第42話・ウナギの効果

 うん。ウナギとは思えないほど肉厚だ。


 さっそく味見をしようと思ったが、周りではみんながじっと見ているね。


 うん。ここで私ひとりで味見するとまた抗議される。みんなで捕ったんだ。このまま白焼きにして、みんなで味見することにしよう。


 炭火は蒸している間に準備してある。串はバーベキュー用の鉄串でいいよね。


「へぇ。そこから焼くのね」


「おいしそうなの」


「はやくたべたいよ!」


 なんというかワルキューレのみんなと精霊様たちの圧が凄い。そんなにしなくてもあげるから。


 火は蒸した時に通っていると思う。あとは表面を香ばしくなるまで焼けばいいはず。


「でもさ。コータといると野営が楽しいわね」


「確かに。魔物を警戒しながら固いパンと塩辛い干し肉を食べて、夜を過ごすのとまったく違うわ」


 炭は備長炭だ。強烈な火力でウナギが焼けるいい匂いがしてくる。


 ただ、アンさんとベスタさんが話している話がふと耳に入ると気になった。


「雨が降ったらどうするんですか?」


「どうもしないよ。町とか村なら出発を延期するが、外ならどうしようもない。あんまり無理させると馬が病気になるしね。それに雨が降れば索敵範囲が狭くなる。なるべく安全なところで動かないのが基本だよ」


 私の場合は野営というよりキャンプだからなぁ。


 ああ、雨が降った時のために馬たちとスレイプ君が入れるテントを取り寄せようか。こっちの天気はわからないが、いつ降ってもおかしくない。


「それで完成?」


「ええ。味付けは塩かワサビ醤油で。ワサビ醤油はちょっと辛いですから気をつけてください」


 うん。一口サイズに切って先ほどの水龍の鱗を洗って、それをお皿にしよう。


「コータ。それ、水龍の鱗だよ?」


「綺麗ですし、お皿にちょうどよくありません?」


「確かに綺麗だけど……」


 変だな。水龍の鱗に盛り付けるとワルキューレのみんなが引き攣っている。でも精霊様たちは綺麗だと喜んでくれているのに。


「……美味しい」


「このワサビ醤油のツンとする辛みいいわね」


 さあ、味見だ。ワルキューレのみんなの評判は上々だ。精霊様たちは言うまでもない。


 私もひとついただこう。


「大きいから大味かと思ったのに美味しいですね」


 うん。美味しい。柔らかいし油っぽいとか泥臭いとかない。これはかば焼きがたのしみだなぁ。


「エレキスネークって、こうやって食べると美味しいのね」


「もともとあんまり見る魔物じゃないのよね。水中だし、危険な割に捕ってもあんまり美味しくないし、素材も売れないから誰も捕らないんだけど」


 もぐもぐと食べながらアナスタシアさんとソフィアさんは、エレキスネークという電気ウナギ君のことを教えてくれた。


 雷撃魔法さえ気を付ければいいらしいが、肝心の雷撃魔法が危険なうえ、水中の魔物はそもそも冒険者はあまり狩らないんだそうだ。


 電気ウナギ君もそのままぶつ切りで焼くか煮るかしかないが、正直わざわざ食べたいほどでもないみたい。


 変だな。精力が付くとかないのかな?


「さて、味見もしましたし、本番にいきますか」


「えっ!?」


 味見もしたし本番のかば焼きだと思ったが、周りの全員に驚かれたような顔をされた。


 まだたくさんあるでしょう?


 追加で蒸している分からはかば焼きにしようか。あと昨日のワイバーンは臭み抜きのために煮込まないといけない。あれは時間がかかるから夜にやっておかないと。


明日のお昼のおかずにでもしたいんだよね。


 何故か最初からクーラーボックスに入っていたウナギのタレ。女神様が用意してくれたものだ。こんな事態を予想していたんだろうか? それともただ自分の好きなものを入れただけなんだろうか?


