第72話・コータ。自分の噂を知る

「ごめんください。冒険者ギルドから来た者ですが……」


 冒険者ギルドに登録したので、この日はさっそく働くことにした。最初の依頼は鍛冶屋のお手伝いだ。初心者向けの優しい依頼だね。


「おう、来たか。……坊主、大丈夫か? 力仕事をさせるんだが」


 依頼主の鍛冶屋さんに来るとドワーフの鍛冶職人が出迎えてくれた。小柄な体に髭を生やしていて、少し気難しそうな感じだ。


 ただ、来て早々少し困った顔をされた。うん。我ながら貧弱な子供にしか見えないからね。この世界では私くらいの年でも働くのが当然だが、仕事内容が肉体労働だったから戸惑うのも無理はないだろう。


「大丈夫です。よろしくお願いいたします!」


 わらわらと付いてきた精霊様たちは、鍛冶屋さんの店内を物珍しそうに見ている。そういえば私もこの世界の鍛冶屋さんは初めてだなぁ。


「まあいいか。じゃ、商業ギルドから鉄鉱石を受け取ってきてくれ。一度に運べんだろうが、ゆっくりでいいからよ」


「はい!」


 不安げなドワーフさんだが、大丈夫だよ。こう見えてもレベルは結構高いんだ。先日の魔人との戦いでまたレベルがあがったんだ。


 最初の仕事は町の商業ギルドから鉄鉱石の運搬か。よしやるぞ!




「大きいな」


 商業ギルドは町の中心にある結構大きな建物だった。たしか裏に回って注文書を提示して鉄鉱石を受け取るんだっけか。


「いらっしゃいませ。あら、侯爵様のところの……。どうぞ中へお入りください!」


 裏にある倉庫の受付のお姉さんが、私の顔を見て驚いている。初対面だよね? なんで顔を知られているんだろう。


 うん? 私は鉄鉱石を受け取りに来ただけですが? なんで奥に案内されるの? というかここ応接室だよね?


「初めまして。コータ殿。私はこの町の商業ギルドを任されております。ギルベルトです」


 変だ。なんで商業ギルドの偉い人が出てくるんだ?


「あの、実は……」


「登録でございますね。もちろんすぐに……」


「いえ、鉄鉱石を受け取りに来たのですが……」


「……はい?」


 うん。あの受付のお姉さんが勘違いしたんだね。壮年の紳士のようなギルベルトさんが、驚きの表情で固まった。


 注文書を見せるとそれと私の顔を見て目を白黒させている。


「ええ。すぐに用意いたします。鍛冶屋まで運ばせましょうか?」


「いえ、私が運ぶので用意していただくだけで十分です」


 冒険者ギルドの登録の話でも聞いて、今度は商業ギルドの登録に来たと勘違いしたんだろうな。この町に来てからは大人しくしていたはずなのに。


 でもまあ商業ギルドの関係者なら、侯爵様のお屋敷に泊まっている人の顔と名前くらいは知っているよね。


 それはいいが、運ぶのは私の仕事です。取らないでください。


「荷馬車を用意したしました。どうぞお使いください」


 お互い大人だ。勘違いしたことは指摘もしないし、笑ったりなんかしない。商業ギルドは勘違いをしたお詫びなんだろう。荷馬車を貸してくれた上に、鉄鉱石をすでに積み込んでくれていた。


「ありがとうございます」


 ここは素直に厚意を受け取っておこう。荷馬車を引く馬と精霊様たちが戯れているが、そんな姿を見ながら鍛冶屋さんまで戻る。


「おう、坊主。戻ったか? ……って荷馬車なんか持っていたのか?」


「いえ、商業ギルドで貸してくれました」


「貸すっていくら払った?」


「お金は払っていませんよ」


「珍しいな。あの欲張りなギルドが……」


 鍛冶屋さんに戻ると、指定された場所に鉄鉱石を下ろしていく。麻のような丈夫そうな布に入っているのでそれを運ぶだけだ。精霊様たちは荷馬車の馬に水や野菜をあげてお話ししている。


