今明かされる魔法継承と孤独な日々/episode51
*interlude*
私が魔女の力を継承したのは偶然だった。黒魔術師ライバーを名乗っていたけど、それはキャラ設定だ。魔法が実在するなんて夢にも思わなかった。
きっかけはネットサーフィンだった。いつものように所在なく、ネットのアングラな記事を閲覧していた。もちろんそれはバーチャルライバー黒乃魔孤としてのネタ探しでもあったけど、暇つぶしという意味の方が大きかった。
その日、調べていた項目は魔法や魔女のこと。ありもしないことだと高を括っていた私だったが、奇妙な記事を見つけてしまう。
——魔女は教会を隠れ蓑にして現在も存在している。
戦争中に魔術師を用いた話や政治家を支える魔術師の存在などは都市伝説としてまことしやかに囁かれている。その類と同じだろうと思った。
しかしそこに書かれていた教会の名前は目を疑うものだった。
——高石教会。
同じ市内にある教会だったのだ。
「そういえば明日新刊のフラゲ日じゃん。あっちの方のアニメショップなら手に入るかな」
パソコンのディスプレイから離れ、回転椅子を回しながら物思いにふける。
高石の地域はオタク向けの店が多い。アニメショップは複数あるし、本屋もかなりの数があったはずだ。外に出るのは億劫だが、漫画はなるべく書店などで買いたい。掘り出し物を見つけることもあるから。
そのついでに高石教会へ足を運ぼう。自分の住んでいる地域の中に怪異や都市伝説スポットがあるなら見てみたくなるのがアングラオタクの性だ。
なによりバーチャルライバーが実地調査した結果を報告……なんて動画を上げたら少しはバズるかもしれない。最近の伸び悩みとはおさらばできるかもしれない。
そう思った私は高石教会へいくことを心に決めた。
翌日。
私は高石の街へと遠出した。いくら引きこもりとはいえ、趣味の買い物は楽しいものだ。買い物で興奮した私はつい店をはしごしてしまい、気づいたら夕方になっていた。
「すっかり遅くなっちゃったな。まあでも、夜の教会の方が趣きあるでしょ」
浮き足立った私はその足で高石教会へと向かう。
スマホの地図を片手に、高石教会を目指す。駅周辺は歩き慣れているが、少し郊外に出ると未知の世界だった。——そう、異界のようだった。
教会に近づくに連れ、どんどん周りが暗くなっていく。夏の日没は遅いはずなのに、この周辺にだけはすでに漆黒の帳が降りていた。
——嫌な予感がした。
けれど、怪しい怪異は絶好のネタだ。アングラ、オカルトオタクの血が騒ぐのが止められなかった。私は一歩、また一歩進んでいく。「ただ単に日没がもう早まってきているんだ」と自分に言い聞かせながら。
物音が聞こえたのはその刹那だった。目の前で女が一人倒れこんだ。
「ひっ!」
女の姿を見て、私の口から情けない声が漏れた。白いローブについた血飛沫と切り落とされた片腕が見えたからだ。
私はただ女を見下ろすことしかできなかった。足がすくんで逃げることも安否を確認することもできない。その時に気づいた。私は本当に異界に足を踏み入れてしまったのだと。
「どうやら私は運がいいようですね……」
「え?」
白いローブの女がよろよろと起き上がり、私を見る。素顔を布で隠しており、表情は読めないが目は笑っていた。
女はのそのそと一歩ずつ私へと向かってくる。私の足は未だに怯えすくみ、アスファルトに固定されたように動かない。やがて女との距離がゼロになる。
「喜びなさい。あなたは……選ばれた」
「選ばれた……?」
「そう、あなたはこの世の常識から逸脱した……高次の存在へとなるのです」
言っている意味がわからなかったが、次の瞬間点が線で結ばれる。教会、怪異、高次の存在……それは魔女のことであると。
しかし、時はすでに遅かった。女は片手を私の胸に宛てがっていた。
「亡者を操る我が魔術式よ……この者に祝福を与えたまえ。そして願わくば……
「あっ……ああ……あああああ!!」
胸が抉られるように熱い。身悶えるように胸を抑え、女から離れる。けれど、ことはすでに済んでいたようで、離れても熱さは治ることを知らず……身を焦がしていく。