 うん。かば焼きと白焼きを作ったらクーラーボックスに入れておいて、女神様に献上しよう。お仕事大変そうだし。


「いいにおいがするの」


「さっきとちがうにおいだ!」


「美味しそう」


 蒸したウナギにタレを付けて焼くと、タレが焼ける香ばしい匂いが周囲に広まる。


 精霊様たちとパリエットさんやソフィアさんは炭火の前で食いつくようにウナギを焼くのを見ている。


 なんか緊張するなぁ。当然ウナギを焼くのは初めてなんだよ。


 先に炊き上がったのはご飯だった。


「あっ!?」


「どうしたの!?」


「重箱がない……」


 もうすぐ最初のかば焼きが焼けるという頃、大変なことを思い出した。かば焼きを盛り付ける重箱がないんだ。


「重箱って?」


 ワルキューレのみんなと精霊様たちは何事だと注目するが、入れる容器だと教えるとお皿でいいとあっさりしている。


 でもうな重は重箱じゃないと……。


 仕方ない今日はうな丼で我慢しよう。どんぶりならあるんだ。


「その米ってもの、好きよね。コータって」


 ほかほかのご飯をどんぶりに盛り付けると、マリアンヌさんが不思議そうに声をかけてきた。


 日本人だと当たり前のご飯が、この世界ではない。私はキャンプスキルで女神様に頼むと届けてくれるから本当に助かっている。


 育った環境なんだろうね。ワルキューレのみんなもご飯は美味しいと言ってくれるが、毎日なきゃ物足りないというほどでもないみたい。


「おいしそうなの!!」


「おなかぺこぺこだよ!」


 今日の夕食はうな丼とお吸い物だ。デザートはなんか別に作るが。


 みんなで一緒に食べたいというので、全員分が焼けるまで冷めないように炭火の上で暖めながら全員分を焼いた。


 やっぱりうな丼のタレの焼けた香ばしい匂いは食欲をそそる。


 精霊様たちは地元の精霊様たちも加えて、さっそくスプーンで豪快に掻き込むように食べている。口の周りにご飯つぶが付いている子もいるね。


「エレキスネークって、こんなに美味しいなんて……」


「コータって、やっぱり料理人なの?」


「こんな美味しいもの食べたら、不味い干し肉の生活が出来なくなるよ~」


 よかった。ワルキューレの皆さんにも好評みたいだ。


 というか泣きそうな表情で美味しいと連呼してまで食べてもらえると、作った甲斐があるね。


 どれ、私もいただこうか。


 うーん。私の場合はスーパーの特売のウナギしか食べたことないのでわからないが、あれより断然美味しい。


 中はふっくら外は香ばしく、臭みもないし脂が乗っていてタレがよく合う。


「お代わり!」


「おかわり!!」


 おっ、さっそくお代わりがきた。


 任せてくれたまえ。お代わりの分はたくさんあるのだよ。電気ウナギ君をみんなで食べ尽くそうではないか。






「ねえ、なんか寝られなくない?」


「エレキスネークは精力が付くたべもの。エルフの里では子供が欲しい夫婦や妊婦さんがよく食べる」


 相変わらず野営とは言えない豪華な食事をしたこの日の夜。


 女性陣のテントでは女性陣はなかなか寝付けなくて話をしていた。


 なぜだろうと首を傾げるワルキューレの面々だったが、理由はパリエットが知っていた。普通の人族は滅多に食べないのであまり知られていないが、エルフ族ではエレキスネークは精力がつく魔物として有名のようだ。


「まさかコータはそれを知っていて……。ってそんなことあるわけないわね。コータだし」


 女性ばかりの野営でこんなものを出せば、アピールだと思われても仕方ない。とはいえ水浴びで素肌を見ても無反応のコータではそれもあり得ない。


 紳士といえばそうなんだろう。実際コータはアンやソフィアが抱き付いても、まるで貴族のように紳士的に対応しているし、日頃から女性陣を気遣ってくれる。


 しかしまったく無反応だったことは、女性として少し面白くないのがワルキューレの面々の本音だった。


 念のために言っておくがワルキューレの面々はモテる。男に言い寄られることも珍しくないのだ。


「コータは子供と言うより、トラウマでもあるみたいなのよね」


「母親に虐待されていたとかあるのかも。孤児院だとそんな子は女性を避けることがあるわ」


 十三歳といえば、そろそろ色気付(づ)いてもおかしくないというか、もう少し色気付いてないとおかしい。


 ただアナスタシアとマリアンヌは、そのことについて多少気付いていた。


 マリアンヌの推測はコータの正体を知らないので少し見当違いだが、中身が老人のコータは肉体的な欲求よりも過去のトラウマや経験がブレーキとなって、少し枯れたような感じになっている。


 もっとも女神ルリーナはコータが多くの女性と愛し合い幸せになるようにと、容姿を自分の好みに変えたばかりか、コータが最初に行った村にもソフィアが行くことを知っていて近くに送ったので、現状はほぼ女神ルリーナの思惑通りなのだが。


 無論コータ自身はハーレムなんて望んではいないのだが、半ばおせっかいでそんな状況に送り込まれた結果であった。


 ちなみにコータは精霊たちと一緒に寝ていて、すでに夢の中である。


 丈夫な体のスキルがあるコータに、エレキスネークの精力がつく効果はあまり意味がなかった。



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