第70話・蠢くモノ

「戻らぬか」


「あの野郎。どこをほっつき歩いてやがる!」


 侯爵領の外れにある森の砦では黒衣の男がふたり、じっと誰かを待っていた。


 彼らが待っていたのは魔人である。


 そう、侯爵邸を襲撃した魔人を彼らは待っているのだ。


 約束の時間はとっくに過ぎている。とはいえ魔人という己に自信とも過信とも言えるものがあり、協調性に欠ける欠点がある。二、三日遅れていたり約束をすっぽかすことも珍しくない。


「負けたのやもしれぬな」


「竜殺しか? 魔人には勝てないんじゃなかったのか?」


 ひとりの男はふと予感めいたものを感じたようで、待ち人がすでにこの世にいないのではと感じている。もうひとりの男はその可能性は低いと見ているらしい。


 瓶のワインをそのまま飲みつつ、苛立ちをみせていた。


「竜殺しが勝てないとは言ってない。任務遂行の障害ではないといったのみ。侯爵と主力は盗賊退治に出ている以上は、潜入して目的の品を持ち帰るだけならば問題はなかったはずだ」


「ガハハハッ。そいつは無理だな。あの野郎が大人しく人の指示を聞くはずがねえ。絶対竜殺しと殺り合っているはずだ」


 すでに東の空が明るみ始めている。待ち合わせの時間から十二時間は過ぎている。


 男たちはもう待つだけ無駄だと言いたげな表情であった。


「エルフといいホワイトフェンリルといい、今回は少しばかり想定外なことが起きている。情報が漏れたか?」


「そりゃあ漏れるだろうさ。互いに殺し合わないだけマシな関係だ」


 イレギュラーが多いと慎重な男はその理由を考え込む。まるで誰かが邪魔をしているような、そんな気がしていた。


 もっとも酒を飲んでいる男からすると、そんなこと当然だった。彼は生死の狭間で殺し合うのが好きなだけで、あとはどうでもよかった。彼もまた魔人であり、魔神の力を得た者であるが、その魔神ですらぶっ飛ばしてやりたいと公言するような男なのだ。


