第40話・危険なモノと湖

「そうだ。連中の持ち物どうする? 特にこれ。こいつは扱いに困るぜ」


 私がようやくから揚げを食べることが出来た頃、ギルドマスターは庭に出していたキャンプ用のレジャーテーブルにみたことがあるモノを出していた。


 あれは犯罪組織のふたりが、最後の切り札として使おうとしたものだ。あのあと町に戻った時に証拠として冒険者ギルドに渡したんだ。


「パリエットさん。コータ。あなたたちはどうしたい?」


 男爵と取り巻きに犯罪組織のふたりを捕らえたのは私とパリエットさんだ。アナスタシアさんは未だに黙々とから揚げを口いっぱいに頬張るパリエットさんと私に問い掛けるが、パリエットさんは要らないと首を横に振っている。


 口に詰めすぎてしゃべれないんだろなぁ。


「あの、それはなんなのですか? 精霊様が危険だからと取り上げたんですが……」


「ああ、坊主は知らねえか。まあ、冒険者でも知らん奴がほとんどだからな」


 割と大雑把そうなギルドマスターが、自分でここまで持ってきたことが少し気になった。酒で酔っていたのに真顔になっている。


「こいつは腐毒の魔笛と言ってな。音を聞いた者の体を腐らせて精神を狂わせる闇アイテムだ」


「そんな危険なものを……」


「御禁制のアイテムだよ。持っているだけで刑場に送られても文句は言えねえ」


 よく見れば笛に見えなくもないな。精霊様が嫌悪感を露わにしたのも無理ないか。


「ねえ、ギルマス。でもさ、それ使えばあのふたりも危なくない?」


「ところがだ。この笛は専用の耳栓で防げるんだよ」


 あまりの危険なアイテムに楽しげだった宴会が静まり返った時、ソフィアさんが私の疑問を先に訊ねていた。


 でもさ。なんでそんな危険なものを……?


「ただのチンピラが持てるものじゃねえ。闇で売り捌けば、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る代物だ。嘘か本当か連中は男爵の依頼よりも、お前さんたちの持っているゴルバの遺産を持ち帰ることが最優先の任務だったと言ってるんだよ」


「あの遺産にはそれだけの価値があるんですか?」


「ただの金欲しさなのか。それとも裏に別の依頼人がいるのか。だが長年の経験から言わせてもらえば、裏があると思ったほうがいいぜ」


 うーん。ワルキューレのみんなは黙っちゃった。なんかパンドラの箱でも開けた気分だ。お金は人を狂わせる。


 ゴルバの持ち物は放棄したほうがいいのかもしれない。


「コータ。腐毒の魔笛は放棄していいわね?」


「はい。要りません」


 しばしの沈黙の後にアナスタシアさんが口を開いた。精霊様もあんなばっちいものは要らないと嫌そうな顔をしているし、私も要らない。


「そうか。それがいい。こいつはこっちで始末する。残りの持ち物はめぼしいもんがねえ。要るなら渡すが、要らんなら現金で渡すぜ」


「私たちは明日には町を出ます。ワルキューレの皆さんの報酬と一緒にしてください」


 男爵たちの持ち物も要らない。この一件はワイバーンとか魔物を売ったお金を後日冒険者ギルドから受け取るらしいので、それと一緒にしていいだろう。


「やはり父上のところに行くべきね」


「そうだな。ゴルバの遺産は今後も狙われる恐れがある。侯爵閣下ならそこんとこも調べられるだろう。オレのほうでも調べておくが、腐毒の魔笛はちょっとおだやかじゃねえ。十分に気をつけていけ」


