真相・黒衣の魔女の正体/episode49


 それからさらに三日が過ぎた。金曜日になっても成果はなし。今のところ魔力を帯びた怪しいやつというのは学校には見当たらない。

 流石に一週間ずっと聴きこみをしていたら聞く相手も尽きてくる。昼休みの真っ只中だが、教室から動こうとは思えなかった。


 気だるげに机に突っ伏した。今日もあの夢を見た。「ずっと隣にいる」と誓ったのに。悪夢には一向に慣れる気がしなかった。

 おもむろにスマホを取り出し、動画を開く。僕が所持する唯一の手がかりは黒乃魔孤というバーチャルライバーの配信動画だけだ。

 愛梨彩にあんなことがあった後だったから、未だにこのことは報告できずにいた。なにより証拠らしい証拠がない。あるのは僕の直感だけ。普通の配信者の動画なら証拠として充分だが、アバターを使用した配信ではなにが起きているのか音から推測するしかない。


「やっぱり考え過ぎかな……誰の声かもわからないし。推しが乱心しただけ。うーん……」


 平常時の声がわかるかと思い、黒乃魔孤の雑談放送を眺めていた。特徴的な声というわけでもないし、作ればこんな声は誰でも出せるのかもしれない。

 小林の「誰かに声が似ている」という発言が気になり、こうして暇な時は配信を見返しているが……本当に似ているだけの別人かもしれない。黒乃魔孤が学園の生徒なら秋葉に住んでいるということになり、ブレイクスルーになる……という淡い期待は今にも打ち砕かれそうだ。

 やはりこの放送は薬物放送と割り切るしかないのだろうか。それはそれでファンとして悲しいことなのだが。


「なにサボってるんだよ、黎!」


 突如緋色が僕にのしかかり、スマホを覗いてきた。


「いや……実はこのライバーがどうも怪しいんだよね。少し前に『魔法が使える!』みたいな配信しててさ。もちろん嘘かもしれないとは頭でわかってるんだけど……どうも気になって。時期も被ってるし」

「なるほど要するに刑事の勘ってやつだな」

「誰が刑事だよ」


 緋色が一旦離れ、後ろの席から椅子を引っ張ってくる。一緒に見ようとしているらしい。


「ふーんどれどれ」


 見やすいように緋色の方にスマホを傾ける。正体を探るためにライバーのアバターを見る必要がないのはわかっているが、なんとなくそうしてしまった。

 音声だけで内容を追う。確かこの回は視聴者から寄せられてきた都市伝説を紹介する放送だったはずだ。黒乃魔孤が定期的に行なっている内容の一つだ。都市伝説が好きなんてよっぽどのオタクなのだろう。

 ふと隣の男が気になる。先ほどから終始無言を貫いている。緋色はこういう動画でもなにかしらのリアクションをしたり、友達と話しながら見るタイプの人間だ。その彼が黙っているということは……怖い都市伝説でも聞いてしまったのだろうか?

 心配になり、声をかける。


「どうしたの緋色? 黙ってさ」

「こいつ桐生じゃん」

「は?」


 衝撃の名前が彼の口から飛び出した。僕は思わずぽかんと口を開ける。

 キリュウ……桐生……うちのクラスの桐生睦月だと?


「いや、ほらこの声! 桐生睦月だろ、ぜってー!」


 スマホのスピーカーに耳をつける。抑揚がなく、ゆっくりとした声。マイク越しだからはっきりと聞こえるが、現実だと意外とボソボソと喋る感じになるのかもしれない。

 桐生睦月の声を思い出す。関わりはあまり少ないが、一年の調理実習の時に一緒の班だったはずだ。おずおずと「太刀川くん……これ、やっておいたから」と切られたジャガイモを渡された時の記憶がまだある。

