river bridgeの死闘/episode36
「あそこの岩ね。擬態を解除される前に私が凍らせるから、あなたは『
「了解」
夜の公園で岩砕きに勤しむ男女が一組……僕と愛梨彩だった。
「起動しないと大したことないのね」
凍らされた岩は分裂してゴーレムになることなく、あっさりと蹴散らされる。
「けど、こうも風景に溶けこまれるとわからないな。本当に教会の諜報員様々だね」
「そうね。私たちではこんなふうに先手を打つことは叶わなかったでしょうね」
愛梨彩が教会から渡されたリストに目を通す。
「この公園にはほかに三箇所ほど怪しい場所があるみたい。急いで調べましょう」
「オッケー」
僕たちはそのまま公園の徘徊を続ける。大きい公園だから探し甲斐がありそうだ。
野良と教会による合同作戦が始まって数日。僕たちは順調に綾芽の傀儡の排除をこなしていた。悔しいことに教会の作戦立案がよかったからだ。
アインとの決闘の後、僕らは高石教会内の会議室に通された。ブルームも合流し、野良と教会合わせて八人で作戦会議が始まる。
「二宮綾芽は脱獄してから数ヶ月は潜伏して表に出ることはなかった。あの伏兵はおそらくその間に用意したものだろう。であればしらみ潰しでも成果は出る」
いくら物量戦が得意な魔女でも一回あたりの生産量には限りがある。傀儡を秋葉全域に仕掛けたとなると……かなりの時間をかけて仕こんだと考えるべきだろう。ソーマの言うように綾芽が脱獄してからすぐに争奪戦に参加しなかった理由としては充分だ。
「要するに生産量より多く倒せばいいってことでしょう」
あっけらかんとフィーラが言う。
「その通りだ。こうしている間にもあやつは傀儡を用意しているだろうが……殲滅してしまえば襲撃部隊の配備にまで手が回らなくなるというわけだ」
伏兵を一つ残らず殲滅すれば再配備までには時間がかかるはずだ。その間に綾芽を仕留めることができれば街への被害は少なくなる。
現状取れる綾芽への対策はこれが最適解だろう。
「教会からは諜報員を出す。彼らは魔術師ほど戦闘に長けてはいないが、索敵なら役立つだろう。また、怪しい箇所は常に諜報員が監視し、傀儡が動き出したらいち早く知らせるようにする」
魔術師や魔女だけでなく独自の諜報員まで抱えているとは……流石は魔導教会と言ったところか。
諜報員がいれば先手が打てるはずだ。傀儡たちが動く前に倒せるかもしれない。襲われた後に現場に急行するなんて後手に回ることはなくなる。
「魔導教会らしい人海戦術ね」
「褒め言葉として受け取っておくよ、九条愛梨彩。君たち野良は諜報員からの情報を受け取り各所で傀儡の排除を。我々魔導教会は各教会に協力を要請し、人通りが多い場所をあたる」
「お前たちに一般人のこと任せて平気なのかよ?」
異を唱えたのは緋色だった。教会は魔女主体の世界を作ろうとしている。故に一般人を軽視しそうではあるが……
「教会の理念は魔法の秘匿と管理だ。魔法の存在が世間に広まり、権力者が賢者の石の存在を知る……なんて事態は避けたいだろうしね。そこは信頼してもいいと思うよ?」
ブルームの言葉に緋色は返答しなかった。彼女が言葉を継ぐ。
「なにより彼らは巻きこまれた一般人の扱いに長けている。教会の方が適任だろう」
彼らが魔法を公にしようとしないことだけは信頼できる。事後処理などのことも考えるとここは彼らに任せた方がいい。
緋色は未だに黙っている。だが顔色はさっきと違い、納得しているようだった。黙認ということだろう。
「教会からは以上だ。なにか質問は?」
ソーマの問いを投げかける者はおらず、部屋に沈黙が流れる。全員異論はないということだろう。だが、僕は再度確認したい。
