第45話・異世界の子どもたち
「行っちゃうの?」
翌朝、ようやく雨も上がり、私たちは出発することになった。
宿屋の夫婦と助けた娘さんには昨日の夕食の時にもお礼を言われたし、今もお礼を言われている。
ただ、どうやら娘さんが私に懐いてしまったようで、悲しそうにしている。
昨日からお礼だと言って料理やお酒をいろいろくれたりしたんだ。もう十分なんだけどね。
「サウスランド侯爵領まで行くんだ」
「……また、来てくれる?」
「うん。また来るよ」
もしかすると社交辞令かもしれないが。それでも嬉しいものだ。まだ子供だし、数日も過ぎると忘れてしまうのかもしれないが。
「絶対だよ! これ、お守り。貸すから絶対また来てよ!!」
瞳が潤んだ少女は自分が下げていた綺麗な貝殻のついた首飾りを私に押し付けるように手渡すと、必ずまた来てほしいと念を押してくる。
名前はエミリーだ。十二歳になる活発そうな子だ。
「女泣かせだね。コータ」
「まあ、コータだし。きっと泣かせてきた女が、ほかにもいるわよ」
エミリーはいい。後ろでニヤニヤと見ているベスタさんとアンさんのふたりは面白可笑しく話を膨らませない。風評だ!
モテない男がそんなこと言われると嫌味にしか聞こえないことを教えてあげたい。自分たちだって、私を子供か弟のようにしか見てないくせに。
「またくるよ。困ったら冒険者ギルドのワルキューレ宛に連絡して」
「……うん」
冒険者ギルドでは遠方のギルドとの連絡手段があると、昨日のお勉強で教えてもらった。ワルキューレくらいになると、あちこちから連絡が来るらしい。
あまりに泣きそうなエミリーに私はワルキューレの名前で安心させる。
私たちはエミリーとご両親に見送られて出発した。
「海だ!!」
それから数日が過ぎて、アナスタシアさんの実家であるサウスランド侯爵領に入って三日目。私たちは一面に広がる青い海が見えてきた。
ワルキューレのみんなは、その光景に笑顔を見せている。
「うみ?」
「うみってなあに?」
一方精霊様たちの中には海を知らない精霊様がいた。森の精霊様とかだ。ただ風の精霊様とか土の精霊様とかは知っているみたい。
なんというかどうやって知識を知るのか興味がある。
「コータ。海は見たことある?」
「はい。以前少しだけ」
「サウスランドの海産物は美味しいよ~。王国でも有数だからね」
ソフィアさんは昨日からテンションが高い。ここサウスランド侯爵領は近隣でも一番発展している場所なんだって。
貿易港もあるようで遠方からの船がくることから、珍しい食材や服とか武器に防具が手に入ると教えてくれた。
侯爵領に入る前は日に数回はスレイプ君に怯えない魔物が襲ってくることがあったが、侯爵領に入ってからはほとんどなくなった。
街道は定期的に軍や侯爵様に雇われた冒険者が見回りしているので安全らしい。
「お昼なに?」
「パスタにしましょうか?」
そうそう、私はすっかり食事係となっている。
料理が出来ないのはパリエットさんだけで、ほかのメンバーはそれなりに出来るらしいが日本の食材や調味料を使う私が一番美味しいものを作れるからね。
ただ特殊なスキルで食材を仕入れていることは、すでにバレているようだ。日本の食材はキャンプスキルで女神様に頼む形で仕入れているが、商品の包装なんかはそのまま届くんだよね。
見たことがない文字と包装に気付かれないほうがおかしい。そこは私も迂闊だった。
もっとも、くわしいことは聞いてこない。他人のスキルを聞かないという暗黙の了解だろう。
アナスタシアさんからは旅が終わったら食費を請求してほしいとは言われているけど。ただ、日本の食材費はこっちより安いんだ。値段を付けているのは女神様なので理由はわからないけど。
さて今日のお昼はパスタだ。
少し街道から外れて目立たないところを選ぶと馬車を止めてお昼の支度に入る。
