第88話・コータ。ダンジョンで修業する?

 相手が弱い魔物でも油断してはいけない。鉈剣をしっかり構えて敵を見据える。


「いっきにやっちゃえ!」


「こーた、そのまものよわいよ? らくしょうだよ」


「そんなに、りきんだらだめだよ~」


「まほうでもやそうよ」


 あの精霊様たち。アドバイスは嬉しいのですけど、意見が違いすぎて困ります。私はどなたの意見を参考にしたらいいのでしょう?


 見ているばかりもよくないというので、ゲル君たちと交代して私が戦うことにしたけど、弱点とか攻撃パターンとか知らないからどうしていいか分からない。普通に鉈剣で斬りつけても勝てるんだけどね。


 ああ、敵が動くとこちらもどうしていいのか分かる。先読みスキルのおかげだろうか? 後の先とでもいうべきか。敵の動きを先読みするように動ける。


「凄いんだけど、待ちに徹する意味あるのか? さっさと斬っちまえばいいのに」


「馬鹿ね。それだと魔物がどんな相手か分からないでしょ」


 パリエットさんは少し微妙な顔をしていて、ゲル君とマリーちゃんは感心してくれているようだけど、どこか違和感を覚えてもいるようだ。


 うん、分かる。スキルと身体能力に使われている感じだ。


 パリエットさんが精霊降ろしと言った。精霊様と一体化する技、魔人とオーガの時に二度経験したけど、あれをやると精霊様の知識や経験を使えるようで自然に動けるんだけど、それがないとどうしていいか分からない。


「今日は終わり」


 すでに時間はお昼を過ぎている。パリエットさんは時計などないものの感覚で時間が分かるようでこの日の探索を終えると告げた。


 ゲル君はまだまだ元気だと主張するものの、見えない疲れもあるだろうしね。妥当だろう。


 この日の成果は魔物の核と素材が幾つか。はっきり言うとあまりお金にはならないらしい。


「昨日の報酬がなかったら困っていたわね」


 ダンジョンを出ると、ギルドで素材を換金したマリーちゃんはため息を零した。キラービーの素材と蜜を売って相当な報酬を手に入れたからなぁ。新しい武器や鎧が欲しいと騒ぐゲル君とバーツ君を駄目だと一括して貯金したらしい。


「慣れるまではこんなもの。お金があるうちは経験を積むべき」


 パリエットさんも少ない報酬しか得られていないものの、こちらは私とゲル君たちの勉強だと割り切っているようだ。


 サーズさんに感謝しないと駄目だなぁ。あの人が人数割りで指導しながら働いてくれたおかげでゲル君たちがこうして経験を積むことが出来る。


 ギルドの出張所に併設された酒場では、多くの人たちがすでに酒盛りをしていた。こういう光景はもとの世界とあまり変わらない。多少、荒れている感じは否めないけど。




 夕日が見える時間だ。私たちは乗り合い馬車で町まで戻ることにする。こうしていると電車に乗って帰路に着いていた頃を思い出すなぁ。


「明日は休み。各々で鍛練をして今日の反省をするように」


 町に戻るとパリエットさんから明日について言及があった。やっぱり休むのかぁ。元の世界の日本人的には週に一日休めば十分な気もするけど、この世界の冒険者は無理をしないようにするんだそうだ。


 途中で顔見知りの冒険者さんたちにお酒に誘われるけど、そろそろ日が暮れるからと丁重に断ってお屋敷に戻る。


「おかえりなさい」


「おかえりにゃ~」


 お屋敷に戻るとワルキューレの皆さんや公爵様の奥さんたちに出迎えられた。皆さんすでに夕食前にお酒を飲んでいるようだ。


 そういえば滞在費、払っていないなぁ。いいのかな?