全てが終わった時、私は地面に膝をついて放心していた。
「これであなたは魔女です。このカードを使って生き延びなさい。生きて……生きて魔法を後世に伝えるのです」
女はカードの束を持ってその場で倒れた。完全に生き絶えていたようだった。
私は言われるがままカードを手に取り、逃げるようにその場から立ち去った。
そこからどうやって帰ったのかは覚えていない。歩いている最中、意思を持った力が私の中からこみ上げ、頭の中に幻影を映してきたからだ。
それは魔女——サラサの記憶。視界とは別に私は魔女の記憶を見ていたのだ。
その魔女は迫害されていた。ただ他者と違うという……それだけの理由で。やがて魔女は誰も訪れない砂地へと身を隠す。何百年にも渡り、そこで暮らした。
そうすることで身を守ることはできたが、同時に彼女は時代に、人に取り残されてしまった。枯れた大地でひもじい暮らしを強いるものだった。
魔女は憤る。
「どうして自分はこんな貧しい土地に追いやられなければならないのか」
砂漠に人は訪れない。永遠の孤独。
なにより、こんな土地では後継者を見出すことができない。魔女は魔法の探求者であり、代を重ねて魔法を強くするのが目的なのだから。
そんな中でサラサが出した答えは大勢の魔女の仲間に加わることだった。彼女は自由と後継者を得るために組織の守護を受け入れたのだ。
——そして組織の命令で命を落とした。
皮肉と言えば皮肉だが、一時でも得た自由はかけがえのないものだったようだ。そして、後継者を見つけたことに安堵しているようだった。
魔女の記憶はそこで終わっていた。気づくと私は自分の部屋にいた。
「なんなの……これ」
私はそのままベッドに倒れこんだ。膨大な情報を処理しきれず、頭がパンクしそうだった。
魔女に魔法に……魔女同士の殺し合い。断片的な情報だが、それだけでも現実味がなさ過ぎる。
「寝よう……きっと遠出で疲れているんだ、私」
私は現実逃避するようにそのまま眠りへと逃げた。
次の日、起きると異変に気づいた。メガネがなくても視界がくっきりしていたのだ。それに肌艶がよくなっている気がする。コンプレックスだったそばかすもいつの間にか消えていた。
けれど魔法というものは未だによくわからなかった。どうしたら発動するのか。どんな魔法なのか。
渡されたのはカードゲームで使うデッキのようなもの。
正直触りたくないし、魔法のことを知りたくなかった。このままずっと一般人のままでいたい。バーチャルライバー黒乃魔孤でいたい。
それから何日もあの日のことを忘れようとした。自分の中でなかったことにしようとしたんだ。
それ以来、外に出るのが怖かった。誰かに会うのが嫌だった。だから私はもう度が合わなくなったメガネを変わらずかけ続けた。ぼやけて見える視界の方がなぜか安心できたから。
食欲もなくなった。唯一の救いはお菓子だけは口にすることができたこと。甘いものや辛いものにしょっぱいもの……味の濃いものなら食べている実感があったからだろう。
そうして一週間が過ぎようとした頃だった。タイミングが悪いことに、お菓子のストックが切れてしまっていた。
唯一の食料が尽きてしまった。背に腹はかえられない。食べなきゃ生きていけない。
「近くのコンビニだから……平気だよね」
いくら成石に住んでいるとはいえ、夏休みだから嫌なクラスメイトと遭遇することもないだろう。
久しぶりに私服に着替えて部屋を出ようとした時、ふとあの日の魔女の言葉が脳裏を過った。——「このカードを使って生き延びなさい」。
私はカードを一枚手に取り、服のポケットへとしまった。きっと外に出る怖さを紛らわせようとしたんだろう。お守り代わりのようなものだった。
——けれど私の不幸はまだ終わっていなかった。
髪を金色に染めた男。いないだろうと思っていた嫌なクラスメイト——友田礼央とその連れ二人に偶然コンビニで出くわしてしまったのだ。