もともとワルキューレでは、お昼はゆっくり食べる習慣がなかったらしい。そもそもこの世界では一日二食であることも珍しくはなく、危険な街の外でのんびりと食事をすること自体が珍しいんだとか。
ただ、現在はトイレ休憩と馬たちの休憩の必要もあって、ゆっくりすることにしている。当然のことだが休憩を挟むと馬たちの調子もいいんだって。
女性陣は食事の質と安全で綺麗なトイレにも魅力を感じているようだが。
キャンプ道具も増やした。みんなが座れる椅子と人数分のテーブルや寝袋も買っちゃったんだ。
女神様仕様の仮設トイレを設置して折り畳み式の椅子を人数分用意すると、私は早速調理に入る。
今日は簡単だ。乾麺のパスタを茹でて、レトルトのパスタソースをお湯で温めて混ぜるだけだ。
和食も評判はいいが、アナスタシアさんたちの生活はどちらかといえば地球のヨーロッパに近い。料理も洋食などが近いようで、洋食なんかを半分くらいは作るようにしている。
「こーた。だれかくるよ!」
「にんげんさんとまものだ!」
さあ、パスタが出来たというところで精霊様がちょっと迷惑そうに異常事態を知らせてくれた。
「誰かくる」
「みんな戦闘準備!」
ほぼ同じタイミングで気付いたのは、精霊の言葉は聞こえなくても姿が見えるパリエットさんだ。なんで気付いたんだろう。精霊様たちの様子からかな?
パリエットさんに伝えられたアナスタシアさんがすぐに指示を出すと、みんなは警戒態勢をとり、スレイプ君は獲物だと張り切っている。
「たっ、助けて!!」
腰くらいまでありそうな草原に囲まれた原っぱでキャンプをしていた私たちの前に現れたのは、今の私と同じくらいの少年少女たち四人組だった。
息も絶え絶えで逃げてくる。
「ゲル! 追いつかれる! お願い置いていかないで!!」
「馬鹿野郎、速く走れ!」
最後尾の魔法使いらしき女の子は男の子に泣きながら助けを求めている。すぐ後ろにはゴブリンが十体ほど迫っているんだ。
だめだ。逃げられない。助けに入ろう。
「ヒヒーン!!」
少年少女たちを助けるべく一歩を踏み出した私やワルキューレのメンバーだが、迫りくるゴブリンたちを止めたのはスレイプ君だった。
お前らやんのかとでも言いたげな威嚇する一声にビクッと止まると、一目散に逃げだす。
逃がさないよ。くらえ。必殺のゴブリンポイポイだ!
モクモクと煙が小さな箱型のゴブリンポイポイから噴き出すとゴブリンたちのほうに自然と流れていく。自動で追尾でもするんだろうか? 今は風がないのに。
でも念のために風の精霊魔法で更にゴブリンたちのほうに煙を送っていく。
一緒に風の精霊様も近くで踊ってくれているおかげで、突風のように流れていく煙にゴブリンたちはあっという間に巻かれてしまった。
「スゲー。煙魔法だ!」
「そんな魔法聞いたことないわよ」
少年少女たちはゴブリンと一緒にスレイプ君の一声に驚き、腰を抜かしたように止まっていた。
ゴブリンポイポイの煙が晴れると、倒れているゴブリンの集団に唖然としている。
「貴方たち大丈夫?」
「はい! 助けてくれてありがとうございました!」
危機は去ったみたい。精霊様たちが警戒を解くと、アナスタシアさんが少年少女たちに声を掛けている。
なんというかやんちゃそうな子供たちだなぁ。
「この付近に村はなかったわよね? 街道からも逸れたこんな場所でなにしていたの?」
「……その、ゴブリン退治に……」
「駄目じゃない。貴方たちの実力じゃ危険よ」
うん。やっぱりお説教が始まったね。
アナスタシアさんは普段は優しいが、怒ると怖いんだ。私も先日は夜遅くまでお説教されたからよくわかる。
厳しいが本人たちのためだ。わたしはお昼ご飯を待ちわびている精霊様たちにパスタをあげないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます