アリサ・イン・ワンダーランド/episode92

 息巻いてみたはいいものの二連発でハズレを引いた。

 まず手堅くコーヒーカップとメリーゴーランドなどのメジャーどころを……なんて考えたのが裏目に出た。

 よくよく考えたらメリーゴーランドは馬乗ってるだけだし、コーヒーカップはただ目が回るだけだ。

 子どもの頃なら無邪気に楽しいと思えたが、歳を取ってからだとどうしても冷めた目線でものを見てしまう。僕がそうであるように、愛梨彩もきっとそうなのだろう。なにが面白いのか懐疑的だったに違いない。


「次はどこへ私を連れてくの?」


 愛梨彩がじとっと見つめてくる。普段からころころ表情を変えるタイプじゃないが、こう見られると期待して損したと言っているようにすら感じてしまう。

 だとしたらもっと趣を変えるべきだ。刺激的なやつを選ぼう。


「じゃああれだ!!」


 そう言って僕が指差したのは遠くにそびえるジェットコースターのレールだ。

 とうびワンダーランドのジェットコースターは様々な種類がある。速いやつ、高いやつ、一回転するやつ……などなど。

 ここは序盤から最大のインパクトを。最大高低差七五メートルのジェットコースターでどうだ!!


「高いところから落ちるのが楽しいの?」

「ふふふ、ただ落ちるだけと侮ることなかれ。普通じゃ味わえないスリルが味わえるんだぞ」

「そこまで言うなら騙されてあげなくもないわ。いきましょ」


 そうして愛梨彩は意気揚々とジェットコースターの方へと歩いていく。

 さあ、見せてもらおうか。ジェットコースターの刺激に驚き、慌てふためく顔とやらを。


「ジェットコースター……なかなかやるじゃない。猛スピードで落下するのがここまでスリリングだったなんて知らなかったわ」


 乗り終わった感想は見事な手のひら返しであった。

 乗ってる最中何度か横をチラ見したが、彼女の表情が変わることはなかった。コースターが発車した直後の山場も二回目の落下も……最後まで仏頂面。周りが「わーきゃー」騒ぐ中だととてもシュールな絵面だった

 あれはおそらくジェットコースターが叫びながら乗るものだと知らなかったからだろう。最初に教えていたら絶叫する愛梨彩が見られたかもしれないと思うと惜しいことをした。


「でしょ? 次は……あ、あれがいい! いこ、愛梨彩」

「ちょ、ちょっと!」


 愛梨彩の手を引いて向かった先はお化け屋敷。廃墟のようなリアルな外観からしてここのはガチモノだ。吊り橋効果を期待……なんてことはなくもない。

 学祭で脅かす側はやったが脅かされるのは初めてに違いない。今度こそ愛梨彩の絶叫する姿を見る! そしてあわよくばビビらずにカッコいい自分を見せてやろうじゃないか!

