第53話・怖い男たち現る!?

「コータ。あんた途中から先読みしていたね?」


「夢中だったんですよ」


「あれだけの手合わせでコツを掴むなんて、たいしたもんだよ。でも気を付けな。上級者になると、それの裏をかく。先読みに甘えるんじゃないよ」


「はい」


 女神様のチートがバレたのかと一瞬思ったが、違ったようだ。


 付け焼き刃ではやはり欠点も多いということだろう。というか疲れたね。


「魔法主体なんだろうしね。そこまで必要ないんだろうけど。そういえばエルフはどうなんだい?」


「里から出る者は体術や武器は一通り使える。魔法だけなんて生きていけない」


「だよね。たまに剣とかで名を上げる奴もいるし、そんなもんだよね」


 疲れて地面に座り込んで休んでいたら、ベスタさんはパリエットさんにエルフについて訊ねていた。


 パリエットさんのようなエルフでさえも、必ずしも魔法一辺倒ではないのか。


さて、遅くなる前に夕食の支度をしよう。


 今日はワイバーンの肉で新しい料理を。ワイバーンの肉は下処理に時間がかかるから、早めに支度が必要だ。


 グツグツと下処理のためにお肉を煮込みつつ、周りの人たちをなんとなく見てみる。


 まだ夕方というには少し早い時間だが、すでにお酒が入っている人たちがいる。なにかいいことがあったんだろう。ご機嫌な様子だ。


 少し小高い丘の上に野営地はあるが、耳を澄ませば波の音が聞こえるほど海が近い。


「お前ら……。まさか、クラン・ワルキューレか」


 賑やかな雰囲気は嫌いじゃない。海に遊びに行った精霊様たちを眺めながら、しばし喧騒を感じていたら凶悪そうな顔をした二人組の男がやってきた。


 少年少女たちはその姿に恐れおののき、身を固くして明らかに警戒している。武器の手入れやおしゃべりをしていたワルキューレのみんなも、少し警戒しているんだろう。


 あからさまではないが、笑顔が消えた。


「こーた、ごはんまだ~」


 ただ、私のところに残っている精霊様たちは不思議と無反応だ。ワイバーンの肉を煮込んでいる鍋を見ながらまとわりついてじゃれている。


「そうだけど、なにか用かしら?」


 対応したのはキャンプ用の椅子に座って本を読んでいたアナスタシアさんだった。


「……握手してくれ!」


 一触即発のような少し重苦しい空気が辺りを支配していた。しかし凶悪そうな男たちが発した言葉に少年少女たちはポカーンとしている。


「ええ。いいわよ。アナタたちは?」


「餓狼野郎ってんだ。よろしくな」


 私は思わずズッコケそうになるほど驚いたが、ワルキューレのみんなはそうでもない。よくあることなのか、またかと言いたげな表情でリラックスした表情になる。


「餓狼野郎って、確か北方を拠点としているはずじゃ。前に噂を聞いたことがあるわ」


「まあな、ちょっと護衛でこっちに来たんだ。噂のワルキューレに会えるなんてついてるぜ」


 凶悪そうな顔で嬉しそうに笑うと別の意味でちょっと怖い。でも人を見た目で判断してはダメだよね。私の前世ではそれで散々苦労したんだ。


 とはいえ、黒い毛皮のような鎧を身にまとっている彼らは山賊にしか見えない。


 もうちょっと服装を考えたらいいのに。


「ああ、これ飲んでくれ。北方の名産の火酒だ」


「あら、嬉しいわ。じゃあ、ここ名産の葡萄酒をお返しするわね」


 大きな体を小さくして照れている凶悪そうな餓狼野郎さんたちが何本かのお酒をくれたので、アナスタシアさんは先日の町で買ったワインをお返ししている。


 しかも男たちはそのまま、嬉しそうにほかのワルキューレのメンバーと握手をしていく。みんな慣れているのか特に問題視してない。


「おお、坊主もワルキューレのメンバーか。羨ましいな」


「あっ、いえ」


「大変だろうけど頑張れよ」


「はい。ありがとうございます」


