第68話・魔人討伐

 ふたりの大精霊様がひかりの粒となって私の中に入ってきた。


「精霊降し……」


 パリエットさんが驚愕の表情で一言つぶやいた声がやけに大きく聞こえた。


 わかる。私は大精霊様たちと一体化したんだ。


 できる気がした。女神様や精霊様たちとずっと一緒にいたんだ。精霊様たちがどんな存在か自分なりに理解しているつもりだから。


 よく見ると私の手が輝いているのが見える。精霊様たちを包む温かい力に私自身が満たされているのがわかるんだ。


「ちっ、神の犬め!!」


 魔人に視線を送ると、明らかに焦りの表情が見える。


「しねぇーー!!」


 そしてその瞬間、魔人を混沌とした力が包んでいた。その力は生きとし生ける者が触れてはいけないものだ。大精霊様がそう私に教えてくれる。


 人の姿だった魔人はそのまま体が膨れ上がるように、この世のモノとは思えぬほどの化け物へと変化していく。


「させないって、言ったわよね!!」


 ただ、奥の手を隠していたのは正妻さんも同じらしい。手にしていた扇子から光の剣のようなモノが……、オーラブレードという闘気を具現化した技にて魔人は右腕が切り裂かれた。


 知らないはずの知識がわかる。大精霊様って物知りだな。


 ああ、正妻さんが私を見た。感じる。次で決めるから合わせろと言っているんだ。


「グウオオオ!!」


 正妻さんの攻撃はかなり効いたらしい。魔人は切られた右腕を押さえて苦しんでいる。


 まるで周りのモノすべてを滅ぼさんと混沌の力と気配を振りまく魔人は危険だった。精霊の陣で踊っていた精霊様たちがワルキューレのみんなとかスレイプ君を守るように精霊の力で結界を張っていた。


 斬られた右手が再生を始めた。万全の状態にしてはいけない。大精霊様がそう教えてくれる。


 正妻さんのオーラブレードが大剣のように大きく輝いた。


 私は右手に握りしめていた長鉈を両手でがっちりと握ると一体化した大精霊様たちに身も心も委ねる。


「終わりよ!!」


 それは正妻さんの渾身の一撃だった。


 人の身長ほどある巨大なオーラブレードが魔人に迫る。


 魔人は先ほどまでの理性的な動きではない。獣のように伸びた爪でそれを防ぐ。


 ああ……、スパークするふたりの力でお屋敷が更に破壊される。この状況でもったいないなと思うのは私だけだろうか?


 体が自然と動く感じがした。大精霊様の知識や経験が私の一部となり動ける。


「オオ……オノレ……」


「帰りなさい。あるべき世界へ」


 長鉈が優しく暖かい力に包まれていた。綺麗な自然のようなそんな力だ。


 私を睨む魔人を憎しむ気持ちは不思議とない。あるべき世界へ帰す。


 それが大精霊様の意思だ。


 正妻さんの攻撃を防ぐので精いっぱいの魔人に私は静かに長鉈を振り下ろした。



「オ……ノ……レ……。ルリー……ナ」


 魔人は手ごたえがないほど、あっさりと斬り裂けた。


 混沌の力と一体化していた魔人は大精霊様の力ですべてが光の粒へと変化して、あるべき世界へと還っていく。


 女神様はこんな存在と戦っていたんだなと思うと、なんとも言えない気持ちになる。


 捨て台詞のように残した言葉がやけに耳に残っていた。


『パンパカパーン! レベルがあがりました! レベル17ですよ。レベルがあがりました。レベルが18ですよ。レベルがあがりました。19ですよ……』


 女神様のアナウンスが聞こえる。これが聞こえるということは、終わったんだね。


 ああ、駄目だ。意識が遠くなる。


 死ぬのかな? でもみんなを守れた。


 それでも悔いは……ない。






「コータ!!!」


 魔人が光の粒となり消えていくのを見ていたワルキューレの者たちは、精霊の光に包まれていたコータが倒れるように崩れ落ちたことで悲鳴に近い声を上げていた。


「大丈夫よ。ちょっと慣れない力を使い過ぎただけ」


 そのまま地面に崩れ落ちるかに思えたコータだが、分離した森の大精霊シルヴァに抱きかかえられるように受け止められていた。


「おうちこわれちゃった」


「きれいなおうちだったのに……」


「もどしてあげよう! おいしいごはんのおれいに!」


「うん。もどしてあげよう」


 頑丈な屋敷故に倒壊はしなかったが、綺麗な屋敷や庭は見る影もないほど破壊されていた。精霊たちはその光景に悲しみ、自分たちが直してあげようと、疲れているのにも拘らず再度精霊の陣で奇跡を起こす。


「うそ……」


「屋敷が直った?」


 その光景に最近は奇跡にも慣れているワルキューレのメンバーも驚くが、とりあえずは残る黒づくめの賊たちを捕らえて街中の魔物の討伐が必要だった。


 彼女たちは協力して動き出す。


「これは大精霊のおかげなのでしょうか?」


「いいえ。精霊たちがしたのよ。美味しいご飯のお礼だって」


 この場に残ったアドリエンヌはさすがに目の前の奇跡に戸惑っていて、我に返ったように大精霊のふたりに事情を尋ねるが、精霊たちのおかげだと知ると深々と頭を下げた。


 正直食事くらいでいいのならいくらでも用意する。半壊状態の屋敷と庭をもとに戻すだけでどれだけの費用がかかるかわからないほどだ。


 すぐに精霊たちにお礼の食事を用意するべく命じて精霊たちを喜ばせた。


「それにしても、この子は……」


「勘違いしないで。コータは使徒でも勇者でもないわ」


 シルヴァの腕の中でまるで子供のような無邪気な寝顔を見せるコータに、アドリエンヌは改めてその素性が気になったのか口を開くが、シルヴァは彼女の勘違いは正すように間違いを訂正していた。


 ただし、彼女は言えなかった。コータがルリーナに愛されているのだと。


「承知いたしました」


 その意図はアドリエンヌにも完全に把握はできなかった。


 たしかに魔人はコータに向けて言ったのだ。神の犬と。そして最後に口にした女神であるルリーナの名を彼女は聞いている。


 ただ、大精霊は神に等しき存在として認知されている。種族によってはそれこそ信仰の対象なのだ。


 まして恩人であるコータを望まぬ地位や使命で縛るなどする気はない。


「くーん」


「わふ!」


「ヒヒーン!」


「うふふ、あなたたちも頑張ったわね。お礼に御馳走がいただけるそうよ」


 スレイプ君は再び小さくなっていて、仔フェンリルの二匹と一緒にオレたちも頑張ったぞとアドリエンヌとシルヴァと海の大精霊であるシーアの周りを駆けていた。


 シーアはそんな彼らに御馳走のことを告げると彼らは更に嬉しそうに騒いでいた。


「しかし、なぜ魔人が……」


「魔人はいつでも隙を窺っているわ。人間たちは少し隙を突かれたみたいね」


 町のほうも大きな問題はなく、いつもと変わらぬ朝陽が昇りそうだった。


 そんな光景にアドリエンヌはほっとしつつ、魔人という無視できぬ脅威に心は完全に晴れなかった。


 シルヴァはなにか知っている様子ではあったが、なにも言わぬまま言葉が途切れる。


 今は魔人相手に死人が出なかったことを喜ぼう。そう考えて眠るコータを見ていた。



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