第52話・コータ特訓する

 この日の夜は商人さんや冒険者たちが集まる野営地でのキャンプだ。


 以前パリエットさんと出会った場所もそうだったが、大きな街道には各所に旅人が集まる野営地がある。


 大抵は水場があり、外敵から防衛または逃げやすい場所らしい。


 私たちはそこまで野営地でなくても、キャンプスキルと精霊様がいるので安全にキャンプできるんだけど。この近辺は海辺の草原が広がっていて、単独でキャンプすると目立つんだ。


 アナスタシアさんの提案で他の旅人と一緒にキャンプすることにした。今までは人のいない場所を選んでいたんだけどね。


「コータ。イカと魚が臭い」


「すみません。一夜干しにしようかなと。美味しくなりますよ」


 野営地に到着した私は、二台ある馬車の間にロープを張って今朝買ったイカと魚を開いて干している。


 綺麗に並べて干したその光景はなんというかまるで漁村のような光景で、イカと魚の匂いがする。おかげでパリエットさんが複雑そうな表情をしてしまった。ごめんなさい。


「やあ!」


「甘い! もっと気合を入れな!!」


 一方ゲル君と影の薄い昔の私のようなタイプのバーツ君は、ベスタさんに修業を付けてもらっている。でも武器が双方共に真剣なのは危なくないかなぁ。見ていてハラハラする。


「コータ。終わったなら、あんたも稽古つけてやるよ あんまり得意じゃないだろ?」


 イカとアジなどいくつかの魚を一夜干しとして干し終わる頃になると、ゲル君たちは疲労から地面に寝転んでいた。


 彼らに水でもあげようかと思っていたら、ベスタさんはニヤリと笑みを浮かべて私にも修業を付けてくれるというではないか。


「ありがたいのですが、本物の武器は恐いです」


「なに言ってんだい。慣れた得物じゃなきゃ意味ないじゃないか。それに心配しなくてもアンタがアタシに勝とうなんて百年早いよ」


 うーん。女性に刃物を向けるなんて抵抗感がある。


「コータ。アナタ、女が斬れないんでしょ? それじゃダメなのよ」


 ああ、ベスタさんに見抜かれている。


「いいかい。アンタが迷ったら、誰かアンタの大切な人が殺されると思いな」


 ベスタさんの表情が変わった。怖い。まるで殺してやるとでも言いそうなほど、殺気といえばいいのか殺意といえばいいのかわからないがある。


「こーた?」


「皆さんは見ていてください」


 精霊様がベスタさんの殺気に反応して力を貸そうかと問い掛けてくれたが、精霊様たちもベスタさんが敵ではないのを理解している。


 私が止めると素直に引いてくれた。


「怖いなら身体強化くらいは使っていいよ」


「いえ、結構です」


 荷物と一緒においてあった長鉈の剣を握り、ベスタさんと対峙する。


 周りでは少年少女たちばかりかワルキューレのみんなとパリエットさんに、精霊様たちやスレイプ君が静かになって見守っている。


「来な」


 武器を握り女性と対峙するなんて、まだ信じられないものがある。


 そういえば精霊様たちの助力を得ないで戦うのは初めてかもしれない。


 長鉈を握る手に力が入る。間違って怪我でもさせたらと思うと震えそうだ。


「えっ……」


 迷い動けなかった。しかしその瞬間、なんとベスタさんからこちらに斬り込んできた。


 しかも速い。


「やっぱり、駄目だね。アンタひとりじゃ、死ぬよ」


 逃げられない。私はとっさに長鉈で防ぐべく構えるが、そこにベスタさんの剣が当たることはなかった。


 左手で握った剣は私の長鉈の寸前で止まっていて、ベスタさんの白い手が私の首筋に添えられている。冷たく柔らかいと感じた手だ。


 これが実戦なら死んでいる。それは私にもわかる。


「すげぇ……」


「僕たちの時とまったく違う」


 背筋に冷たいものが流れていた。ゲル君とバーツ君が驚くほどベスタさんの動きは速かった。


 正直、私は今の今まで異世界の本当の怖さを、身をもって感じてなかったのかもしれない。それだけ精霊様たちに守られていたんだろう。


「コータ。アタシはアンタが何者か聞く気はないよ。でも死んじまったひい爺ちゃんに時々見えることがある。アンタには必死さが見えないんだよ。まるで余生でも生きているような」