 アナスタシアさんの表情は険しい。


 お金って怖いなぁ。


「こーた。だいじょうぶ」


「わたしたちがまもってあげるの」


「わるいにんげんさんはゆるさないよ!」


 ああ、精霊様たちは前向きだ。でもあんまり危ないことはしてほしくないなぁ。


 精霊様たちの歳がわからないが、まだ若い精霊様に見える。アナスタシアさんたちだって若い女性なんだ。私がみんなを守ってやらないと。


 二度目の人生なんだ。未来ある人や精霊様たちを守ってやりたい。




「ばいばい」


「またね~」


 翌朝、ホワイトフェンリルのアルティさんたち親子を送還して、私たちは今度こそ旅に出発した。


 私は今日も精霊様たちと一緒にスレイプ君に乗って出発だ。


 ガタゴトと走る馬車に合わせていくが、のんびりとした景色と心地よい気候に眠気が襲ってくる。


「コータ。危ないから馬車に乗りなさい」


 陽気に誘われてあくびをしたら、アナスタシアさんに呆れられながら怒られた。


 いや、スレイプ君って走るのが上手いから振動がなくて眠気がね?


「今日はここで野営しましょうか」


 そのままなんのトラブルもなく初日の夕方になった。敵襲はゼロ。魔物の襲撃もゼロ。私は馬車で二時間ほど寝ちゃっていたくらいだ。


「うわぁ、綺麗な湖ですね」


「ラグーナ湖よ。なんでもその昔は水龍が住んでいたなんていう伝説があるほど澄んだ水よ」


 初日のキャンプ場所は湖の畔だった。綺麗な水が僅かに波打つように揺れている。


 でもアナスタシアさんが水龍なんて言うから、精霊様たちは水龍探しに行っちゃった。


「あなたはだあれ?」


「私はコータと申します」


 そんな精霊様たちと入れ違いで知らない精霊様がやってきた。地元の精霊様だろう。水色の服を着ているから水の精霊様なのかもしれない。


「こーた、すいりゅうさんいなかった」


「おるすだったの!」


「あら、おきゃくさんがたくさん」


 興味ありげな地元の精霊様は十人ほどかな。湖に行っていたウチの精霊様たちがもどると、みんなでうれしそうに挨拶をしている。


「こーたとたびをしてるんだよ」


「ねえねえ、すいりゅうさんは?」


「いまはすいりゅうはいないわ。ここにはすうひゃくねんにいちど、こどもをうみにくるのよ」


 精霊様たちはすぐに仲良くなって楽しげにおしゃべりをしている。


 うん。おかしでもあげよう。日本で市販している一口チョコレートがあったはず。


「コータ。精霊たちはなにを話しているの?」


「世間話ですね。あと水龍はいないようです。なんでも子供を産む時にここに来るそうです」


 精霊様たちとワルキューレの皆さんに一口チョコレートを配っていると、アナスタシアさんが興味深げに声を掛けてきた。


 精霊様の会話が気になるのかな?


「あの伝説、本当なのね。ところでこれはなに? 見た感じお菓子に見えるけど」


「チョコレートですよ。知りませんか?」


「ごめんなさい、聞いたことないわ」


「甘くて美味しいですよ」


 精霊様たちはもちろん初めてのチョコに喜んでくれている。ただ、アナスタシアさんとワルキューレの皆さんとパリエットさんは、不思議そうに一口チョコを眺めている。


「うわぁ……」


「美味」


 何故か皆さんは恐る恐るチョコを口にすると、みんな驚き固まるようになってしまった。


 この世界ではチョコが珍しいのかな?


「コータ。愛してる!!」


 しばし固まっていた皆さんだが、ソフィアさんとアンさんが抱き付いてきた。


 でもチョコ一口で愛しているなんて大袈裟だなぁ。


「とってもおいしいものをありがとう。おれいにこれあげる」


「お礼なんていいよ」


「いいの、うけとって。すいりゅうのうろこ」


 一方地元の精霊様からはお返しにと水龍の鱗をもらった。


 結構大きい。座布団サイズもある。


「コータ。それ……」


「精霊様からお返しにいただいたんです。水龍の鱗だそうです」


 あれ? なんでみんな頭を抱えるの?


 これも危ないものなのかな?


 これ軽くて丈夫そうでいいなぁ。お皿にしようかな。綺麗なブルーの色がとってもいい。



 よし、今夜はこれに盛り付けてみようか。


 湖にお魚はいるかな?




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