 ワルキューレのメンバーとパリエットさんまで握手をした男たちは、私のところにくると私とも握手した。


 ああ、とってもいい人だ。


 一瞬手を握り潰されるのではと過ったが、そんなことはまったくなかった。


「たまにあるのよね~」


「そうなんですか?」


「うん。私たち結構有名だから」


 何度もぺこぺこと頭を下げてお礼を言った餓狼野郎さんたちが去ると、斥候のアンさんが笑いながら教えてくれた。


 女如きにと喧嘩を売られることもあるが、さっきみたいにフレンドリーに声を掛けてくる人も多いらしい。


 みなさん下手なアイドルとかより美人だからなぁ。握手会でも開けば儲かりそう。


「こーた。こーた。おいしそうなかにがとれたよ~」


 気を取り直して夕食の支度をしていると、海に遊びにいった精霊様たちが全長五メートルほどのカニを取ってきちゃった。


「ビッグクラブじゃん……」


「超高級食材……」


 その姿に野営地のほかの人たちがびっくりして、さっきの餓狼野郎さんたちも何事かと駆け寄ってきちゃった。


 ソフィアさんとパリエットさんはその姿に驚きつつ、美味しそうと顔が緩んでいる。


「初めまして。アナタがコータね?」


そんなみんながカニに注目している最中、いつの間にか私の隣にいたのはブルーの髪の透明感のある美人さんだった。


「はい。貴女は……」


「私はシーア。よろしくね」


 うん。見覚えがある感覚だ。この人は森の大精霊様と同じタイプだろう。見た目は人の旅人に擬装しているが、明らかに雰囲気が違う。それに精霊様たちがシーアさんは海の大精霊様だと教えてくれたこともあるけど。


「よろしくお願いします」


「うふふ。あれはお土産よ」


 ああ、ビッグクラブというカニは海の大精霊様のお土産か。


「えーと、なにかリクエストはありますか?」


 なんとなくわかった。精霊様は食いしん坊なんだ。きっと彼女もご飯が食べたくて来たんだろう。


「カレーが食べたいな。別の料理でもいいけど」


「わかりました。用意します」


 うん。夕食のメニューの変更だ。ワイバーンの肉のカレーにしよう。カニはどうしようかな。


「さすがワルキューレだな! 海底に棲むビッグクラブを簡単に狩るとは」


 騒ぎになったのでカニはワルキューレのメンバーが狩ってきたことにしたようだ。アナスタシアさんが誤魔化してくれている。餓狼野郎さんたちは素直に信じたようだ。


 うん、海底に棲んでいて中々獲れないから超高級食材なのか。希少価値がある魔物は高値で取引がされるんだろうね。


「包丁が入らないですね」


「そりゃ、ビッグクラブだもん。最低でもミスリルのナイフでもない限りはね」


 とりあえず大きなカニを解体しようと思ったが、私が持っている出刃包丁では傷ひとつつかない。


「アタシがやるよ」


 結局ベスタさんが自前のミスリルのナイフがあるということで、大きなカニを解体していく。


 まあ解体と言っても手足を切り落とすくらいで、胴体はさすがにここで解体できない。一般的にはここまで大きくて貴重な魔物は、ギルドや町の解体施設で解体するらしい。


 うん。どうやらクーラーボックスには入るようだからこれでいいだろう。


 足の一本でも人よりも大きくて太い。




 ビッグクラブ 食材ランクB


 海底に住む甲殻魔物の一種。身はとても美味しい。


 久々に食材鑑定が役に立った。足一本を残して残りはクーラーボックスに収納する。胴体は大きくて持てないが、クーラーボックスを開けて収納と念じると吸い込まれるように収納された。


 でも足一本でもまだ大きすぎる。ベスタさんには関節一本分を更に縦に切ってもらおう。


 うわぁ。中にはぷっくらと膨らんだ身がぎっしりと詰まっている。


 これどう料理しようかな?



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