第17話・盗賊退治よりも豪華なお昼
ガタゴトと走る馬車が町から離れていく。
馬車の周りには馬が二頭とスレイプニルがいる。
このスレイプニル、どうも私の従魔という扱いらしい。付いてくるかと聞いたら、付いてくると言っているみたい。
むろんさすがに言葉は話せないが、精霊様がスレイプニルの気持ちを理解できるようなんだ。
ただスレイプニルの背中には精霊様しか乗っていない。そもそも私は馬に乗れないしね。
「休みなしで行くのも大変だよねぇ」
昼食は街道の近くにある水場での休憩だ。
馬たちには水と僅かな塩と餌となる草をあげる。私たちのメニューは朝に町を出る前に作ってきたスープとサンドイッチになる。
キャンプ用のコンロで鍋ごと持ってきたスープを温めるだけで準備が完了だ。
本来はこんなことをしないらしいのだが、私のリュックにはまだまだ荷物が入ることで持参した。
サンドイッチの中身はスライスチーズとハムのオーソドックスな組み合わせと、ゴロ芋とマヨネーズを合わせたポテトサラダを挟んだものになる。
この世界ではバターは保存の関係から高級品らしく私のものを使っているが、チーズとハムはこの世界のものになる。
今日のキャンプ用のコンロは海外などで使われている大型のものだ。ついでにグリルでサンドイッチを軽くあぶってみようと思う。
「でも早く行かないと逃げられちゃうし……」
クラン・ワルキューレの皆さんは肉体的には疲労感はないようだが、休日も挟まずに盗賊の拠点潰しに行くことに少し面倒そうな人もいる。
話を聞いてみると先日のような数日が掛かる遠征のあとは、休日を入れるのが普通らしい。
確かに黒パンと干し肉をかじって野宿をしているような生活ばっかりだと、体がもたないのだろう。
「では、頂きましょう」
静かに神様に祈りを捧げるとアナスタシアさんの言葉で昼食となる。ただ、精霊様たちは祈りが必要ないらしく、すでに満面の笑みでサンドイッチを頬張るとモグモグと食べているが。
「うおっ、これ初めて!!」
「えー、ゴロ芋でしょ?」
「食べてみ! 全然違う!」
最初に騒いだのはポテトサラダサンドを食べたソフィアさんだ。
昨日気付いたんだが、この世界のジャガイモはあんまり美味しくない。男爵系の芋なんだろうが、味より収量に特化した品種なんだと思う。
調理中に聞いたんだが、貧民の主食なんだそうだ。ゴロ芋ならば場所によっては年に三回は収穫できるらしく、どこに行ってもあるみたい。
「……、なにこれ?」
「ね!? 全然違うでしょ!!」
私もポテトサラダサンドを食べてみる。ゴロ芋があんまり美味しくないので、マヨネーズに塩コショウとマスタードで味付けをしたんだ。
うん。これなら美味しい。芋のパサパサ感もないし、魔法の調味料であるマヨネーズがゴロ芋のほんの僅かなクセのようなものを消している。
マヨネーズを少しだけ混ぜたマスタードの刺激が、いい感じに芋の味に馴染んで癖になる。
「このスープもなんだか味が違うわね」
一方アナスタシアさんはスープの味の違いに気づいていた。
クラン・ワルキューレの皆さんはコンソメスープの味が気に入ったみたいで、放っておくと毎食求められるが、正直私は毎食コンソメスープでは飽きてしまう。
今日は鶏がらスープの素で中華風スープにしてみました。
近所の朝市で緑黄色野菜の葉物があったんで、それと鶏肉っぽい肉の中華風スープだ。
うん。こっちも鶏がらのいい味だ。朝に作っておいたから、野菜にも味が染みて美味しい。
興奮した何人かにまた結婚を申し込まれたが、丁重にお断りしておいた。
どんだけ美味しいものに飢えているんだ。
盗賊の根城は森の中にあった。
少し開けた場所に丸太を横に置いて重ねただけの柵に、三角テントを張った小汚い場所が盗賊の根城らしい。
「汚いですね」
「あんなものよ。盗賊なんてあちこち移動しながら人や村を襲うもの。まともな拠点なんてもってないわよ」
気付かれないようにと風下から近寄ったが、なんとも言えない臭いがしている。
アナスタシアさんは顔をしかめながらも、クランのメンバーに指示を出していく。
中にいるのは留守番らしき男が十名ほど。スレイプニルのゴルバは危なくなるとひとりで逃げるので仲間は多くないらしい。
精霊様の力で索敵したところ、中に人質らしき人はいないらしいが……。
「ちょっと、まつの!」
「こーた、あっちからにんげんさんがきたよ!」
「待ってください! 人が来ます!」
さあ、盗賊退治だと張り切るクラン・ワルキューレの皆さんだったが、精霊様がストップをかけたので私が慌てて止めると、一斉に指摘した方向から見えないように隠れた。
「あれは……」
「知っている人ですか?」
盗賊の仲間かと警戒する中、やって来たのは二人組の男だった。姿から冒険者という人たちだと思う。
その姿にアナスタシアさんの表情が変わる。
「おい! さっさと逃げろ! ゴルバが殺されたぞ!!」
男たちは警戒することなく盗賊の拠点に入ると、見張りの盗賊に逃げろと大声で言っていた。
仲間かな?
