたのは知識の精霊様とか大地の精霊様だ。


 やっぱりあるのか。


「おんせんいきたい!」


「おんせん! おんせん!」


 それを聞いてお風呂好きな精霊様たちが騒ぎ出す。


 うーん。ゴルバの財宝の件もあるしなぁ。温泉に行くとか言うと反対されそう。魔人のこともあってみんな警戒しているし。


 うーん。そうだ! 温泉の素ならここでも使えるんじゃないかな。他でやると騒ぎになると怒られそうだけど、侯爵様のお屋敷なら大丈夫だろう。


 問題はキャンプスキルで温泉の素が手に入るかだよなぁ。あとで探してみよう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る