第25話・ひとりでおでかけ

 フルーラの町に来て十日になる。


 懸賞金の支払いのために審議官というお役人がフルーラに来ているらしいが、私には関係ない。


 今日はフルーラから馬車で片道二日ほど行くとあるという、酪農の村に向かっている。


 その村では牛を育ててチーズとバターを作っているとアナスタシアさんに聞いたので、ちょっと見学に行ってみることにしたんだ。


 今回は精霊様たちとスレイプ君との旅でクラン・ワルキューレの皆さんはいない。みんな仕事や予定があるようだが、私はまだ仕事らしい仕事がないからね。


 スレイプ君なら余裕をみても一泊二日で帰れる距離らしく、私たちだけでのんびりとキャンプに行くことにした。


「天気もいいし気持ちいいね」


「ぽかぽかだね~」


「おひるねしたいの」


 スレイプ君の上でのんびりと草原を移動していると気持ちがよくなって、眠気が襲ってくる。


 この世界では町や村を出ると魔物に襲われる心配があると聞いたが、私たちの場合はスレイプ君がいるのでほとんど近寄ってこないらしく暇だった。


「うわ~、綺麗な川だね。飲めるかな?」


「だいじょうぶだよ」


 そろそろ休憩をしようという頃、幅が数メートルの小川が見えた。そこには石の橋が架かっているが、川底が見えるほど綺麗な清流だった。


 念のため水の精霊様に確認を取って、私たちはここで休憩をすることにする。


「うわぁ、美味しい水だね」


「ここのせいれいが、がんばっているんだよ!」


 あまりに綺麗な水に私もキャンプ用の金属のマグカップで水を飲んでみるが、本当に美味しい水だった。


 精霊様たちは、自分たちが頑張っているんだと胸を張っているので褒めてあげよう。


 うん。この水でお茶でも入れてみんなで飲もう。


 キャンプ用のコンロとケトルでお湯を沸かす。というかケトルってやかんだよね? なにが違うんだろう。メニューのアイテムボックスではケトルという名前なんだよね。


 ただ形が少し違ってケトルは底が平らで細長いから、形から名前が違うんだろうか?


「スレイプ君も飲むかい?」


「ヒヒーン!」


 そうか飲むのか。でも彼は大きいし馬だからマグカップでは無理だし。


 うん。鍋がいいな。鍋にお茶を淹れてあげよう。


 お茶のお供はおせんべいだ。もちろん日本のものだよ。女神様がお菓子とかは豊富に買ってくれるから、いろんな味があるお徳用せんべいを何個か購入したんだ。


「このおちゃすき」


「ほっとするね」


 吹き抜ける風は少し冷たいが、太陽の日差しでポカポカと暖かい。


 熱いお茶を飲むと、体の芯から温まる。


 今回淹れたのは玄米茶だ。香ばしい玄米の風味が好きなんだ。おせんべいは精霊様たちには少し大きいので、四分の一くらいに割ってあげている。


「こーた。だれかくるよ!」


「わるいひとじゃないけど、けいかい!」


「おちゃのじゃましたらだめだの!!」


 ポリポリとおせんべいを食べながらお茶を飲んでいると、精霊様たちが遠くからこちらに来る人を見つけた。


 というかまだ地平線の先に米粒ほどしか見えないよ。警戒が必要なのかな?


「スレイプニルだと!!」


「ゴルバか!!」


 やってきたのは商人さんの馬車と護衛だろか。白い幌を張った馬車が三台ならんでいて、壮年の商人らしい男や馬車の御者(ぎょしゃ)がスレイプ君を見ると隠れた。


 だが問題は商人さんじゃない。護衛らしき人たちが明らかにこちらを警戒していて、二十代らしい金髪のイケメン君が剣を抜いているし、同じく二十代らしい不良みたいな目つきの悪い男が槍を構えた。