私が学校にいかなくなったのは友田の存在が大きかった。いっても嫌な思いをする。それなら家で配信者として活動する方がマシだった。今の時代、配信だけでも収益を得られるのだから、高校にわざわざいく意味がないと思った。なによりもファンは私の味方……なら味方を大事にしたくなるのは普通じゃないか。
入店してきた彼らを見た私は慌てて陳列棚に姿を隠そうとしたが、すでに遅かった。
「あれ? 桐生じゃね?」
友田の友人の一人である袴田が私に気づいたのだ。
「え、誰だよそれ。知らねー」
「一学期いただろ。お前がいびりまくってこなくなったやつ」
「メガネで地味なのやつとか記憶にねーわ」
もう一人の連れである園部の言葉をケタケタと笑って一蹴する友田。
正直少しほっとしている自分がいた。ほかの二人が覚えていてもリーダー格である友田が覚えていなければ、この場を凌げるかもしれない。
けど……わたしの期待は見事に裏切られる。
「確かに地味だからな……ってメガネって覚えてるじゃねーかよ」
「あ、バレた? ってかちょうどいいじゃん」
男たちの嘲笑が店内に反響する。
頭が真っ白になった。言い知れぬ恐怖が私の中で溢れ出し、身動きが取れない。友田が近寄ってくるのに、逃げられない。
「よぉ、桐生。お前こんなところでなにしてるんだよ」
私は友田の質問に答えられない。くちゃくちゃとガムを噛む不快音だけが響き続ける。ただただ自分の不幸を呪った。どうして私はこんな目にばかり遭うのだろうと。
「無視かよ。まあいいや。なあ、桐生金貸してくれよ。いいだろ? ちゃんと夏休み明けに返すって。な?」
「いやいや桐生は学校にこないんだから返せないっしょー!」
「借りパク前提とかお前いい趣味してるぜ!」
周りに助けてくれる人間はいない。いつも追い払ってくれる井上さんも、庇ってくれる勝代くんもいない。
私はどうしたらいいかわからず、一目散に逃げ出した。友田や来店した客にぶつかりながら、外を目指した。
無我夢中で走って、気づいた時には成石学園前の駅にいた。普段運動してないのが祟って、息が切れてもう走れない。私は物陰に隠れてやり過ごそうとした。
「なんで……なんで私ばかり! どうして私なの」
私はその場で泣き崩れた。手には魔女から渡された一枚のカード。
どうして私ばかりつけ狙われるのか。お金を借りるなら誰だっていいはずなのに。どうして私ばかり。
今は……今だけは魔法に縋りたかった。
「見ぃつけた」
そんな私を薄ら笑うように友田が再び現れる。一歩、また一歩と私へと近づいてくる。逃げ場は……もうない。
「お願い……私を助けて! もう酷い目に遭うのは嫌だよ!!」
その刹那、握っていたカードが鈍く輝き出した。
「え……? え? きゃっ!」
わけがわからず、私はそのカードを捨てるように放り投げた。目と耳を塞ぎ、世界から自分を隔離する。もう現実なんて見たくない。次に自分に起こる悲劇は目に見えているのだから。
けれど、いつまで経っても不幸は訪れてこなかった。暴力の痛みも嘲り笑う声も聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのは無数の悲鳴。
私は恐る恐る目を開ける。
視界に入ってきたのは鮮血の海。その中心で、私の仇が倒れている。ぴくりとも動かない。
「え……? なにが……起きたの?」
周囲を見渡すと、人が群がっていた。電話をかけているサラリーマン風の男にスマホで写真を撮る若い男の子。そして、倒れる友人を目の当たりにして逃げ出す園部と袴田。それはまるで殺人現場の光景だった。
私は唯一その場からなくなっていたものに気づく。放り投げたカードがどこにも見当たらなかった。それで状況を全て把握した。
——私が魔法で彼を殺したんだ。
こんなつもりじゃなかった。殺す気なんてなかった。放り投げたら魔法が発動するなんて……私聞いてない。
「私は悪くない……私は悪くない!」
私は再び逃げ出した。この場にいれば私が殺したと気づく人がいるかもしれないと思ったから。
「被害者は私なのに……!? なんで、いつも私が悪いみたいになるの! なんで!」
家へと逃げ帰りながら、世界を呪った。こんな理不尽な世界はなくなってしまえ。なんの罪もない人間が……不幸になる世界なんて。