「あとはいないわね? みんな、いくわよ。あのふたりだけは生かしたまま捕らえること」
あいつらが何者か教えてくれなかったが、そんな暇はないようだ。
すぐに盗賊の根城は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっている。
「一発目から大きいの行くよ! ファイヤーボム!」
先手はソフィアさんらしい。
集中した様子で持っていた木製の杖を天に掲げたかと思うと、杖の先にサッカーボールくらいの炎の玉が三つほどできていた。
おおっ、凄い。初めての炎の魔法だ。
ソフィアさんが杖を振り下ろすと、三つの炎の玉は盗賊に根城の向けて飛んでいき、三角テントのところに着弾した。
その瞬間、炎の玉は爆発する。爆風がこちらにも来るほどの大きな爆発だ。
「あの、いいんですか? ここ森ですけど?」
「えっ? ……だっ、大丈夫よ! ちゃんと計算してるわ!!」
ソフィアさんが魔法を使った瞬間、アナスタシアさんやマリアンヌさんが驚いた表情をしたのは気のせいではないだろう。
ベスタさんたちはすぐに根城に攻めていくが、ソフィアさんは私の指摘に顔を青くしている。
「もりがもえちゃうの!」
「そふぃあはあぶないにんげんさん!」
「こーた、まほうのちからをかして!」
爆発の余波で盗賊たちが近くに積んでいた枯草などが早くも燃えている。
精霊様たちはその様子に慌てた様子で踊り始める。
「えっと、失敗しちゃった!」
精霊様が呼んだのだろう。急に雨雲がモクモクと現れると雨が降り出した。
あちこちで燃えていた炎が精霊様の雨で消えていくのを見ながら、ソフィアさんは困ったなと言いたげに笑って誤魔化そうとしていた。
「あなたたちが盗賊の仲間だったとはね」
「道理で捕まらないはずだ」
盗賊の根城はあっという間に制圧していた。ただし戦利品になりそうなものは、ほとんど爆発で破壊されていたが。
生き残ったのは後から来た冒険者風の男ふたり。どうやら本当に冒険者だったようだ。
いわゆる盗賊の仲間でスパイをしていたらしい。
冒険者ギルドには町を出入りする商人の情報や盗賊の情報が入るそうだ。襲いやすい商人を教えたり盗賊の情報でもながしていたんだろうとアナスタシアさんは考えているとのこと。
「ねえ、コータ。スレイプニルが地面を掘っているんだけど……」
スパイ容疑の男たちを捕らえて爆心地で盗賊の戦利品をみんなで集めていると、スレイプニルがテントのあったところを前足で掘り返している姿を見たベスタさんに呼ばれた。
そこでは精霊様たちとスレイプニルが確かに穴を掘っている。
ここ掘れワンワンというやつか? 昔話にあったなぁ。
「なにをしてるの?」
「ここにまえのしゅじんさんが、だいじなものをかくしていたんだって!」
「コータにあげるって、みんなでほってるの!」
泥だらけになりながら精霊様が教えてくれた。前の主人とはゴルバのことかな?
大事なものってなんだろう。本当にお宝だったりして……
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