「神にかぎつけられたか?」


「ほう、そいつはおもしれえ。神とは一度殺り合ってみたかったところだ」


「お前では神には勝てん」


「なんだと、てめえ。興ざめすること言うなら、てめえからぶっ殺すぞ!」


 当然慎重な男も魔人だ。神の敵であり、世界の敵でもある。


 ただ慎重な男は神を知っているような口ぶりだ。そんな男の言葉に酒を飲んでいた男が激怒すると一触即発の雰囲気になる。


「あーら、楽しそうね」


 その雰囲気を変えたのは、砦に入ってきた一人の女だった。


 見た目の年は十代後半だろうか。真っ白い髪をしている。服は露出度の高く、自慢なのか胸を強調するような姿だ。


「ミーア。侯爵はどうした?」


「盗賊を全滅させて帰ったわ。なかなかいい男だったわね。でも私の趣味じゃないの。どこかに私を夢中にさせてくれる男はいないかしら?」


 女の名はミーア。彼女も魔人であり、侯爵の監視をしていたのだ。慎重な男に問われるまま報告をしていたが、まるで獲物を狙う獣のような目をしている。


「で、どうすんだ? まだ待つのか?」


「引き上げよう。あれの中身は我らには重要ではない」


 魔人が負けたのならば気付かれたかもしれない。慎重な男はそう判断して撤退を決断した。


 魔人の闇はまだまだ深い。






 女神様は朝起きるとみんなに見つかる前に帰った。仕事があるらしい。詳しくはまた今度話すからと言われて、危ないことはしないと約束させられた。


 危ないことはしない。でも戦わなければならない時が来たら戦う。目の前で大切なひとたちを奪われるのはごめんだ。


「おはようございます」


「コータ!?」


「体は大丈夫!」


「はい。丸一日寝たら治りました」


 アルティさんには女神様のことは秘密にしてもらった。隠さなくてもいいのかもしれないけど、女神様から指示があるまでは言わないほうがいいのかもしれないからね。


 時間は魔人と戦った翌朝だ。正確には夜中に目を覚ましていたんだけどね。部屋を出てみんなのいる食堂に行くと心配をかけていたみたいで笑顔で迎えてくれた。


 でもだきしめるのは優しくしてください。胸で息ができないと苦しいです。


「あのね。ごちそういっぱいもらったんだよ」


「がんばったごぼうびをもらえたの!」


 精霊様たちも朝起きたら私が元気だったことを喜んでくれたが、正妻さんがみんなに御馳走をくれたようで精霊様たちが喜んで教えてくれる。


「コータ。あなたのおかげで魔人を倒せたわ。礼を言います」


「いえ、元はと言えば私たちが原因ですので」


 そしてワルキューレのみんなに解放されると、相変わらず優雅にしている正妻さんにお礼を言われるが心苦しい。


 連中が狙っていたのは私たちが持ち込んだ財宝なんだからさ。


「それは違うわ。魔人は世界の敵。遅かれ早かれぶつかるのが宿命なのよ。アナタがいなければこの町は滅んでいたかもしれない」


 とても魔人と互角に戦った人だとは思えなかった。箸より重いものをもたなそうなのに。


「あの、その扇子はなんなんですか?」


「これ? 私の武器よ。昔ダンジョンで手に入れたオリハルコンとか使って作ったの。これなら魔人が相手でも戦えるわ」


 ちょっと気恥ずかしいから話を変える。でも、檻はるこん? なんかの素材なんだろうな。檻に使う金属かな?


 見た目はただの扇子にしか見えないのに凄い武器だ。


「コータ。事態はすでに個人で手に負えるものじゃないわ。ワルキューレとアナタとパリエットには侯爵家から依頼するつもりよ。この裏にあるモノをあぶり出して決着をつけるわ」


 パシっと扇子を閉じた正妻さんは今後のことを口にした。


 やっぱりそうなるんだね。なんとなくそんな気がしていた。


「ほかに方法はないわ。魔人が国の中枢と繋がるのを放置するわけにはいかないの。過去には魔人に暗躍されて人間の国家同士で大規模な戦争が起きたことがあるわ。彼らの目的は世界の滅亡と神々を滅ぼすこと。逃げ場なんてないのよ」


 私の表情から考えを読んだのだろう。正妻さんは確固たる決意で逃げ場がないことを教えてくれた。


 そう。魔人が関わることでないならばまた違ったはずなんだ。


「はい。わかりました」


「ごめんなさいね。アナタのような若い子を巻き込んで。でもアナタたちのことは私と旦那様の名に懸けて必ず守るわ」


 女神様に怒られるかな? でも守れるなら守りたいじゃないか。隙間風の入るアパートでひとり生きていた私を優しく迎えてくれた女神様とこの世界を守りたい。


 実のところ私だとどうしていいかわからないので、助かるんだけどね。


「こうしてコータはハーレム王への道を歩むのであった」


「ソフィアさん、そんな道は歩みませんよ。悪質な冗談はやめてください」


 ちょっと真面目な雰囲気をぶち壊したのは魔法使いのソフィアさんだった。


 そもそも私に人の上に立つのは無理です。ハーレムもどうしていいかわからないし。


「コータの活躍を見ていたらお姉さん妊娠しそうだったよ」


「いや、そんなことで妊娠しませんから」


 それに便乗する形で斥候のアンさんはお腹をさすって妊娠だなんて言い出すし。


「へぇ。じゃあ、コータに教えてもらおうかしら? どうしたら妊娠するのか」


 いかん。アンさんの悪ノリが始まった。


 ニヤニヤとからかうように絡んでくる。中身は老人なんだよなぁ。いい加減教えたほうがいいのかもしれない。



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