 私の首筋に添えられていた手で顔を撫でるように触れたベスタさんは、いつもの優しい顔に戻っていた。


 その表情からは親愛というか心配されているのが明らかだった。


 懐かしいと感じた。最後にそんな表情を向けてくれたのは誰だったろう。……そうか。中学卒業までお世話になっていた孤児院の先生だ。


 幸せになりなさい。そう言って送り出してくれた先生は、成人後も私のことをよく気にかけてくれていた。


 元妻に裏切られた時も真っ先に味方になってくれた人だ。


 ただ歳には勝てずに先立ってしまった。先生は今ごろ、地球のどこかで新たな人生として生まれ変わっているのかな。


「さあ、もう一度やるよ」


 ベスタさんの優しい表情は僅かな間だけだった。


 私から離れると再び厳しい表情に戻る。


「いきます」


 右手と左手を一旦開いて長鉈を握りなおす。不思議と体が動く気がした。


 こちらから踏み込み、ベスタさんを捉えることができる位置へと来ると長鉈でベスタさんに斬りつける。


 峰の側でだけどね。わかっていても。まだどうしても刃を向けるのは抵抗があるんだ。


「ちっ、この期に及んで峰でとは……。まあいいか。でもね、甘いよ!!」


 ベスタさんの剣には注意を払っていた。反撃が来ないなんて甘い考えはしてない。だけどベスタさんの攻撃は剣ではなかった。


 剣を囮にして蹴りが来る。そこまで想定してないのに。


「げほっ」


 くっ、苦しい。脇腹にもろに蹴りを喰らってしまった。呼吸しようとしても息ができない。


『パンパカパーン! 打撃耐性を習得しました。なにか危ないことしていませんか? 駄目ですよ!!』


 ここ数日は聞くことがなかった女神様の声が響いた。戦いとかしてないからなぁ。スキルのおかげか呼吸が楽になった。


 女神様に後で怒られるかな。


 でも……、守られているばかりじゃ嫌だ。誰かを守れる人になりたい。


 私なんかのことを気にかけてくれているみんなや、女神様のために。


「いい目をするじゃないか。ぞくぞくする。それだけで惚れなおしちゃいそうだよ」


 惚れなおすか。それも本音を言えばよくわからない部分がある。前世でも恋愛経験なんかないからね。


 ただ誰かを守りたいと、死んでほしくないという思いは理解できる。


「いきます」


 動く。体が動く。


 考えるばかりではない。感じるような感覚だ。


 今回はベスタさんも前に出てきた。ああ、わかる。今度は足がフェイントだ。剣で私の長鉈に打ってくる。


 凄い。もともとの動きはベスタさんのほうが断然速く、力強い。


 だがこの体勢でベスタさんの剣を受けると、次の攻撃ができずに詰む。


 そういえば若い頃に剣術や柔道の有段者だったおじいさんの知り合いが、実戦で刀同士で打ち合うことはまずないのだと言っていたな。


 受けてはダメだ。少なくとも私とベスタさんの力量差ではそれだけで詰んでしまう。


「いい読みだ。よく避けた」


 余裕がまったく違う。なんとか動いてベスタさんの剣を避けるが、すぐに迫ってきて次の攻撃がくる。


 攻め手が見つからない。避けて詰まないようにするだけで精いっぱいだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 どれだけ続けただろう。結局かわし切れずに詰んでしまった。


 平然としているベスタさんと呼吸が乱れている私の差が圧倒的だ。しかも手加減されてだ。


『パンパカパーン! 見切りスキルを獲得しました。おおっ、これは便利ですよ~』


 そうか、なんかわかるようになったと思ったら、女神様のおかげか。


 後でお礼のメッセージとお菓子でも作って送ろうか。




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