第32話・女神様再び

「男爵殿が泣き付いてきたぞ」


「そうですか。ですが遅かったですね。すでに実家に使いを出しました。あとは実家を通して話すように言ってください」


 一方コータのいないフルーラの町では、王国の審議官とクラン・ワルキューレの対立が早くも話題となっていた。


 この一件は冒険者ギルドも教会も関与しないとして放置していて、彼らは自分たちだけ話を付けるとさっさと帰ってしまった。


 このフルーラの町は王領で代官がいるが、代官はアナスタシアの素性も侯爵家との関係も知っているうえに、クラン・ワルキューレが町のために働いていることも理解しているので我関せずと一切の関与をしていない。


 自分の評価になるならともかく、馬鹿な男爵に味方しても何の得もないだけに冷たかった。


 もっとも彼は事の仔細を王都にはすでに送っていて、自分の仕事は果たしているが。


 この日ギルドマスターに呼ばれたアナスタシアは、男爵がアナスタシアと仲介してほしいとギルドマスターに泣きついたことを聞かされたが、醒めた表情ですでに和解が無意味なことを告げた。


「どうもあいつは以前から王国の懸賞金を減額させて懐に入れていたらしい。冒険者の素性や身辺を洗って、つまらねえことで揚げ足を取って半ば脅迫してもいたらしいからな。本部からは関わるなと言われてる」


「もしかして泳がされていましたか?」


「たぶんな。あんなクズでも男爵家だ。潰すには理由がいる」


 ただ、すでに問題はアナスタシアや一介のギルドマスターに解決出来るレベルではなかった。


 王国も暇ではないので、多少の小遣い稼ぎにまで目くじらを立てない。


 とはいえやり方というものがある。領民や懸賞金をもらえるような冒険者に恨まれてまで男爵を守ってやる義理はない。


「まあ、身辺には気をつけろ。あんな馬鹿は、なにをやらかすかわからんぞ」


「わかりました。気をつけますわ」


「そういえば戦利品はもう侯爵閣下に送ったのか?」


「いえ、審議官が帰ってからと考えておりましたので」


「盗賊もいねえし、しばらく侯爵領に遠征でもしたらどうだ?」


「そうですね。コータが戻ったら、そうします」


 ここで問題なのは、男爵が地味に追い込まれていることだ。追い込まれた者はなにをするかわからない。


 ギルドマスターとしては、クラン・ワルキューレがこんなつまらないことで問題に巻き込まれることを望んでいなかった。


 幸い名目がある。ゴルバの戦利品の処分をアナスタシアの父である侯爵に頼むためには、戦利品を侯爵の元まで運ばねばならない。


 フル―ラの町から侯爵領は馬で片道十日ほど。往復と滞在日数を考慮すると、ひと月は留守にすることになるだろう。


 その間に王国が男爵をなんとかするだろうとギルドマスターは見ていた。


「そうそう、あの坊主何者だ?」


「さあ? 私も詳しく聞いていません。ただ精霊に愛されていることは確かですわ」


「年相応には見えねえんだよな。仕草とか態度とか。その割に戦いには慣れてねえくせに、スレイプニルが懐いてやがる」


 ただの田舎から出てきた子供ではないのかもしれない。


 それはギルドマスターのみならずアナスタシアも感じてはいる。だが、他人の過去に土足で踏み入るつもりはふたりにはない。


「精々、気をつけてやんな。あれは騒動に巻き込まれるぜ」


「ええ。そのためにも父のところに連れていくつもりです」


 口は悪くコータにはあまり信じてもらえなかったギルドマスターだが、面倒見がいい男でコータのことも心配していた。


「それがいい。侯爵閣下なら悪いようにはしねえだろう。若いもんが潰されるほど寝覚めが悪いもんはねえからな」


 過ぎたる才能や力を持って不幸になった者を、ギルドマスターは何人も見てきた。


 コータがそんなことにならなければいいと、彼は心配していた。






 お昼過ぎに村を出たので中途半端なところで夜となった。


 どこかキャンプが出来るところはないかと探した結果、街道から少し離れた場所でキャンプすることにした。


 場所は精霊様たちが選んだ。草原の中の一角で特になにか理由があるわけではないようだが、景色がよく周りがよく見える場所だ。


「コータは変。野営はもっと慎重にするもの」


 テントを張り仮設トイレを設置していくと準備が完了だ。ただ、パリエットさんはそんな光景を不思議そうに眺めていた。


 クラン・ワルキューレのみんなも言っていたけど、キャンプと野営は違うらしいからね。野営はいつでも逃げられるようにしつつ睡眠をとるものだ。


 決して楽しむためのものではない。


「どうぞ」


 キャンプ用の軽量チェアを出してパリエットさんに勧めると、理解出来ないという表情をしつつ座る。


「とっても快適」


 こんなものが必要なのと言いたげなパリエットさんだったが、いったん座るととても気に入ってくれたようで、僅かに笑みを浮かべている。


 ついでにサイドテーブルも出して飲み物を出してあげよう。今日はなんと炭酸ジュースがあるんだ。


「しゅわしゅわ!」


「こーた! のみものが、いきてるの!?」


「えー、これいのちのかがやき、かんじないよ~」


「でもおいしい」


「しげきてきなあじ」


 もちろん精霊様たちにも炭酸ジュースをあげる。しゅわっと炭酸があるジュースは初めてなんだろう。


 みんな興味深げな様子で見たり飲んだりしている。


「これは私も初めて。冷えていてとても美味しい」


 パリエットさんと精霊様たちが喜んでくれている間に、薪を出して焚き火の用意をする。


 夕食はなんにしようかなぁ。


 お昼はチーズフォンデュだったし、夜は和風でいいかな。


 うん。すきやきにしよう。


 お肉は女神様が取り寄せてくれた日本の牛肉で、しらたきと焼き豆腐とかシイタケとか具は揃っている。


『メールですよ~』


『今日は残業がないので、今から遊びに行きま~す』


 太陽が西に傾いた頃、女神様からメールがきた。女神様が遊びに来るのか。夕食一人前、増やさないと。


 でも、ちょっと待って。パリエットさんがいるけどいいのかな? 一応確認のメールしておくか。


「お久しぶりです。幸田さん」


「あっ……」


返信をしようと人差し指でぽちぽちと目の前にある半透明なキーボードを打っていたら、メールから五分もしないうちに女神様が来ちゃった。


「転移魔法?」


 パリエットさんは私と同じようなキャンプ用の服を着た女神様に目を白黒させつつ、突然目の前に現れたことに驚いている。


「初めまして。私は遊び人のルーです」


「私はアルーサの森のエルフのパリエット。……遊び人?」


 ああ、女神様。なんて自己紹介を。明らかに不審だと言っているようなもんですよ。


 自信満々な女神様の様子に、パリエットさんは突っ込むべきか迷ったようにも見える。


「ああ、ルーさんは私がお世話になっている人なんですよ」


「だと思った」


 仕方ないのでフォローしようとするが、パリエットさん。だと思ったは酷くないですか?


「みんなも元気だった?」


「げんきだよ~」


「こーたといっしょにたびをしてるの!」


 とりあえず危険な人ではないとだけは、パリエットさんも理解してくれたみたい。


 正体バレてないようだけど、女神様は精霊様たちとも平気でおしゃべりしているから目を見開き驚いている。


 隠さなくていいのかなぁ。


 まあいいか。私は夕食の支度をしよう。まずはご飯を炊かないとね。みんなよく食べるからたくさん炊こう。


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