第87話・コータ、子供たちが羨ましくなる。
ダンジョンって不思議だ。空気も濁っていないし酸欠で苦しくもならない。欠点はトイレがないということだ。男も女もその辺の陰で用を足す。
ゲル君がおしっこをするというのでしばし待つ。地下二階に下りてきたけど、相変わらず人が多い。一階よりは減ったけどね。
便利グッズの仮設トイレは人目があるところでは使えないんだよね。必要以上に目立つことが良くないのは分かる。
「こーた! ここつまんない!」
「きのみもないの」
ただ、早くも精霊様たちの一部がダンジョンに飽きてきている。精霊様たちにとって町の外を歩くのは散歩みたいなものだからなぁ。まだ危険があると緊張感があるけど、周りが弱すぎるとこんな感じになるんだよね。
「おっし。さっぱりした! 行くぜ!」
ゲル君は相変わらず元気だ。出てくるのは弱い魔物ばかりだし、昨日サーズさんに指導されて燃えているみたい。若いっていいな。
「うーん。難しいわね」
そんなゲル君を見てマリーちゃんが大きなため息をこぼした。パーティとしてどうやって戦っていくか。結論が出ていないみたい。
器用なんだと思う。自分も戦いながらも、みんなの様子を見て回復役もしている。ただ、慣れた戦い方を変えるのは大変なんだろう。私ならたぶん出来ない。そもそも私はあまりチームプレイというやつは苦手だ。
「お嬢ちゃんたち、良かったら……、げっ!」
結局、地下二階も人がたくさんいる。私たちは特に顔見知りもいないので、あまり近寄らずに一礼して通り過ぎるが、ちょっとチャラチャラしてそうな男たちがマリーちゃんたちに声を掛けようとしていた。
「おい!」
「ああ、お嬢ちゃんたち気を付けてな」
ゲル君が睨むものの、そんなの眼中にないと言わんばかりの男たちは、なぜか私とパリエットさんを見ると顔を引きつらせて逃げるように離れていく。
なんでだろう。知らない人に逃げられるって、気分良くない。
「コータ君からは、ろくでなしも逃げていくのね」
あの、それ誉めていませんよね? マリーちゃん。
「気にしていたらキリがない」
うーん。ワルキューレが有名なんだろうなぁ。先に進もう。私もナンパまで否定はしていない。断るとちゃんと引いてくれるならいいと思うんだけど。
「はっはっは! やったぜ!!」
敵が出てくるとゲルが突撃するので、必然的に私とパリエットさんは見守る係になりつつある。助言も出来ないしさ。
「精霊様がいないと迷子になりそうですね」
「ダンジョンで迷子になると致命的。普通はマッピングする人がいる」
地図はマリーちゃんが持っている。私の場合、精霊様たちが道に迷うことなどないので、そういう苦労を知らないんだよね。
「今の魔物は一旦動き出すと方向を変えられない。だから横に避ければいい」
成犬サイズのダンゴムシにゲル君たちは苦戦していた。この辺りの敵と比べると動きが結構早いんだ。ゲル君なんてまっすぐ逃げながら剣を振り回していて、彼が邪魔になって魔法が使えなかった。
パリエットさんはそんなゲル君たちに適切な助言をしている。
ちなみに美味しそうな魔物じゃないと精霊様たちや仔フェンリル君たちの反応がよくない。真面目な精霊様は見守っているけど、あとは自由気ままに遊んでいる。
「コータ、お前さ。どうやってそんな強くなったんだ?」
休憩をすることにして一休みする。あまり贅沢をさせるのは良くないとアナスタシアさんたちに言われたので、今日は普通の水筒で喉を潤しているとゲル君にそんな質問をされた。
アナスタシアさんたちやパリエットさんは、私の過去をあまり根掘り葉掘り聞かない。大人だからだろう。ただ、ゲル君はいい意味でも悪い意味でも素直なんだ。
「ちょっとゲル! そういうこと聞くのマナー違反でしょ!」
「いいじゃねえか。答えたくないなら答えないだろうし」
マリーちゃんがすかさず止めるけど、ゲル君は堪えていないね。でも、私は彼のようなタイプは嫌いじゃない。
前世で離婚騒ぎの時に残ってくれた数少ない友人には、こんなタイプがいた。空気が少し読めないけど、根はいい人できちんと話をしようとしてくれる。
どうしているかな。私と違い、幸せな家庭を持っていたので変わらず楽隠居していると思うけど。
「私がお世話になっていた人が凄かったんですよ。人のいない山奥でその人に鍛えられました。なので私はアナスタシアさんたちに会うまで、常識というものをあまり知りませんでしたね」
パリエットさんは一度ルリーナ様にお会いしているからか、納得というかやっぱりと言いたげな顔をしている。そう言えばパリエットさん、ルリーナ様を神の使徒と誤解しているだっけ?
「るりーなさま?」
「すごいけど、てんねん」
「こうたとおなじ」
あの精霊様、前々から言おうと思っていたのですが、神様に天然というのはいかがなものかと。あと私は天然ではありませんよ。
「精霊が見えるのは天性の才能。コータとあなたはそこが根本として違う」
ああ、良かった。私がおかしなことを言う前にパリエットさんがフォローをしてくれた。
「ふーん。どんくらい凄い人なんだ?」
「私は一度お会いしたことがある。隠棲している賢者だと思う。エルフの私も知らない人だった。転移魔法を軽々と使い、魔道具も自前で作れる。コータの魔道具はすべて、その賢者の作ったもの」
さらに突っ込んで聞いてくるゲル君に私は返答を悩むが、先にパリエットさんが答えてくれた。今度からはそう答えなさいと教えてくれているんだな。
「賢者!? スゲー」
気持ちがいいくらい疑わず驚くゲル君がなんか心地いい。ただ、僧侶のマリーちゃんと魔法使いのターニャちゃんは驚きつつも少し羨まし気にしている気がする。
なかなかそういう賢者っていないんだろうか?
「オレも魔法は使えなくていいけど、コータみたいに剣で戦えるくらいにはなりたいな!」
「誰でも鍛えて経験を積めばそれなりに強くなれる。魔法を使わないコータくらいならあなたもなれる」
ゲル君は私が羨ましいようだ。でもね。私はゲル君が羨ましい。故郷があって帰りを待つ人がいる。友人たちと一緒に旅に出て夢を持てる。それがどれだけ幸せなことか彼は理解していない。
「ゲル君、ちゃんとみんなのこと考えないと駄目だよ。君のご両親も故郷の村の人も仲間のみんなも君が元気に生きていることがなによりなんだからね」
余計なお世話かなと思いつつ、一言言わずにはいられなかった。
「おおう。なんか村の長老様に似たようなこと言われたこと思い出したわ」
「生意気なこと言ってごめんね。ただ、あとで後悔した時には手遅れだから」
人は生きていれば悔やむ過去のひとつやふたつはある。でもね。若いと気付かないものなんだよ。今がいかに楽しくて幸せかということを。
「さあ、そろそろ行くわよ。せっかくだからもう少し探索しましょう」
ああ、しんみりとさせてしまったな。反省しているとマリーちゃんが察したように立ち上がった。本当に賢くて器用な子だなぁ。
「コータもちゃんとダンジョンについてきちんと覚えて。貴方の力で無知は危ない」
「はい。精進します」
過去を振り返る暇があるなら今を生きなきゃ。パリエットさんはそう私を諭すように再びダンジョンについて教え始めた。
過去を生きるつもりはない。
でもね。忘れることもしたくない。
その上で、頑張ります。
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