 どうも商業ギルドの馬の管理する人は馬使いが荒いらしい。馬が愚痴っていると精霊様が教えてくれる。


 途中でドワーフさんが鍛冶場から姿を見せて馬車に驚いていたが、私は人の失敗を言いふらすなんてしない。


「ところで、お前のその剣。ちょっと見せてくれねえか?」


「いいですよ。どうぞ」


 荷物を運んでいると、荷馬車に立てかけておいた鉈剣にドワーフさんが興味をもった。女神様から頂いた大切な武器だからあげられないけど、見せるくらいなら構わないだろう。


「こいつはすげぇ……」


 ドワーフさんは鉈剣を手に持つと唸っていた。まさか伝説の聖剣とかじゃないよね? 困るよ。


「凄いんですか?」


「なんだ、知らねえで持っていたのか?」


「恩人が旅に出る時にくれたんです」


「なるほど。オリハルコンとアダマンタイトになんかを混ぜた合金だな。遺跡あたりから出てきた代物だろうよ。今の世でこんな代物を作れる奴はいねえ」


 また檻はるこんって金属だ。この世界の凄い金属なんだろうな。今度侯爵様の書斎で調べてみよう。


「そうなんですか」


「ああ、ただ不思議な点がひとつ。普通ここまでくれば剣に属性のひとつやふたつがついていたりするが、こいつはただの剣だ。惜しいな。属性がついていれば聖剣並みの代物だったのに……。まあ付いてないから坊主がもらえたんだろうがな」


 それ女神様がくれたんだよなぁ。あえて属性なんて付けなかった気がする。欲しいのが聖剣じゃなくてキャンプで使える便利な刃物だったし。


「ぞくせいなんていらないの!」


「ぼくたちのちからをつかうのには、あれがいちばんなの!」


 ああ、剣の属性のことは精霊様たちが教えてくれた。どうも精霊様の力を使うには余計な属性は邪魔らしい。


 ちょっと待てよ。ということは、もしかすると女神様は始めから私と精霊様を会わせる気だったのか?


「あー!!」


 精霊様のお話を聞いていたら、ドワーフさんが突然驚いたような声を上げた。


「どうしました?」


「お前、ワルキューレのメンバーだったのか!!」


「あっ、はい」


 ああ、ワルキューレのメンバーの印である私の首飾りを見て驚いたのか。自己紹介はしたが、クランは言わなかったからな。初心者向けの仕事だし必要ないかと思って。


「なんでワルキューレのメンバーがこんな雑用をしに来たんだ? 食うに困ったわけじゃあるまいに」


「先日初めて冒険者ギルドに登録したので仕事がしたくて。肉体労働のほうが性にあっているんですよ」


「……お前。もしかしてスレイプニルとウルフ連れの精霊魔法使いか?」


「はい。今日は侯爵様のお屋敷でお留守番してもらってますけど」


 あれ? 明らかに戸惑うような感じに変わった。なぜだ?


「町を救った英雄を、オレはあごで使っちまったじゃねえか!」


 ドワーフさんは困った様子で頭を抱えてしまった。ちょっと待って、そんな噂になっているの!?


「町を? 魔人のことですか? あれなら私ではなくアドリエンヌ様ですよ」


「おめえも戦っていたんだろ? 見た奴が騒いでたぜ。勇者みたいだったってな」


「もしかして、噂が広がってますか?」


「そりゃ広がるだろ。ワルキューレのメンバーで魔人から町を守った恩人だ。知らねえ奴はいねえ。ただお前さんが噂以上に普通だったんでな」


 聞いてないなぁ。教会とか孤児院とかに行っても騒がれることなかったし。


「まあ、いいじゃないですか。今日はギルドの依頼で来たんですし」


「おめえ変わった奴だな」


 そんなことより仕事だ。評判とか噂よりも引き受けた仕事はきちんとしないと。どうせ評判なんて、なにかあれば一気に悪評に変わる。地道に働くのが一番だからね。



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