「あ、あの! ほ、本当に魔法が! 魔法が! 私、本当に魔法が使えるようになっちゃったみたいなんです……!!」
部屋に入るやいなや私は黒乃魔孤としてライブ配信を開始した。
最初は人を殺してしまいってどうしていいかわからず、気が動転していた。ようやく発した言葉は今思えば荒唐無稽なものだった。けど……
——私のファンならきっと私を助けてくれる。ファンの中のオカルト通がなにか知っているかもしれない。
藁にも縋る思いだった。
「私……こんなの知らない!! なんで? どうして? 現実に魔法があるわけないじゃん! なのに……なのに……! 誰かわかる人いませんか!? お願い、教えて!」
魔法で人を殺した時に誰に頼ればいいのか教えて欲しかった。唯一の味方である黒乃魔孤のファンなら助けてくれると……そう信じて。
しかし視聴者は掌を返したかのように冷たかった。唯一の味方にも裏切られた。
『あれ酔ってる? 魔孤って確か未成年……』
『釣り?www』
『魔孤は魔法使えるでしょ』
コメントのなんの気ない言葉が刃となって私へと追い討ちをかける。
「どうして……! どうしてみんな信じてくれないの!」
信じて欲しかった。本当なんだって気づいて欲しかった。私はきっと自棄になっていたのだろう。
机に置かれた山札。その一枚を手に取り、力をこめる。そして思いっきり棚へと放った。
「ほら! すごい音したでしょ!? 本当に魔法なの!!」
カードは確かに土の弾丸へと変わっていた。目の前には土が飛散し、木っ端微塵に破壊された棚。
しかし——
『やばいよやばいよ』
『家具破壊した?』
『一旦落ち着こう』
——画面の向こうの彼らには全く伝わらなかった。彼らに見えているのは……私のアバターだけだから。
「どうして……どうして誰も信じてくれないの」
私は配信を打ち切った。
もう引きこもりの私に味方なんていない。留守にしていることが多い両親にだってこんなことは言えない。途方に暮れて泣くことしかできなかった。
そうしてなにもできないまま一ヶ月近くが過ぎていった。相変わらず食事はまともにできないし、壊れた部屋を親に知られたくもなかった。
涙はいつの間にか枯れていた。悲しくても流すだけの気力がもうなかった。
信じていたファンに裏切られたから、黒乃魔孤としての活動もやめてしまった。ただただ虚無感を覚えながら一日を過ごした。私は殻に篭った
そんな時だった。彼が——太刀川黎が私のもとを訪れにきたのは。
最初はなにがなんだかわからなかった。来客なんて追い出してやろうと思っていた。こんな状況を知り合いに見られる覚悟なんてない。
けど……太刀川くんとは幾度か話をしたことがあった。一年の調理実習の時も一緒だった。
その時から私は彼に対して特別な想いがあったのかもしれない。同じ根っからのオタクなはずなのに、彼は輝いて見えた。運動部に所属しているからか交友もそれなりに広く、運動神経も悪くないからだろう。足が速くて、体育祭のリレーのアンカーを務めていた。
——私にとって彼は憧れの存在だったのかもしれない。
だから、私は太刀川くんを拒むことができなかった。救いの手を欲していた私にとってこの上ないくらいの救世主だったんだ。
「僕は君を保護するためにきたんだ」
彼は全てを理解してくれた。魔法のことも私の苦しみも……その上で暖かい言葉をかけてくれた。
「もう、一人でその力のこと……抱えこまなくていいからさ」
優しさに触れ、その時は泣くことしかできなかった。けれど、同時に私は決意していた。凍った心が溶けていた。
——この人なら助けてくれるかもしれない。
私は勇気を振り絞り、学校へと歩みを進めた。魔法が使えるようになったことで姿は変わり果てたけど……そこに、その場所に救いがあるなら。
そうして現在に至る。私はもうわからないままでいたくない。
——お願い。私を助けて、太刀川くん。
*interlude out*
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