第46話・子供たちの事情
キュルキュルとお腹が鳴った音がした。
パスタの美味しそうな匂いが、少年少女たちまで伝わっていたのだろう。
「アナスタシアさん。せっかくなんで、冷めないうちにいただきませんか?」
「そうね。貴方たちもよかったら食べる?」
精霊様もワルキューレのみんなも一緒に食べようと待っているので、アナスタシアさんに声を掛ける。
アナスタシアさんもそこまで厳しく言うつもりはないのか、しかたないと言いたげな表情でふっと息を吐くと少年少女たちにも昼食を勧めた。
「いただきます!!」
「ちょっと! 外で知らない人から御馳走されるのは気を付けなさいって、言われているじゃない!」
「……大丈夫じゃないかな。……あれ、スレイプニルだよ?」
「うん。とっても凄い冒険者だと思う」
アナスタシアさんが昼食を勧めるとリーダーらしき少年は満面の笑みですぐに返事をしたが、しっかり者そうな女の子がそれに反対するように声を上げた。
そういえば知らない人から御馳走されるのは危険なんだっけ? 毒とか入っていたら殺されてお金と荷物を奪われるって聞いたような。
でもほかの仲間の子たちは私たちをよく見ていた。ご飯まだと言いたげなスレイプ君と暖かく少年少女たちをも守っているワルキューレのみんなの姿をだ。
「いい心がけよ。相手が何者でどんな人たちか、よく見ておくこと。それじゃあ、自己紹介しましょうか? 私たちはワルキューレ。ここから少し離れたフルーラの町を拠点にしているクランよ」
一方アナスタシアさんは目の前で口論する少年少女たちに笑みを見せていた。微笑ましい光景なんだろう。私もそう感じる。
「ワルキューレ……」
「Aランクの侯爵様のお嬢様の作った……」
「本物?……よね」
「スレイプニルは、偽物が持てる従魔じゃないよ?」
アナスタシアさんは少年少女たちの対応を褒めつつ自ら名乗ると、少年少女たちは唖然としてしまった。
そういえばアナスタシアさんのお父さんは侯爵様なんだっけ?
そりゃあ、驚くよね。
「では神に祈りを……」
そのままみんなで昼食だ。私は女神様に祈る。ルリーナ様。いつもありがとう。
「うめぇ!!」
彼らは一週間前に冒険者デビューしたばかりの新人だった。チーム名は未定。遠慮なくガッツいているのはリーダーのゲル君。斧を武器にした一撃必殺が得意……になる予定のパワーファイターらしい。
「こんな料理初めて……」
さきほど知らない人から食事を御馳走してもらうのはと止めていたのは、見習い僧侶兼弓使いのマリーちゃん。ちょっとしたパーティーの頭脳なんだろう。
「さすがは侯爵様のお嬢様だ」
ちょっと影が薄そうな重戦士はバーツ君。といっても現状では革の鎧と革の小さな盾しか持っておらず、木製の柄に切れ味の鈍そうな穂先が付いた槍を持っている。
「スレイプニルもパスタを食べるんだ……」
最後にさっき一番危なそうだった魔法使いの子。ターニアちゃん。ちょっとおっとりした感じでスレイプ君に興味津々な様子だ。
「たいへんなの。たべられちゃうの!」
「まけてられないよ!」
「おかわり!!」
賑やかな食事が更に賑やかになったね。欠食児童のようにバクバクと食べるゲル君に、精霊様たちが勝手に対抗意識を燃やしている。
うん。パスタが足りなそうだ。追加で茹でよう。
「新人かぁ。そんな季節よね」
「季節なんてあるんですか?」
「コータは知らないか。この辺りだと春に成人の儀式があるのよ。早い子だと十二歳か十三歳から遅い子だと十八歳くらいかな。成人の儀式を終えたら独り立ちね。家庭の事情にもよるけど」
大きな寸胴鍋を使って追加でパスタを茹でながら、別の鍋でレトルトのソースも温めていると、ソフィアさんがしみじみと少年少女たちを見ていた。
日本の成人式のようなものがこの世界にもあるのか。
村の風習次第らしいが、貧しい家では成人の儀式で独り立ちするんだそうだ。家業があれば継ぐことが多いが、子だくさんだと働き口がない。
そんな子は町に出るか冒険者になるか。冒険者で一獲千金を夢見る子供たちがこの季節は多いんだそうだ。
日本にも昔はあったな。集団就職が。そんな感じか。ただ金の卵というより、激安の卵のような扱いだが。
「はー、食った食った」
「ごめんなさい。代金はお支払いします!」
結局ゲル君。ひとりで五人前は食べちゃった。精霊様たちは戦友を見るような目で見ているが、ゲル君には当然見えてない。
一方あまりの図々しいゲル君にマリーちゃんが、平謝りしている。
「代金はいいわ。それよりそろそろ聞かせてもらおうかしら。なんでこんな町から離れていた場所でゴブリンに追いかけられていたの?」
マリーちゃんは銅貨と銀貨が入ったお財布を出してお金を払おうとしているが、アナスタシアさんはそれを止めると事情を尋ねていた。
「その……」
ゲル君はお腹いっぱいで眠そうだ。精霊様と気が合うタイプかもしれない。説明は申し訳なさげなマリーちゃんの役目か。
彼女たちは初心者の仕事である薬草取りに飽きた頃に、町の外で先輩冒険者たちにゴブリン退治に誘われて一緒に来たらしい。とっても親切そうな人だからと引き受けたらしいが、二十匹ほどのゴブリンの集団に出会うと先輩冒険者は彼女たちを囮に使って逃げたんだって。
酷い人がいるもんだ。
「よくある話だね」
「よくある」
ただ、ワルキューレのみんなとパリエットさんの反応は驚きもなく普通だった。特にベスタさんは騙されるほうが悪いと言いたげな顔だ。
「男が死ぬように仕向けて女は頂く。まあ、程度の低い馬鹿のよくやる手口だね。今回はゴブリンが予想以上に多くて逃げたってとこか」
「田舎から出てきた子なんか、よく引っかかるのよね。ギルドで注意されなかった?」
ベスタさんはそのまま先輩冒険者の狙いを告げると、少年少女たちは顔色を真っ青にしている。
僧侶のマリアンヌさんがそんな少年少女たちに同情したのか優しく声を掛けるが、確かにギルドで注意はされたものの、特定の人物に気をつけるようにとまでは言われてなかったらしい。
騙されたと怒るゲル君だが、普通はそこまで言わないよなぁ。
いわゆるグレーゾーンというやつだろう。法や規則が厳格ではなく、また町の外に出れば見ている人がいないこの世界だとなにがあっても不思議じゃない。
人を見た目で判断しては駄目だと言うが、見えないもので判断するのは難しく逆に危険でもある。
人を騙す人ほど見た目には気を使うからね。私も前世では何度か騙された。
「くっそう。なんで俺たちだけ……」
「どこの町を拠点にしているか知らないけど、拠点を変えたほうがいいね。そんな冒険者を野放しにしているところは大抵ギルドが問題だよ」
ベスタさんは少し呆れた様子で少年少女たちにアドバイスをしている。だがアナスタシアさんはさっきから無言で表情が動かず、ギルドが問題という言葉に少し眉をひそめた。
実家の領地だ。そこの子供たちがこんな目にあったことを気にしているのかもしれない。
「こーた。あまいのたべたい」
「でざーとまだだよ?」
おっと、精霊様たちが食後のデザートをお待ちかねだ。
今日は季節のフルーツのゼリーだ。昨日作っておいたんだよ。
少年少女たちもこれを食べて心機一転頑張ってほしい。
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