「コータ君、一緒に飲みましょう~」


 アナスタシアさんのお母さんは陽気なくらいに出来上がっている。抱き着かれてお酒を進められるけど、一日外にいて着替えてもいないので綺麗なドレスが汚れないか心配だ。


 あと、胸元があいたドレスで抱き締めるのはちょっと困ります。


 なんとか抜け出して滞在している部屋に戻ると、鉈剣の手入れと今日の収穫物など少しだけある新しいアイテムの整理をする。


 服は相変わらず最初に女神様から頂いたキャンプ用の服だ。汚れることもなく丈夫なものなんだ。どうもこれも魔法が掛かった凄い服なので、立派な鎧よりずっといいものらしい。


 予備も含めて幾つかあるので、今日着た服は洗濯してもらう。お屋敷ではメイドさんにお願いすると洗濯してくれるんだ。自分で洗濯くらいしたいんだけど、なんかそれはそれで困るみたいでお願いするように言われている。


 汚れない服だけど、洗濯しないとなんか気持ちよくないんだよね。


「こーた、おふろ!」


「おふろいこ!」


 ああ、待ちきれない精霊様たちと共に大浴場に向かう。ウチの精霊様はいつの間にかお風呂が好きになったなぁ。


 子供みたいに駆けて遊ぶ精霊様たちに一日の感謝を込めて、頭と体を洗ってあげる。精霊様たちがいないと私はなにも出来ない駄目な子供になってしまう。感謝してもしきれない。


「あら、帰っていたのね。おかえり」


 精霊様たちを洗い終えたので自分の頭を洗っていると、聞き覚えのある声がした。


「はい、アナスタシアさん。ただいま戻りました」


 お屋敷にはお風呂が幾つかあるけど、私が入るのを許されている大浴場は混浴なんだよね。銭湯じゃないから当然だけど。大袈裟に騒がないように挨拶をしてそのまま頭を洗う。こういう時は大人の対応をするべきだと最近学んだ。


 精霊様の賑やかな声を聴きながら頭のシャンプーを流そうとしていると、アナスタシアさんが隣に座って風呂桶でお湯を汲んで流してくれる。この世界にはシャワーがないからこうして流してもらうことが良くある。


 実はお屋敷ではメイドさんが一緒に入って洗ってくれることもあるようだけど、私は精霊様たちのお世話もあるのでひとりでいいとお断りしているんだ。


「あの子たちどう?」


「頑張っていますよ。楽しそうですね。故郷の仲間で助け合っているのは羨ましいくらいです」


 ああ、いかん。アナスタシアさんの体が目の前にあってもろに見えてしまう。目を閉じておこう。こういう気遣いは必要だ。


「やっぱり同年代の子たちといるほうが楽しい?」


「いえ、そういうわけでは。ただ、私にないものを持っているなと思うと、羨ましくなるくらいですね」


「うふふ、向こうはコータが羨ましいと思っているわよ」


 確かにゲル君には何度か言われたなぁ。強さもスキルも自分で努力して得たものじゃないから申し訳なく思ってしまう。


 ああ、ゲル君とバーツ君は私がワルキューレの皆さんと大人の関係だと普通に考えていることが個人的には納得がいかない。きちんと否定しているんだけどね。


 ただ、恋愛や結婚観が違うのは公爵様と奥さんたちを見ていて理解したけど。私には今一つ女心というものがよく分からない。


「でもコータって、ほんとエルフみたいね。見た目の割に大人びているわ。そのくらいの年頃なら強さとオンナには貪欲なはずなんだけど」


 ごめんなさい。中身はもう老人なんですよ。肉体的には若いので変化とかはあるんですけど。精神が年寄りなので、どうしてもね。


 そろそろ話した方がいいのかなぁ。今度、女神様に相談してみよう。いつまでも嘘をつき続けるのは苦手なんだ。


「さて、上がりましょうか」


「はい」


 あの、精霊様。なぜ急に大人しくなっているんです? 皆さんで離れた浴槽に入ってこちらを静かに見守るのはどういう意味なんでしょう?


 愛の精霊様。がっかりした顔でため息をつかないでください。


 何度も言いますが、私は十分幸せです。


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