第33話・みんなですき焼き
グツグツと煮えてくるとすき焼きの完成だ。
市販のすき焼きのタレを使ったのでお手軽に出来る。前世では外国産の安いお肉でも美味しく頂いたんだよね。
人数が多いので二つの鍋で作った。女神様とパリエットさんは自分で鍋から取れるので、私は精霊様たちにとってあげよう。
精霊様たちの身長は十センチから十五センチだ。すき焼き鍋から具を取ろうとすると危なっかしい。
「私すき焼き大好きなんですよ」
「すきやき?」
「この料理名ですよ。幸田さんの故郷の料理です」
「生の卵は危険」
「大丈夫です。これは生で食べられる卵ですから」
女神様とパリエットさんも少しぎこちないというか、パリエットさんが女神様に遠慮しているものの、女神様は気にせずフランクに話しかけている。
女神様はすき焼きを食べたことがあるんだろう。慣れた様子で生の卵を取り皿に割ると、さっそく霜降りのお肉から箸をつける。
ただ、パリエットさんは生の卵をそのまま食べようとする女神様を、少し驚きながら止めていた。
そうか。こちらは生卵を食べる習慣がないのか。地球でも外国では食べないといつだったか聞いたことがある。文化的に外国に近いからそうなのだろうか?
「こーた。はやく!」
「おなかすいたよ!」
うん。女神様たちを見てる場合じゃない。欠食精霊様たちにすき焼きをあげないと。瞳をウルウルさせながら待っているんだ。
「はい。どうぞ。卵を絡めてたべてくださいね」
精霊様たちのサイズに合わせて肉や野菜を切り分けながら盛り付けてあげると、喜んでくれる。
「うわぁ、おいしい!!」
「こーたはりょうりのてんさい」
「いせかいのりょうりなんだよ?」
「じゃあ、いせかいはりょうりのてんさいなの!」
トロリとした生卵を絡めたお肉をハフハフとしながら一口すき焼きを食べた精霊様たちは、カッと目を見開くと我先にと争うように食べ始めた。
最近気づいたが精霊様たちにも物知り精霊様や、細かいことはどうでもいいという精霊様がいる。
割と物知りなのは錬金の精霊様とか知識系の精霊様らしい。自然の精霊様は正直細かいことは覚えないみたいだね。
「……。これは……」
「美味しいでしょう?」
「はい。美味しいです」
パリエットさんのほうはどうかなと思って見てみるが、あっちはあっちで仲良くやっているみたいだね。
女神様がまるで母親のように、パリエットさんに肉や野菜をよそってあげている。
というかパリエットさん。明らかに女神様を格上と認識したらしいね。何故だろう。
まあ私は精霊様の相手で手一杯なんで、ふたりの仲が良さそうならよかった。
「こーた、たべなきゃだめなの」
「そうだよ」
ちなみに私は少し難しい状況だ。精霊様たちは次から次へとお代わりを要求する一方で、私にも食べろと要求してくる。
私のことを気にかけてくれるのは嬉しいが、一度にあれやこれやと出来ない。
「はい、あーん」
「あっ、ずるい。わたしがたべさせてあげるんだ!」
「だめ! わたしがさき!!」
結局精霊様のお代わりを優先していると、精霊様たちが食べさせてくれようとしてくれるが、今度はみんなが私に食べさせてくれようとして口元にはお肉や野菜がいっぱいになる。
うん。困ったな。
「ほらほら。みんな、幸田さんが困っていますよ」
「だって、こーたがたべないんだよ」
「わたしがたべさせてあげるの!」
誰から食べても喧嘩になりそうだなと思っていると、女神様が笑いながら仲介に入ってくれたのだが……。
「幸田さんは、仕方ありませんね。では私が食べさせて……」
「ずるいの!」
「ずるいよ!」
「ずるくないですよ!」
うん。今度は精霊様と女神様が私に食べさせるかどうかで喧嘩を始めた。
女神様も同じレベルで争わないでください。
「何を話しているかわからないけど、多分大丈夫。はい」
「ありがとうございます」
私は困ったなとオロオロとしてしまうが、そんな時我関せずと黙々と食べていたパリエットさんがお皿に肉や野菜を取り分けてくれた。
彼女には精霊様の声が聞こえないが、なんとなく女神様の言葉と様子から察したらしい。
うわ。豆腐と白菜の味が染みていて美味しい。肉がそろそろ煮えすぎる。これもたべないと。
結局、精霊様たちへのお代わりはしばらく女神様の担当になった。
「みんなでの食事は楽しいですね」
「???」
わいわい賑やかにお代わりを食べる精霊様やパリエットさんに、自分も食べながら精霊様たちのお代わりを渡している女神様の様子に思わず本音が出てしまう。
その言葉に周りの皆さんが止まってしまった。
「いえ、なんでもありませんよ」
誰かと一緒に食事をするなんて、この世界に来るまで何十年もなかった。
あの頃はひとりが寂しいなんて思ったことは本当になかったが、楽しいと思ったこともなかった。
こうして食事が楽しいなんて、忘れていた。
「そうだ。いいものを持ってきたんですよ」
キョトンとする精霊様たちとなにかを探るように見るパリエットさんだが、女神様は自分が背負っていたリュックをがさごそと探すと懐かしいものを出してきた。
「どこでもラジオ~です! 本当はタブレット端末にしようかと思ったんですが、幸田さん使えなさそうですから……」
それは昔ながらのセカンドバッグサイズのラジオだった。
タブレットとはなんだったか。聞き覚えがあるが、わからない。もともと私は機械類が苦手だったところに、歳を取ると更に物覚えが悪くなって覚えられなかったんだ。
若返った影響か、こちらに来てからは体も軽いし物覚えもいいけどね。
「魔道具?」
「そうですよ~。私の手作りなのです!」
「魔道具職人? それは凄い」
「うふふ、もっと褒めていいのですよ! これは異世界の音楽を聴く魔道具なのです」
「異世界……」
あちゃ~。女神様。パリエットさんに異世界のこと言っちゃった。
見知らぬラジオを褒めたパリエットさんに、気分がよくなっちゃったんだろう。
ただ異世界という言葉に顔色が変わったパリエットさんにも女神様は動じず、ラジオのスイッチを入れると音楽が流れる。
懐かしい日本の音楽だ。
「これはラジオから有線放送まで受信できる優れものです。ここで選んで、こうすれば……」
ラジオはアナログの形だ。ただ女神様のお手製ラジオらしく、つまみを回せば受信できる放送局がたくさん聞こえる。
「異世界のこと、気軽に言っては駄目。大騒ぎではすまない」
「大丈夫ですよ。私はパリエットさんを信じていますから」
ラジオから流れる懐かしい音楽に聞き入っていた私だが、パリエットさんは真顔になり異世界について言及した。
ただ女神様は楽観的だ。さっき会ったばかりのパリエットさんを信じているとほほ笑んでいる。
「……アナタは神の使徒?」
「いいえ、違いますよ。私は遊び人のルーさんです」
「そう。わかった」
神の使徒とはなんだろう? ただ女神様はまだ遊び人だと言い張っている。パリエットさんはそんな女神様に大人の対応をしてくれた。
「パリエットさん。神の使徒とはなんでしょう?」
「神が地上に遣わす代理人のこと。古より何人か確認されている。エルフ族は長寿だから実際に会った人もいる」
パリエットさんは女神様が神様の代理人じゃないかと思ったわけか。
うん? ちょっと待って。私は女神様の代理人じゃないよね?
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