チートキャンパーとドジっ子女神様の異世界旅情記
横蛍
プロローグ
私の名は
八十歳を過ぎた年齢で死を待つだけの男だ。
目の前に見える天井を見るだけの毎日。
すでに手遅れで苦痛を和らげるだけの日々。
看病してくれる身内もおらず、ただ人生の終わりを迎えた。
「貴方はお亡くなりになりました」
気が付くと目の前には天然そうな女の子がいた。年のころは十代半ばで。まるでドジっ子のような、と言えばわかりやすいか。輝くオーラの金髪のドジっ子。
「ドジっ子って失礼ですよ! これでも立派な三級神なのです」
「すみません。……あれ、私、そんなこと言いましたっけ?」
「ふふん。私ほどの女神になると、読心術なんておちゃのこさいさいなのです!」
薄い胸を張って自慢げに語るが……といかん。相手は心が読める神様?だった。
ここは不思議な場所だ。周囲は一面のお花畑に囲まれていて、そこに何故か景色を台無しにするように乱雑に散らかってるデスクがある。
女神様のデスクらしい。
整理くらいすればいいのに。
「わっ、私は忙しいのです!」
「申し訳ありません。それで私はどうしてここによばれたのでしょう?」
なんか慌てて言い訳をしている女神様に危険な予感がした私は、余計なことを考える前に本題を促した。
「そうです。あなたは幸運にも異世界に行く権利に当選しました! よかったですね。チート付きですよ。チート!」
パッンとクラッカーを鳴らした女神様にとんでもないことを言われる。異世界というのは昔のアニメとかで見た、人間界に勉強に来る世界のことだろうか? 魔法使いとか妖怪とかが住んでる。
チートってなんだろう。
「せっかくですが辞退します。普通にしてください」
何故かわくわくした様子の女神様には悪いが、私は異世界とかチートとかよくわからないものには、あまり興味がない。
私の生前は運が悪かった。両親に捨てられたことから始まり、学生時代はイジメられていた。
社会に出ても就職した会社が違法行為に手を染めていたことで潰れてしまい、なにもしていなかった私まで犯罪者のように扱われた。
それでもなんとか再就職して結婚したが、今度は妻が元カレと共謀して私にDVを受けたと嘘の告発をしたことで、私は慰謝料と遺伝子的には他人の子の養育費の支払いでその後の人生を過ごした。
やっと自由になったかと思ったら病気で人生を終えたんだ。いつかいいこともある。そう前向きに考えながら人生を終えた。
もう八十を過ぎた身としては、今さら異世界に行きたいなんて思わない。
輪廻転生なんてものがあるのか知らないが、仮に転生するなら記憶も過去もリセットして普通に生きたい。
「ぐすっ……、ぐすっ……、可哀想です。でも大丈夫! 今度は私が必ず幸せになれるように異世界に送ってあげます!!」
「いえ、ですから異世界は辞退すると……」
あれ、この女神様。私の話を聞いてない。
なんか勝手に私の異世界行きを決めちゃいそうなんだけど。
でもいい人、というかいい女神様だ。会ったばかりの私の過去に涙を流してくれるなんて。
「貴方はどんな人生を歩みたいですか? 英雄になるもよし、王侯貴族になるもよし、ハーレムも可能ですよ!」
必死にわたしのことを考えてくれる女神様に辞退するなんて言えなくなった。
「では、のんびりとキャンプでもしながら異世界で旅をしたいですね」
昔あった夢を思い出した。温かい家庭を作って、家族でキャンプにいくこと。
あいにく元妻が嫌がったので実行できなかったし、離婚後はそんな余裕なんか無かったので経験はないが。
「キャンプ?」
「もしかして知りませんか?」
「知ってますよ!! 神である私に知らないことなんてないのです!」
しばし固まった自称女神様は、多分キャンプを知らなかったのだろう。
少し慌てた様子であわあわとパソコンのようなものを調べていた。
「ええ。完璧です! さすが、私! これであなたの異世界ライフはパーフェクトです」
なにか作業をしていた女神様は自信満々に自画自賛しているが、物凄く不安になる。
「あの神様?」
「さあ、行きますよ! レッツゴー!!」
ああ、この女神様は人の話を聞かない人だ。勝手に自己完結して話を進めてるよ。
しかも、レッツゴーって。死語では……。