 記憶の声と動画の声がオーバーラップする。——間違いない。この声の主は桐生睦月だ。

 小林に聞き覚えがあったのは一年の時同じクラスだったからか。そういえばオタク同士だからかたまに彼女と話していたような覚えがある。


「緋色、愛梨彩とフィーラは?」

「食堂じゃね?」

「すぐにいこう。みんなに説明しなきゃ」

 僕らは教室を出て、食堂へと駆けていく。



 悠々と学食で食事をする魔女が二人。一人は相変わらずのラーメンを。もう一人は焼肉定食を食していた。

 こっちは購買の惣菜パンで済ませたのに、随分と羽振りがよさそうじゃないか。……というより、二人も聴きこみが思うように進んでいないのだろう。


「愛梨彩、フィーラ!」

「今、食事中なのだけど?」


 威圧するように睨みを効かせる愛梨彩。フィーラも同様に訝しげに見ていた。どうやらどちらも食事の邪魔をされるのは嫌いらしい。


「じゃあ、話を聞いてるだけでいいから」


 そう言って、愛梨彩の隣の席に座る。緋色もフィーラの横に座った。


「サラサの魔術式を継承したやつが見つかった」


 二人の箸が同時に静止した。


「随分と急ね。そんなにパッと現れるなら今まで苦労していなかったと思うのだけど?」

「いや、そもそもこの学園に魔女はいないんだよ」


 再び箸を進めようとしたその刹那、愛梨彩とフィーラの動きが止まる。流石にことの重大さを気づいたのか、二人は一旦箸を置いた。


「どういうことなの、レイ。最初から説明して」

「わかった。まずはこの動画を見て欲しいんだけど」


 スマホを取り出し、件の放送事故配信を二人の魔女に見せる。


「これは黒乃魔孤っているバーチャルライバーの配信なんだけど……えっとバーチャルライバーっていうのは絵のキャラに声を当てて生放送をする人みたいな感じで」

「そんなに気を使った説明しなくていいわよ。見ればなんとなくはわかるわ」

「そ、そうか」


 現代文化やサブカルチャーに疎い愛梨彩のために色々説明しようとしたが、見ただけでだいたいわかったらしい。流石の順応性だ。


「で、問題なのはここ」


 スマホをスワイプして、例の「魔法が発動した」タイミングまで動画を飛ばす。


「確かにこの破裂音……女子が簡単に出せるものではないのだわ」

「けど、細工すればできなくもないことでしょう? 魔法と断定するのは早計じゃない?」

「じゃあこの黒乃魔孤が成石学園の生徒だったら?」


 二人が顔を上げ、目を見張る。驚くのも無理はない。僕たちは全く予期せぬ方法で継承者を特定したのだから。


「うちのクラスには友田のほかにもう一人……学校からいなくなった生徒がいる。名前は桐生睦月。五月から不登校になった生徒だ。そして彼女がおそらく……黒乃魔孤の正体だ」

「不登校の生徒が魔女……どうりで学園を探しても見つからないわけね。この動画の投稿タイミングもちょうど八月……ありえなくない話なのだわ」

「けど、桐生睦月が友田礼央を殺す理由はあるの? 大人しい子だったと思うけど」


 愛梨彩が言うように問題は——動機だ。どうして殺したのかという深い理由は僕たちには推理できない。けどならはっきりとわかる。


「……あるよ。言っただろ、友田は誰から恨まれててもおかしくないって。友田はああいう大人しい子に対しておちょくるように絡みにいくから。自分より下のやつだと思って見下しているんだ。だから、それが引き金になったって考えることはできる」


 発端は些細なこと……だったのかもしれない。けど嫌な思いをしたというのは充分な理由になる。それが鬱積ならなおさらだ。本当はどうにかしたいと思っててもどうにもできないジレンマを抱えていて、爆発するタイミングが遅れてやってきただけなのかもしれない。


「弱い者いびりね……最低な男子なのだわ」

「そういう時は必ず友田に絡みにいって対象を俺に変えようとしたりしたし、井上が遠ざけるようにしてたからなんとかなってたけど……もしかしたら俺らが見てないところでもあったのかもな。不登校になった原因もそうかもしれねーし」

「桐生睦月が友田を嫌う理由は充分……ということね」

「ただ……」

「ただ?」


 愛梨彩が促すように僕に尋ねる。全員の視線が僕へと集まる。僕の主観的な意見だが、どうしても言いたかった。


「桐生さんが人を殺すようには思えない。繊細だけど、周りをよく見ている人だったから」


 思い出すのは一年の調理実習の時の記憶。いつの間にか誰も手をつけてなかった仕事を済ましていて、周りの人間をよく見て動いているんだなと思った。


「それは魔術式を継承する前の話でしょう? 継承しておかしくなったって不思議じゃないのだわ。その時は覚悟しておいた方がいいわよ?」

「それはそうかもしれないけど……」


 フィーラの言葉が突き刺さり、耳が痛かった。反論が思うようにできなかった。


「ともかく、まずは桐生睦月の確保が先よ。ハワードに連絡して住所を調べてもらうわ。彼女が狂っているかいないかは……話を聞いてから判断しましょう」


 相手は魔女……正気を失っている可能性もある。自分が覚えているたった一つの記憶はいとも容易く壊されるかもしれない。その時は……覚悟を決めるさ。

 それでもまずは対話からだ。愛梨彩以外の僕たち三人は首肯した。

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