疾風雷轟/episode52

「私が魔法を使えるようになったのは本当に偶然で……友田くんだって……殺したくて殺したわけじゃない!」


 桐生さんの話を聞いて、僕たちは閉口した。この場の誰しもが彼女を責めることはしなかった。同情だってしているはずだ。


「そう……だったんだね。誰にも理解してもらえなくてつらかったよね」


 静寂を破ったのは僕だった。それを耳にした彼女はその場で泣き崩れてしまった。

 正直なにを言えばいいのか、果たして同情することが正しいことかはわからない。

 けど彼女も僕と同じ巻きこまれた側の人間だ。なりゆきで魔女になり、なりゆきで同級生を殺してしまった。全部彼女が望んでやったことじゃない。

 僕があの場でサラサの息の根を止めていれば、こんなことにならなかったのかもしれないと思うと……なおさら責められなかった。防ぐことができた悲劇かもしれないのだと思うとなおさら。


「あなたがどんなふうに過ごしていたか……充分にわかったわ。全部あなたが望んでやったことじゃないこともね」


 愛梨彩が僕の顔を一瞥する。なにも言わずに、ただ頷いた。彼女は悪い魔女じゃない。なら、僕たちが行うことは一つだ。


「さっきも言ったように私たちはあなたを保護するわ、桐生さん。あなたはそれで構わないかしら?」

「……はい」


 愛梨彩の言葉に桐生さんが頷く。ひとまずこれで学園の魔女探しにピリオドが打たれた。ハワードの目論見通りとまではいかなかったが、新たな魔女の保護に成功しただけでも充分だろう。

 だが――


「その女がサラサの魔術式の継承者か」


 どうやらあちらも簡単に引き渡すつもりはないらしい。屋上の扉の前に立つ、二つの人影。咲久来とアインだ。


「なるほど、最初からこの瞬間を狙っていたってわけ。野良の私たちを泳がせておいて、サラサの魔術式の継承者を探し出したところで掻っ攫う。相変わらずの汚いやり口なのだわ」

「そういうことだ」


 アインの火球が真っ直ぐ僕たちへと迫る。こちらが無防備な状態でも容赦なしか!


「ヒイロ!」

「おうよ!!」


 身を呈して守るように緋色が火球の前へと躍り出る。そして――彼の背中に手を押し当てるように立つフィーラ。


「『昇華魔法:緋閃の雷神エボリューション・アーサソール』!!」


 瞬時に赤い雷神が現れ、火球は間一髪のところで戦鎚に弾き返される。


「え……? なに……? 誰……?」


 状況がわからない桐生さんが完全に取り乱していた。このままだと、せっかく見つけた彼女が危ない。僕は応戦を試みようと鞄に手を突っこんだ。中には――ケースとローブ。


「アリサたちは今のうちに逃げて! こいつらの相手は私たちがするから!」

「退くわよ、太刀川くん! 今は桐生さんの保護が先」


 敵は……二人。数はこちらが有利だが、桐生さんを守りながら戦うのはリスクが大きい。

 なにより愛梨彩と離れれば僕はまともに戦闘ができない。ならばここは二人に任せよう。逃げるが勝ちってやつだ。


「あとは頼んだ!」


 鞄を持って愛梨彩へと駆け寄る。僕がたどり着いた途端すぐに彼女は『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』を張り、そのまま宙へと逃げていく。

 二人の姿がどんどん小さくなっていく。今は……二人に任せるしかない。なんとか凌いでくれ。緋色、フィーラ!


 *interlude*


魔札発射カード・ファイア!『焔星』!」

「『合成』。『完全焼却式――ディガンマ』」


 絶え間ない攻撃がヒイロへと降り注ぐ最中、特大の業火球が迫りくる。短期決戦で仕留めにきたわけね。


「凌いでヒイロ!」

「オッケー! サンダーハンマーの出力全開でいくぜぇ!!」


 私は持ってきた鞄に手を伸ばし、装備を手に取った。これでようやく私も戦える。ヒイロもなんとか業火を凌いだようだ。


 私はカードをドローし、援護射撃を加える。しかし――


「『合成』」


 ――私の雷は瞬時に拡散し、アインに届くことはなかった。


「出遅れたのだわ……!」


 業火は囮だ。相手はヒイロが防戦一方になっている隙を突いて、すでに鋼の杭を地面に打ちつけていた。ここはもうすでに相手の有利な地形だ。

 不意打ちだったとはいえ、二度も同じ手を食らうなんて……ともかく形成を逆転させる方法を考えるのだわ、フィーラ。落ち着け、私。


「クソ! またヒライシンかぁ!? どうする――」

「もらった!」

「おわっ! マジか!」


 サクラの魔弾の雨を凌ぎながら、指示を伺おうとした一瞬。アインはそれを見逃さなかった。炎の剣を手にした男が鬼気迫る勢いで駆けてくる!