ああ……。意識が遠くなる。
異世界かぁ。
目を開くと真っ青な青空が見えた。
周りは見知らぬ森の中の川辺だ。人工物の一切ないそこはまさしく大自然の真っ只中と言えるだろう。
「夢じゃないようだな」
さらさらと流れる清流の音が私を落ち着かせてくれる。ここが夢でないのはすぐにわかった。
ということはあのドジっ子女神様も……。
嫌な予感がする。
とはいえせっかくの機会だ。新たな人生を楽しもうか。
私の格好は丈夫そうなキャンパーみたいな格好だ。荷物は鉈にしては長い長鉈?とリュックを背負っている。
鏡がないので姿はおおよそしかわからないが、キャンパーらしい格好なのかもしれない。
というかここは異世界なのだろうか? 私がしたいのはキャンプであって、サバイバルがしたいのではないのだが。
でもあの女神様、キャンプを分かっていない感じだったしな。
裸一貫で見知らぬ異世界とやらに放り出されるよりマシか。
「よし、荷物の確認だ。地図くらいはあると信じたい」
……。
…………。
………………。
地図なんてなかった。
というかこのリュックどうなっているのだろう? 明らかに入っている荷物とリュックの大きさが合ってない。
あれか、アニメの青狸君のポケットみたいなリュックなのか?
それと荷物はキャンプ用品らしいものがいろいろあるが、使い方がわからないものがたくさんある。
荷物にお金が一円もないのも困った。異世界にはお金がないんだろうか?
とりあえず今日の夜をどうするか考えないと。野生動物とかいるだろうしなぁ。危険な野生動物とかいないといいんだけど。
今日は近くの川辺でキャンプをすることにした。
もうお昼は過ぎているだろう。見知らぬ森を今から歩いて抜ける自信がない。
でもテントはどうやって建てるんだろう? 多分これがテントだよね?
仕方ない。先に食糧と薪でも拾いに行こうか。
森は鬱蒼と生い茂る草木で覆われていて人の入った形跡はない。長鉈で草を払いつつ、落ちている木の枝を拾っていく。
食べ物はないなぁ。木の実はあるけど知らない木の実ばっかりだ。しかも木登りなんてできないから取れない。
ああ、梨みたいな果物が実ってる木がある。あれなら下の方は長鉈で届きそうかも。
うん。梨もどきを三つ手に入れた!
『パンパカパーンカパーン。採取スキルを獲得しました。おめでとうございます! 初めのスキル獲得記念に私の加護をあげちゃいまーす。よかったね~!』
「女神様?」
今、女神様の声がしたんだけど。姿は見えない。なんだったんだろう。
採取スキル? スキルってなに? 籠? どこにあるの?
女神様を呼んでも答えが返ってこない。
まあ、いいか。
さあ、川から適度に離れた場所でキャンプの準備だ。
まずはテントを袋から出してみよう。
「あれっ!? あれれ!?!?」
てっ……テントが、袋から出したテントが勝手に組立ってしまった。自動組み立てテント? 神様仕様なのだろうか?
見事なドーム型のテントだ。
中を覗くとシュラフがある。
あとはリュックの中に色々なものがあり過ぎて把握できないが、キャンプらしいチェアがふたつに、テーブルはサイドテーブルと調理もできそうな大きなテーブルがある。あとはランタンもあるし、クーラーボックスとかバーベキューコンロもあるな。
テントの前にチェアとサイドテーブルを置くと、一気にキャンプらしい光景になる。
ただマッチとかライターがないから火種はコンロだけか。でもこれ替えの燃料ないけど、どこかで買えるのかな?
あっ、釣り竿がある。
餌がないなぁ。その辺の石の下とかに虫でもいないかな?
今夜は焼き魚にしよう!
『パンパカパーン! 釣りスキルを獲得しました。レベルが1上がりましたよ! ステータスをチェックしてね~』
「女神様!?」
適当な虫で魚を釣ること三匹目。餌がなくても釣れることが判明した。というか入れ食い? これも神様仕様の釣竿か?
そろそろやめようかと思った五匹目を釣ったところで、また女神様の緊張感の無い声が響いた。
レベルってなんだろう。ステータス? なにそれ?
異世界って難しい。
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