 だが結果は……


「もう嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「マジ無理マジ無理マジ無理マジ無理」


 二人揃って見事に惨敗した。あまりの怖さに二人で肩を寄せ合い、身動きが取れずにリタイアせざるを得なかった。

 屋敷を出て二人で茫然自失となり、空を仰ぎ見る。お化けってやっぱ怖いわ。


「愛梨彩もお化け苦手だったんだね」


 落ち着いた頃合いを見て、愛梨彩へと声をかける。


「に、苦手なわけないでしょう!? 霊体は魔術的に解明されてますから!! というか誰だっていきなり人影が現れたら驚くわよ、普通!!」

「ふふ、はははは!!」

「なにがおかしいのかしら……?」

「それもそうだなって思ってさ。魔女だって不意打ちを食らえば驚くもんな」


 愛梨彩が仰天した理由に膝を打ち、思わず笑いが堪えられなくなってしまった。普通過ぎて普通過ぎて。やっぱり彼女も人間なんだと改めて思い知った。


「だからってそんなに笑わなくってもいいじゃない!」

「すっかりいつも通りの愛梨彩だね」

「あ……」


 言葉を漏らしてすぐに愛梨彩は顔を背けた。横顔でも頰が紅潮しているのがよくわかった。どうやら自分でも気づいていなかったらしい。


「よし! じゃあ愛梨彩が元に戻ったなら、次やることは決まりだね」

「次やること……?」

「腹ごしらえ」


 愛梨彩が好きなことといえば食べることだろう。魔女という境遇でも人間と変わらない楽しみの一つだ。だったら遊園地ならではのものを食べるのも一興だろう。


「太刀川くんが私のことをどう思っているか、よくわかったわ。まあなにかを食べにいくのは賛成だけど」


 不服を漏らしているが、満更でもない様子だ。なら善は急げ。僕と愛梨彩は早速近くのフードショップへと足を運んだ。


「あ、あれがいい」


 愛梨彩が無邪気に指差したものはチュロスだった。確かに遊園地でスイーツを満喫するのは王道だが、今日はまだまともに食事をしていないはずだ。


「スイーツ……でいいの?」

「うん、あれがいいわ。学園祭の時に食べて美味しかったから」

「そっか。それならそうしようか。すいませーん」


 僕の心配は野暮だったようだ。二人で別々の味を注文する。愛梨彩はシナモン、僕はココア味だ。

 座席を見つけて食べようかと思ったが、流石は休日の昼過ぎ。ショップ近くの席はどこも埋まっていた。


「歩き食いも乙ではあるけれど……」

「休憩がてらどこかで座って食べたいところね」


 どうやら休憩を挟みたいというのは同じ意見らしい。最初からだいぶ飛ばしたもんな。

 座席が空くのを待つのは得策ではない気がした。無駄に過ごせるほど時間に余裕はない。どこか座れる場所がないか思案すると、すぐに候補が思い浮かんだ。ここからならそう遠くないはずだ。


「いい場所知ってる。ちょっと歩くけどいい?」

「ええ、まあ」


 僕は先導するように先を歩くつもりだった。だが、自然と僕らの歩幅は合っていていつの間にか並んで歩いている。愛梨彩が僕に合わせている。それに気づいて、歩くスピードを緩めた。


「ここだよ、ここ。観覧することになるかもしれないけど」


 やがてたどり着いたのは屋外のショースペースだった。

 かなりの席があるにもかかわらず、そのほとんどが子連れの家族客で埋め尽くされていた。それでも空いている箇所はいくつかあり、ステージから遠い最後列がぽつぽつ空いている。僕らは近場で空いている席へと向かう。


「観覧って?」


 腰を下ろしてすぐ愛梨彩が尋ねてくる。


「今日は確かここでヒーローショーやるんだよ」

「へぇ……そうなの」


 あっさりとした言葉だったが興味がないというわけではないようだった。「そういうのもあるのね」と知らないことを知ったというような感じだ。興味が出たのか、彼女は一口チュロスを頬張ると、ぼーっとステージの方を眺めていた。


「まあ観ればわかるよ」


 彼女が正義の味方を気に入るかはわからない。大人も楽しめるとはいえ、一応は子供のためのショーだ。けど休憩のついでだ。なにより僕が久しぶりに童心に帰りたかったのだ、きっと。

 数分もしないうちにおどろおどろしいBGMが会場内に流れ出す。いよいよショーが始まった。現れたのは……黒づくめの怪人。

 悪巧みをした怪人はそのまま会場の客を人質に取る。こういう展開はいつの時代も変わらないようだ。

 そんな折だった。客席の合間の通路からヒーローが登場し、歓声が上がる。みんなが待ちわびた正義の味方がすぐそこにいた。


「仮面の……ヒーロー」

「そうだよ。仮面のヒーロー」


 彼女が意味ありげにぼそりと呟いた言葉。それが意味する人物が誰かは僕もよくわかっていた。一番すぐ近くで陰ながら僕らを支えていた仲間のことだ。

 愛梨彩はチュロスを食べることを忘れ、食い入るようにショーを観ていた。演武をするかのように綺麗に流れていくヒーローと怪人の殺陣たて。鮮やかに決まっていく技の数々。見惚れるあまり予定調和なんて冷めた見方はできなかった。

 ヒーローはそこで確かに怪人と戦っていたのだ。観客である僕らを守るために。無辜の人々を傷つけないために敢然と立ち塞がる。

 そして必殺の飛び蹴りが怪人に炸裂する。怪人は白いガスを吹き出して、消滅した。湧き上がった会場では拍手の嵐が鳴り響き続ける。

 終わってしばらくの間、僕らはその場から動けなかった。余韻を噛み締めるように手に残っていたチュロスを頬張る。


「やっぱりカッコいいな……ヒーローって。僕もああなりたかったよ」


 ステージ上で子供たちと写真を撮ったり、サインを書いたりしているヒーローを見ていたら口からそんな言葉が漏れた。

 間が空いて、隣から言葉が返ってくる。


「そんなことないと思う。あなたは立派だと思うわ。少なくとも……私はあなたに救われた。今もあなたに救われてる」


 思わぬ言葉で目が丸くなるのが自分でもよくわかった。僕が愛梨彩のことを救えていたなんて。

 ずっと彼女の気持ちに寄り添えなかったことが心残りだった。無責任なわがままを言ってしまったと思ってた。

 それでも諦めなかったから……ついに僕の言葉が届いたんだ。


「ならよかった。みんなを守れるヒーローにはなれなくても大切な人くらい守りたいって思ってたから」


 僕は思わず照れ臭くなり、人差し指で頰を掻いてしまう。対する愛梨彩も赤面して顔を背けていた。ウブか僕らは!