「あんたたちのこと……信じていいんだな?」
「質問……というよりは確認か?」
僕は口を閉ざしたままソーマを睨む。
「我々が二宮綾芽の凶行を止めたいのは事実だ。ただし、目的が同じだけでそうする理由は違うがね」
その言葉は裏表のない言葉だった。
僕たちは関係ない人への被害を少なくするために綾芽の凶行を止めたい。教会は魔法を表に出したくないから綾芽を止めたい。要は利害の一致だ。
だが、ここまで明け透けに物言われてしまったら納得するしかないだろう。嘘をついてないだけマシに思える。僕は返答せず、押し黙った。
「質問はないようだな。では、これより二宮綾芽討伐作戦を開始する!」
こうして野良と教会による傀儡掃討作戦が開始された。
先ほどと同じ要領で擬態した樹木を粉砕する。
「よっしゃ! 終わり!」
剣を霧散させ、手をはたく。これで公園内に設置された傀儡の生産ユニットは全て破壊できたはずだ。
「お疲れ様。もう遅い時間だし、今日のところは引き上げましょうか」
「ああ、そうだね。僕たちは体が資本なわけだし」
そう言うと愛梨彩も柔らかい笑顔で返してくれた。なんでもない光景なはずなのに僕も笑みが溢れる。いやそれどころか吹き出して笑いたくなった。
「なんで笑うのかしら?」
「いやだって、以前は無愛想だったのになって思ってさ……ふふ」
最近は見ることが多くなった愛梨彩の笑顔。自分たちの関係がいい方向に進んでいるんだなと改めて思った。
スレイヴになった時のことを思い出す。いつも仏頂面で、なに考えてるんだろうこの人って感じで、綺麗な顔なのに笑わないのはもったいないなって思ってた。……ダメだ、思い出しただけで笑いが止まらない。
「それは……その……もういいです! とっとと帰りましょう」
怒った彼女がそそくさと公園を後にしようとする。
「ごめんって! 笑った僕が悪かっ——」
その時だった。遠方から爆発音が飛来してきたのは。音がした方角を見ると煙が上がっている。
「火事……ではなさそうだね」
「あのあたりは鶴川橋ね。確かソーマの担当だったかしら?」
「そうだね」
「単独で行動する彼が綾芽に狙われるのは道理ね」
場所は市街地エリア。ここからそう遠くない。
ソーマを狙って綾芽が襲撃したと考えるのが妥当だろう。綾芽だってこの状況を手をこまねいて見ているだけなわけがない。
「気に食わないやつだけど……見殺しにするわけにもいかないよな」
「そうね。本当に気に食わない男だけど」
一時的とはいえ今は共闘しているのだ。それに司令塔となっているソーマがやられれば作戦の効率が落ちるのは目に見えている。気に食わない相手だが、一般人に被害を出さないために助けるしかない。
俺と愛梨彩は急いで鶴川橋の方へと向かった。
*interlude*
橋の上で一台の車が炎上している。運転手はもう息絶えているだろう。全く、こんな夜中にこの橋を通るルートを選んだのは不幸としか言いようがない。
その近くには薄気味悪い紫の髪をした魔女が佇んでいる。二宮綾芽である。
「ぬしさんたちを泳がせておこうと思ったんでありんすが……まさか人形狩りとは。待っても乙なことなんてなかったでありんすね、貴利江さん」
綾芽がそう語りかけると炎の中から岩の鎧を纏った武者が現れる。
「申しわけありません。自分の進言が間違っておりました綾芽様。即刻排除すべきでした」
「それで私を狙いにきたということか」
ここ一週間綾芽の動きはなく、一方的な伏兵掃討作戦が続いた。不気味に思ってはいたが……このタイミングできたか。狂った魔女は随分遊びに飢えているようだ。
「弱いお人から倒すのは当たり前でありんしょう、ソーマさん?」
「私が弱い……か。随分と甘く見られたものだな。だが、お前たちの判断は正しいよ」