 後方には更に二十代らしい女性がふたり。魔法使い系だろうか。ローブというソフィアさんが着ている服を着ている。あちらは魔法を使いそうな感じだ。


「やめてください。この子は私の仲間です」


「嘘つけ! ガキがスレイプニルなんか持ってるわけねえ!」


 こちらに敵意はない。それなのに不良みたいな男が先手必勝とばかりに踏み込んでくる。


「ニスク、止めろ!」


 イケメン君が走り出した不良君を止めに入るが、ニクスと呼ばれた不良君は止まらない。


「ヒヒーン!!」


 私も長鉈を抜いて待ち構えるが、接触するまえにスレイプ君の雄叫びのような大気を震わす声が響く。


 そのあまりの迫力あるスレイプ君の雄叫びに、商人さんの馬車を牽いていた馬が泡を吹いて失神してしまい、不良君は固まったように動かなくなってしまった。


「あー、申し訳ない。ここらで少し前からスレイプニルに乗る盗賊がいてな。こっちも警戒していただけなんだが……」


 スレイプ君は不良君を睨んでいて、下手に動けば許さないと言いたげだ。


 そんな中、剣を鞘に収めて動き出したのはイケメン君だった。


 申し訳なさそうに頭を下げてくれたので、私も長鉈を鞘に収めてスレイプ君をなだめる。それと彼らには見えてないだろうが、精霊様たちも踊り始めていた。


 精霊様たちも大丈夫と判断したようで、やれやれと言いたげな表情で早くも飲みかけのお茶を飲んでいる。


「この馬鹿野郎。スレイプニルが手加減しなきゃ、お前は殺されてたぞ」


「てっ、手加減!?」


「あれは威圧しただけだ。その気になればスレイプニルは魔法を使うはずだ。お前なんか一撃だぞ」


 イケメン君は先走りをした不良君を怒っている。確かにあまりにも勝手な行動だ。


 クラン・ワルキューレの皆さんなら絶対にやらないことだろう。


「そうよ。あんたのせいで馬が泡吹いちゃったじゃないの!」


「それにこんな可愛い子が盗賊なわけがないじゃん」


 不良君は仲間のみんなから責められて不貞腐れている。特に女性のふたりは遠慮なく責めているが、不良君は八つ当たりのように私を睨む。それは筋違いでは?


 イケメン君は戦士のアレスさんで、女性はサラさんとヘレンさんらしい。


 サラさんは水と風の魔法使いで、ヘレンさんは炎と土の魔法使いだと自己紹介してくれた。


「コータです。精霊魔法使いです」


「珍しいわね。エルフじゃないのに?」


「テイマーじゃないんだ」


 相手が自己紹介をしたのでこちらも自己紹介をするが、私はいつの間にかサラさんとヘレンさんに囲まれていた。


 サラさんは細身ですらっとしていて、ヘレンさんはグラマーで香水のような匂いがしている。


 ふたりとも初対面で近づいて囲むのは失礼じゃない?


「ちょっとまって、コータ。それ……」


 ああ、わかった。この人たちは私を子供扱いしているんだ。頭を撫でてきたサラさんだが、私の首飾りに気付くと顔色が変わった。


「アナスタシアさんからもらったんです。スレイプニルと一緒だと騒ぎになるかもしれないから、もっていくようにと」


 首飾りには剣と女性が描かれたコインが付いている。


 この首飾りはクラン・ワルキューレの証なんだとか。スレイプニルを連れていると騒ぎになるから持っていけばいいとくれたんだけど。


「アレス。やばい! この子、ワルキューレの印を持ってる! シャレにならないよ!!」


 さっきまでニコニコと頭を撫でていたサラさんは、馬の様子を見ていたイケメン君であるアレスさんを呼んで慌て始めた。


「本当か!」


「そんな冗談言わないって!!」


 まだ不貞腐れているニクスは来ないが、アレスさんと商人さんまで来ると三人は本当に困った表情をしている。


 アナスタシア。やっぱり凄い人なんだね。美人でスタイルもいいし、性格も優しいと、欠点はないんだろうか?


 というかワルキューレの印というのは、時代劇の印籠みたいなものか?


 もっと早くみせればよかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る