「ねえ、太刀川くん。私たちがやっていたことってああいうことだったのかしら」


 愛梨彩の視線の先には仮面のヒーローがいた。人知れず戦う正義の味方。見返りなど関係なく、誰かに手を差し伸べられる優しさの象徴だ。


「愛梨彩はついででやってたつもりだろうけど、きっと救われた人はいっぱいいるはずだよ。学校のみんなとかは特にそうだ。みんな覚えてないけど、僕たちが陰で必死に戦っていたのは事実だし」

「そう……そうだったのね」

「そうだよ。愛梨彩は優しいから、知らず知らずに人助けしてたんだ。僕だってそのうちの一人だしね」


 多分君は本意じゃないと言うのだろう。「仕方なく助けただけ。私の目的は賢者の石」って感じで。

 それでも君が誰かを助けたのは紛れもない事実だ。万人を守るヒーローじゃなくても、その人にとって君はヒーローだったんだ。僕が君のヒーローだったように、君も僕のヒーローだ。


「そういうことにしておくわ。さ、次はどこに連れてってくれるの?」


 立ち上がった愛梨彩を見上げると晴れやかな顔つきをしていた。ほんの少し、ほんの少しかも知れないけど彼女は前を向いていた。

 となれば僕は彼女の気の赴くままにつき合うだけだ。


「じゃあ次は……」



 それからはとにかく絶叫系のアトラクションを周り続けた。フリーフォールにありとあらゆる種類のジェットコースター。

 最初の時こそ無表情だったけれど、乗り続けて楽しみ方を心得たせいか笑顔が戻っていた。傍目で見ていた僕は安堵し、笑みがこぼれる。


 ——このまま生きることに希望を見出してくれれば。


 そう心の中で願いながら。

 とうとう日が落ち、茜色に空が染まる。夕暮れを見ると、楽しい時間というのはすぐに終わってしまんだと痛感する。

 そんな折に彼女があるもの見つけて、僕のそばを離れて駆けていく。向かった先は遊園地内にあるアミューズメントコーナーであった。

 どうしたものかと思い、彼女の後を追う。見ると、彼女が気になっていたのはクレーンゲームだった。中にはパークのマスコットなのか、デフォルメの犬のぬいぐるみがぎっしりと詰まっている。


「やりたいの?」

「え、ええ。でも、こういうのってやったことないし……取れるかしら?」

「なにごともやってみないとわからないよ?」

「そうね。じゃあ、やってみる」


 そう言って彼女はコインを投入し、クレーンとにらめっこを開始する。慎重に間隔を計算し、ボタンを押していくが……なかなか穴には入らない。掴めても途中で落ちてしまったり、惜しいところで終わっている。

 すでに五回の失敗。横から見た愛梨彩の頰はやや膨れており、悔しがっているように感じた。

 もう少しアームの力が強ければなぁ。と思いつつ、少し可哀想になってきたので「貸して」と声をかける。


「得意なの?」

「まあ、それなりに」

「悔しいけど手本を見せて」


 こう見えても以前はゲームセンターによくいっていた方だ。愛梨彩が動かした位置からならそんな難しくない。この位置でここを引っ掛けて……


「はい、どうぞ」


 それから二、三回やってなんとか犬のぬいぐるみを手に入れ、愛梨彩に手渡す。瞬時彼女の顔がぱぁっと明るくなり、喜びを湛えていた。


「それって……ナイジェル?」


 取るために躍起になっていた時に気づいたことだが、ぬいぐるみはなんとなく雰囲気がシベリアンハスキーのように見えた。


「うん。亡骸すら残らなかったから。せめて……なにか彼が私のそばにいたっていう痕跡が欲しくて」


 愛梨彩が欲した理由。それを聞いて僕はいた堪れない気持ちになり、俯く。


「あなたが気に病む必要はないわ。ナイジェルはレイスだったんだから。遅かれ早かれああなることは私もわかってた。もし彼が生きてたらこうしているわよ? がぶっ」


 愛梨彩が持っていたぬいぐるみが噛みつくように僕の腕に押し当てられる。そのいとけない様子が妙に面白くて、落ちこんでられないなと思った。


「せっかくだからつがいにしましょう。その方がきっといい。うん、その方が嬉しいはず」

「じゃあもう一回——」

「待って。次は私が取る。太刀川くんの動きを見てなんとなくコツはわかったから」


 愛梨彩が再びクレーンゲームへと向かう。そして見事に数回のうちにぬいぐるみを手に入れ、満面の笑みを見せる。やっぱり彼女の洞察力はすごいなと感心させられてしまった。


「いいお土産が手に入ったわ。ってもうこんな時間なのね」


 アミューズメントコーナー内に置いてあった時計を見て愛梨彩が言う。外は完全に日が沈み、夜の帳が下りていた。日没が早いことに寒い季節の訪れを感じる。


「最後にさ……いきたい場所あるんだけど、いいかな?」

「ええ」

「じゃあいこう」


 その返答だけ聞くと僕はそそくさと足を進める。

 遊園地にいくと決めた時から考えていた。どうしてもあの場所で二人で話がしたい。君を引き止める方法……それはきっと僕の想いを伝えることだ。

 気持ちを告白するならあの場所がいい。向かう先は——観覧車だ。

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