第51話・ギルドの実情

「ですから、一旦ギルドのほうにお越しいただきたいと……」


「申し訳ありませんが、もう出発時間ですのでお断り致します」


 宿屋に戻り海産物の整理をして、さあ出発だというところでなぜか冒険者ギルドの職員がアナスタシアさんを呼びにきた。


 若い男性だ。とても困っている様子だが、アナスタシアさんは取り付く島もない。


「しかしギルド長が……」


「ギルド長もあなたも少し勘違いしていますわ。ギルドと冒険者は対等なのです。一方的に呼び出したり命じたりするのは規約違反です。規約の再確認をお勧めいたしますわ」


 なんかトラブルっぽい。


 ワルキューレのみんなとパリエットさんは我関せずと各々で準備を進めているし、少年少女たちは関わりたくないのか一足先に馬車に行ってしまった。


「父を通してギルド本部には厳重に抗議させていただきます。以上です」


 アナスタシアさんって、優しい人なんだけどね。怒ると怖い人だ。




そのまま私たちは宿屋を出て出発する。


「なにがあったんです?」


 町を出てしばらくはのんびりとした旅が続いた。


 お昼になったので馬車を止めて昼食の支度をしながら、手伝ってくれているアナスタシアさんに聞いてみるが、優しかった笑顔が少し険しくなった。


 自分が悪いわけでもないのに、ちょっとドキッとする。


「ギルドの不正をいくつか見つけたので指摘しただけよ。私の場合は冒険者ギルドに対する監査権もあるの。だからちょっとね」


「へぇ。そんな権限あったんですね」


「正式な監査官もいるわ。でも外部監査官もいるのよ。私はそれね」


 また冒険者ギルドか。というか武装組合だしね。予算も結構ありそうだし監査していて当然か。少年少女たちの問題でも調べたんだろう。アナスタシアさんはちらりと少年少女たちに視線を向けると言葉を濁した。


 少年少女たちはあの町で働いていたらしいし。ギルドが冷たくて怖いと昨日言っていたっけ?


「田舎のギルドなんて、どこに行っても不正のひとつやふたつはあるけどね」


「そう。仲介料以外に依頼料の中抜きなんて当たり前。酷いところだと冒険者や地元の住民を脅しているところもある」


 ベスタさんとパリエットさんは言葉を濁したアナスタシアさんに代わり、一般的な冒険者ギルドの問題点をあげていく。


 ふたりの話からワルキューレのみんなが雑談程度に話を膨らませていくが、どうもこの世界は軍隊や国の兵士の一般兵の強さが、冒険者と比較して低い傾向にあるらしい。


 兵士は安定しているが薄給で冒険者は一獲千金になるんだって。


 ギルドの上層部はほとんどが引退した元冒険者らしく、一獲千金を狙っていた人が多いので不正が多いんだとか。


「それは貴族も同じでは?」


 ただ、特権階級である貴族のほうが悪いことしてそうなんだけど。


「貴族は体裁とか気にするもの。一般的にはそこまで酷くないわ。それに下手なことをすれば末代まで馬鹿にされるもの。あの男爵みたいなのもいるけど」


 いかん。つい本音をそのまま口にしたら、アナスタシアさんに少し困った様子で笑われた。


 封建社会で貴族の悪口はダメだよね。ましてアナスタシアさんはお父さんが貴族なんだし。


 ただ体裁とか気にしない分、世襲でもない冒険者ギルドのほうが不正をすることが多いというのは皮肉に思えるね。


 日本だとワンマン社長が好き勝手にしているようなもんか。私が知る限りでも労働基準法違反なんて珍しくなかった。


 地方の中小零細企業なんて、そんなものだ。


「そうだ。ゲル君。駄目だよ。いい加減な噂を流したら。私はワルキューレにお世話になっているんですから」


 ギルドの話が一段落して海鮮バーベキューの支度ができた頃、牡蠣を見て思い出した。


 ゲル君があらぬ噂を流したんだった。結局牡蠣売りのおじさんには訂正しに行けなかった。アナスタシアさんたちがわざわざ訂正しなくてもいいからって言うので。


 ゲル君にはちゃんと注意しないと。


「えー、でも……」


 大人として子供にきちんとした教育はしないといけない。将来ゲル君が困るんだからね。


 ただ、ゲル君はなにかを言いたそうにアナスタシアさんたちをちらちらと見ている。


「コータ。私たちと噂になることは迷惑かしら?」


「いえ、光栄ですよ。しかし嘘はみなさんにも世の中にもご迷惑がかかります」


 おかしいな。なぜここで常識人のアナスタシアさんに私が問い詰められているんだろう?