「『雷神一体』! うおぉりゃぁぁぁぁ!!」


 私は猛スピードでアインへと突撃し、前方へと跳躍する。脚にはきりもみ状に纏った雷のオーラ。


「クッ……! 『障壁式――サン』!」


 アインは立ち止まり、炎の円陣を出現させる。私の蹴りはアインに届かない。炎の壁が砕けると同時に私は反動で後ろへ退いた。


「大丈夫、ヒイロ?」

「なんとかな……けど、このままじゃキリねーぞ!」


 アインの攻撃を食い止めることはできた。だが、依然として防戦一方。

 先手と取られたせいで、こちらは後衛としての機能を奪われている。そのくせアインとサクラは安全なところから魔法攻撃を加えてくるのだからタチが悪いにもほどがある。

 次に隙を見せたらまた詰めてくるに違いない。あの二人は前衛と後衛をフレキシブルに入れ替えてくるタイプだ。

 以前と同じように二人で前に出る方法もあるが……失敗した方法だ。二度目も通じると思えない。接近戦は勝てる時にだ。なら――


「雷でバリアを張って!」

「バ、バリア!?」

「きっと膨大な量の雷なら『合成』で吸収はできないのだわ!」

「オッケー、任せろ!」ヒイロが魔力を振りまくようにミョルニルを振るう。「サンダーバリアだ、この野郎!」


 私たちの周囲を稲妻の垂れ幕が覆う。これでしばらくは凌げるが……


「そっちがその気ならこっちだって! 魔札発射カード・ファイア! 『玄鉄くろがね』!」


 宙を舞うサクラが弾丸の雨を降らせる。目には目を歯には歯を……量には量というわけね。


「ヒイロ、全部叩き落として! その間に私が勝機を作るのだわ!」

「難しいことはわかんねーけど、お前を信じた!」


 そう言ってヒイロが空へ跳ぶ。反射速度ならアーサソールは絶対に負けない。アインの火球を掻い潜りながら、サクラの魔弾を撃ち落とすことなど造作もないことだ。あとは……私がなんとかする。

 私はケースの中から白紙ブランクのカードを取り出す。私はこの状況を打破する答えをすでに得ている。


「私の魔法なんだ。私が再現できないわけがないのだわ!」


 ――鋼の杭が吸収できる量は限られている。


 皮肉なことにサクラは自ら杭の量を増やそうとしたことでそれを証明してしまった。これ以上量が増える前に……圧倒的火力で焼き払う!!

 魔札スペルカードに刻印された絵柄は『眩いばかりのあかい稲妻』。私はありったけの魔力をカードに詰めこむ。ギリギリまで、時間が許すまで。

 視界の端で、一粒の魔弾が降り落ちようとしていた。打ち落とし漏らした鋼の弾丸。――放つのは今だ!


「解き放たれよ、私の魔法! 轟音とともに駆け抜ける戦車のごとく――『疾風雷轟』!!」

「こんな場所で……正気か!?」

「正気ゆえなのだわ! 私たちの必殺技……吸い取れるものなら吸い取ってみなさい!」


 緋色の電撃は大砲から放たれた弾のごとく、太い線を描いて襲いかかる! この範囲攻撃なら宙に跳んでいても捉えられる。逃げ場はない!

 衝突した雷は轟音を立て、煙を巻き上げる。


「やったか?」


 私のそばに降り立ったヒイロが尋ねる。周囲に鉄杭は見当たらない。どうやら隙を突いて排除してくれたようだ。

 煙が……晴れる。


「どうやら防がれたみたい」


 完全に煙が晴れると同時にアインとサクラの周りから炎の壁が消えた。アインの障壁が耐えられるとは考えにくい。『合成』での減衰に加え、サクラと同時に使って障壁を二重にした……といったところだろう。

 戦闘は仕切り直し。不意打ちで先手を取られてないなら、いくらでもやりようはある。杭を打たれる前に迎撃だってできる。だが、それよりも――


「流石にここまで派手に戦闘するとバレちゃうんじゃない?」

「貴様、初めからそれが狙いか」

「そういうこと」


 アインたちが守備を固めた屋上の入り口付近はほぼ無傷だ。けれど……周りのフェンスは見る影もなく吹き飛ばされている。魔札スペルカードで再現した簡易版だけど、ソールハンマーに変わりはない。構造物を壊すのは容易いことだ。

 おそらく不意打ちする前に魔術結界を張り、防音を施したのだろうが……鉄杭と同じで物には限度というものがある。私は二重の意味でそれを狙った。


 ――そう。魔術を秘匿したいあなたたちは戦闘を続けることを躊躇うはずだ。


「退くぞ、咲久来。九条たちを逃した以上戦いを続ける必要はない」

「いいのですか?」

「継承者が判明しただけで充分……だ、そうだ」


 そう言って二人は屋上から去っていった。グラウンドの方から生徒の声がする。私たちもここら辺が退き時のようだ。


「それにしてもあの人たち……戦う気あったのかしら。私たちをどこまで泳がせるつもり?」


 もしムツキを確保するならソーマとアザレアを呼べばよかったはずだ。学校だから大勢でくるのを躊躇った……とは考えにくい。むしろソーマとアザレアに不意打ちされていたら、退けることができたかどうかすら怪しい。

 未だに放置されたままのアヤメに今回のやる気のない襲撃……未だに見つからない賢者の石。今回の争奪戦、もしかしたら私が考えている以上に複雑な状況になっているのかもしれない。


「まあ、いいんじゃね? とりあえず俺たちの勝ちだろ?」

「はあ……あなたにはもう少し頭を使って欲しいのだわ」


 ため息をついた後、流されるまま彼とハイタッチを交わす。まあでも死んで考えることさえできなくなるよりマシかな。

 教会の考えはわからない。色々自分なりに推理してみるつもりだが、結論が出てもやることはきっと変わらないだろう。


 ――どんな野望だろうと必ず私が阻止してみせるのだわ。誇り高き魔女として。


 私は一人、静かに決意を新たにする。隣には満面の笑みの相棒。

 大丈夫。彼と一緒なら私はどこまでだっていけるはずだから。


 *interlude out*

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