第80話・コータ、少年少女たちと休憩する
心地いい風が吹いていた。風の精霊様は嬉しそうに風に身を任せながら踊っているよ。町の外は畑が一面にあって野菜や麦が育っている。ライ麦っぽいね。黒パンの原料だろう。
「ウォーン!」
「ウォーン!」
仔フェンリル君たちはのびのびと畑の作物の間を走りつつ、声を上げた。小さくなっているスレイプ君も続いているね。こうしていると三兄弟に見えるから不思議だ。
「思っていた以上に見にくいね」
先ほど畑の持ち主の人に挨拶した時に聞いたら、来るときは一日に数回ほど魔物が来ることもあるが、来ない時はまったく来ないんだそうだ。倒せばお駄賃をくれると言っていたが、無理をしないで追い払うだけでもいいんだって。
厄介なのはネズミやモグラの魔物だと言っていた。確か名前は草原ラットとビッグモールだったね。草原ラットは作物の茎や根本を齧ってしまうらしく、ビッグモールはあちこちに穴をあけて畑を荒らすらしい。
作物が一面に生い茂る畑は視界もよくなくて見にくい。一般的な新人冒険者はこういう安全でありながらも見にくい場所で魔物の探し方などを学ぶのかもしれない。
「こーた、どうしたの?」
「魔物がいないか、探しているんですよ」
私もいつまでも精霊様たちにおんぶにだっこではいけない。自分で魔物を探すべきだと目を凝らして耳を澄ませてみるが、精霊様たちはなにをしているかわからなかったのだろう。不思議そうな顔をされた。
「まものいないよ?」
「まものはみるんじゃないよ。かんじるの」
ああ、精霊様たちは親切だからいたら教えてくれるんだよね。でもいいことも教えてくれた。魔物は感じるのか。うーん。どこかのSF映画のような感じか? 人には無理じゃないかなぁ。
とりあえずやってみよう。とはいえ精霊様たちの語ることは漠然としたものだ。精霊様たちにとって、それは当たり前に出来ることで、なんで感じないのかが彼らにはわからないようだ。
「あれ、コータ君?」
「スレイプ君!!」
魔物より早く見つけたのは、この町まで一緒だったゲル君と仲間たちだった。見習い僧侶件弓使いのマリーちゃんと、動物好きな魔法使いの子であるターニャちゃんが声を掛けてくれた。
戦士でありリーダーのゲル君と、ちょっと影が薄い重戦士のバーツ君もいる。
「こんにちは」
「こんなところでどうしたの?」
「依頼ですよ。畑の見回りです」
畑は街道沿いになるせいか、魔物を探して畑の境界付近を歩いていると彼らあったんだ。元気そうでなによりだ。
「あれって、初心者のする依頼よ?」
「私はまだFランクの初心者ですよ」
マリーちゃんが私のしていることに興味を持ったようで不思議そうに問い掛けられたが、説明しても更に首を傾げられた。
「お前、強いじゃん」
なんでかと思ったら、ゲル君が呆れたように教えてくれた。
「こういう依頼って経験がないんだ。何事も経験だからね」
うーん。この世界だと強いと相応の依頼を受けるんだろうね。ワルキューレのみんなもそんな感じだ。ただ、こういう地道な依頼の経験が私にはない。
「それも一理あるわね。私たちは嫌というほどやったから、もうやりたくないけど」
「その依頼だとご飯が食べられない」
マリーちゃんとターニャちゃんはオレの言葉にうんうんと頷いてくれたが、同時に少し苦い表情もした。確かに依頼料安いんだよね。
一日宿屋に泊まると、ほとんど残らない程度の報酬しか来ない。正直、初心者に経験を積ませる目的の依頼なんだろう。
「そろそろお昼ね、一緒に休憩しない?」
「そうですね。依頼主に了解を取ってきます」
「あら、知らないの? 勝手に休んでいいはずよ」
マリーちゃんに休憩に誘われたので、依頼主の元に断りを入れに行ことしたが止められた。休憩のこととか聞いてなかったからなぁ。
町の中の仕事だと依頼主が休憩にと声をかけてくれるんだ。
畑の外れなので依頼主のいる農作業小屋はちょっと遠い。まあ少しなら構わないかと畑の隅をお借りして休憩にすることにした。
ターニャちゃんはすでにスレイプ君と仔フェンリル君たちと戯れていて、精霊様たちはゲル君たちに乗ったりしている。もちろんゲル君たちは気付いていないが。
「皆さんもどうぞ」
「これって……」
敷物を敷いてリュックから水筒を出すと、カップに中身を注いで精霊様たちと仔フェンリルたちやゲル君たちにもあげる。
いい感じに色づいていて冷えた麦茶だ。
「美味しい」
「本当だ、なんだこれ?」
マリーちゃんは驚き固まり、ゲル君は騒ぎ出した。どういうわけか、この辺りには麦茶がないらしい。大麦はこのあたりでも植えられているから、そんなに高くて手が出せないほどでもないんだけどね。
「麦茶ですよ。大麦を
紅茶とかコーヒーは貴重品過ぎて出しにくい。キャンプスキルで買えば安いんだけど、この世界の価値とあれ違うらしいし。たまに本日の特売でおススメ商品というメールが女神さまから届くくらいなんだけど。
「へぇ。お前料理人にでもなったほうがいいんじゃねえ?」
「馬鹿ね。戦っても私たちなんて束でも敵わないのに」
「うるせえ。わかってるっつうの」
ゲル君とマリーちゃんは相変わらず仲良しだ。少し羨ましいくらいだね。
こうして一緒に心許せる仲間と経験を積み、夢を見る。苦難も多いだろうけどいいなと思う。
「でもワルキューレの皆さんと一緒に仕事しないの?」
「たまにしていますよ。あとは私が地道な経験を積みたいので一人でしています」
「ねえ、なら私たちと一緒に依頼受けない?」
微笑ましい気持ちでゲル君たちを見ていると、少し考え込んでいたマリーちゃんから予期せぬ提案があった。
「コータと一緒に依頼受けるのか?」
「私たちも結構危ないし。そろそろダンジョン行ってみたいって言っていたでしょ? コータ君なら信頼出来るし」
「僕は構わないよ」
「私は賛成。スレイプ君たちと仕事したい」
考えたこともなかったなぁと思案していると、ゲルとマリーちゃんは仲間のバーツ君とターニャちゃんの意見を聞いている。
みんなは賛成らしい。
「どうしましょうか?」
「ぼくたちはこーたにまかせるよ~」
「このこたちならいいんじゃない?」
私の仲間は精霊様たちと仔フェンリル君とスレイプ君だ。みんなに意見を聞くも、特に意見はないらしい。
何事も経験か。
「うん。そうだね。一度一緒に依頼を受けてみようか? でもどんな依頼なの?」
「コータがいるなら討伐依頼だろ!」
「そうね。ゴブリンとかウルフとか、その辺りでどうかしら?」
一緒に依頼を受けると決まれば、具体的な話となる。ゲル君はもっと討伐依頼を受けたくてうずうずしているみたい。
若いと採取依頼とかが多いんだろう。物にもよるがゴブリンよりは結構実入りがいいはず。
「もっと強いのも行けるって!」
「ダメよ。それだとコータ君におんぶにだっこになっちゃう」
マリーちゃんしっかりしているなぁ。私は昔から要領も悪くて叱られていたことが多いから、凄いなって思う。
とりあえず明日一度一緒に依頼を受けることにして、ゲル君たちとのお昼は終わった。
楽しみだなぁ。
負けないようにゴブリンとかウルフ退治の予習しておこう。
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