 しかも目の前に立たれると大きな胸が顔の前にくるんですが。少し離れてほしい。


「そう、堅苦しいこと言わないの」


「そうそう。こんな美人と美少女たちを独り占めにしてるんだから。全員オレのモノにしてやるぜくらいに考えないと。ゲル君なんてとっくにそうだよ」


 あの、ソフィアさんとアンさん。突然抱き付いてきたばかりか、なんてことを言うんですか。


 ゲル君だってそんなこと考えて……。ゲル君、そこで視線をそらすのはなぜ?


 ああ、マリーちゃんにスケベと怒られながらどつかれている。


「コータってそういうとこまだ子供よね?」


 ソフィアさんに至っては人を思春期前の子供のように見てるし。失礼な人だ。私は前世では平均寿命以上に人生をまっとうしたんですよ。


「コータもあそこは結構、育っているのにね。エルフって噂ではそういう欲求があんまりないって聞くけど。コータのご先祖様にエルフでもいるのかな?」


「それ俗説。エルフは長寿で他の種族と比較して子供ができにくいだけ。することはしてる。ただコータの祖先にエルフがいる可能性は十分にある」


「えっ、そうなの?」


 アンさんはあっけらかんとしている人だ。人前でも平気で下ネタを話す。ただそういう話は私のいないところでしてください。


 パリエットさんも丁寧に答えなくていいから。日本にエルフはいない。だから祖先にエルフなんていないですよ。女神様からもらった力です。




「はい、焼けましたよ」


「わーい、おいしそう」


「ヒヒーン!」


 女性陣のディープなトークについていけません。私は精霊様たちに焼けたお魚や牡蠣をあげよう。


 ちなみにスレイプ君は未だに小さいままだ。なんか小さい姿が気にいったらしい。さっきまでも馬車にのってターニャちゃんと一緒に遊んでいたくらいだ。


 醤油の焼けた香ばしい匂いが食欲をそそる。


 プリプリの牡蠣も身は大きくて美味しそうだ。


「おおっ、濃厚だ。スゲーうめえ。牡蠣なんか高くて食えなかったんだ」


「これ一個で一日の食費が飛ぶのよね」


 精霊様たちとスレイプ君と少年少女たちに配り終えると、私はワルキューレのみんなの分を焼きながら感想を聞くが、満面の笑みを浮かべる精霊様たちと少年少女たちの様子に嬉しくなる。


 ただ、駆け出しの冒険者であるゲル君たちにとっては、牡蠣は高価な食べ物らしい。


「なあ、どうやったらそんなにモテるんだ? 教えてくれよ」


「みんな子供をからかっているだけですよ。本当にモテる人なんてまったく違いますから」


 ゲル君、君はなんてことを聞くんだ。前世では騙された元妻以外にお付き合いした女性もいない私に、女性のこととか聞かれても困る。


「美味しい食事を作ってくれる。常に気遣って率先して働いてくれる。着ているものがほつれたら繕い物をしてくれる。顔がよくて精霊使いとしてはエルフ以上に優秀。アナタもそれくらいしたらモテる」


 うわっ、パリエットさん。背後から突然やってこないで。びっくりする。


「それって無理だろ!」


「だからコータはモテる」


「……なるほど」


 というか私は家政夫のように働いているから、喜んでもらっているだけのような気が……。


 ゲル君もそんな言葉で納得しない。


 とはいえ、実際私は現状がよくわからないんですよね。


 どうなんだろう。



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