「そうでありんしょう?」
綾芽たちは敵の頭を討ち取りにきたわけだ。私が倒れれば作戦の継続が困難になるだろう。実に合理的な判断だ。
私は魔導剣を引き抜き、
やつのスレイヴの報告は受けている。茶川貴利江——岩の鎧で強化された身体能力を武器に戦う近接タイプのスレイヴだ。おそらく剣であの鎧を削るのは至難の技だろう。
貴利江が戦闘する際、綾芽は加勢しないという報告も受けた。確かに私を倒すのなら数で押せばいい話なのだが、彼女はその手を使わない。鵜呑みにするわけではないが……信憑性はある報告だ。
「お喋りはしまいにしんしょう。では……死んでくんなまし」
岩石の鎧武者が豪速で突撃してくる。やはり狙いは接近戦か。
「『
「その程度の攻撃……自分には通じません!」
しかし突撃の勢いは止まらない。目前に迫った鎧兵は腕を振り下ろし、殴りかかってくる。
「面倒な鎧だな……全く」
上方へ跳躍して躱し、そのまま下に向かって『
そのまま距離を取りつつ、着陸する。今の応酬で威力の低い遠距離魔法は有効ではないことがわかった。となると——八神くんと太刀川黎の戦法をマネさせていただくとしようか。
私は二枚の『アクセル』のカードを手に取る。一枚はそのまま使い、もう一枚は剣にスキャニングする。短く電子音が響き、刀身が軽くなる。
「今度はこちらから攻めさせてもらうぞ!」
私は跳躍し、瞬く間に貴利江の目の前に到達する。そのまま通り抜けるように一太刀浴びせ、再度跳躍。ヒット&アウェイを繰り返し、手数で攻める。
「やはりそうきますか」
鎧武者は打って変わって防戦一方になる。いくら同等のスピードでも徒手空拳はリーチで劣る。このまま一気に鎧を毀れさせてやろう!
「その戦い方は見飽きんした。芸がないでありんすね」
綾芽が不穏な動きを見せる。手に持った魔本を開き『草のつる 絡め巻きつき 武器となれ』と詠唱する。
変化が起きたのは貴利江の右腕部。そこには草のつるが巻きつき、垂れ下がっていた。
「振り払います!!」
貴利江は垂れ下げたつるを手に握り、その場で体を独楽のように回転させる。つるはしなって鞭と化し、全方位へ牙を剥く。
「がはっ!」
範囲攻撃を避けきれず、私の体をいとも簡単に吹き飛ばされる。だがここで追い討ちを許すわけにはいかない。飛ばされながらも牽制するように『
光線は鞭に命中し、消し炭にする。しかし——
「無駄です」
つるは瞬時に生え変わり、再生した。
私は体勢を立て直す。光線では傷つかず、近づけば鞭に捕らえられてしまう。
「残された手は……一つか。あまり使いたくはないのだがな」
——ならば一瞬で方をつけてしまえばいい。
ケースから一枚のカードをドローする。
「ここで仕留めます!」
向かってくる岩の弾丸。そのまま直進させるのを許すわけにはいかない。私はカードを正面ではなく、宙に放る。
「『
上空に現れたのは恒星のように輝く光球。そこからたちまち拡散した光線が降り注ぎ、貴利江へと襲いかかる!
同じ拡散弾でもアンタレスとは範囲も持続時間も違う。お前はその光線を避けざるを得ない。
「これがあなたの本気ですか!」
断続的に降りしきる光線の雨を貴利江は踊るようにステップを踏みながら掻い潜ってくる。
「そんなわけないだろう。それは次の手のための布石だよ」
「まさか」
「突進をやめた時点で私の術中にはまっていたんだよ」
私の手にはすでに別のカードが握られていた。これこそ一撃必殺のカード。注力するのに時間がかかるため、時間を稼ぐ必要があったということだ。
「しまっ——」
「これで終わりだ……! 『
放たれたカードは自身にこめられた魔力を暴発させるように砕け、中身を吐き出す。橋を埋めるほどの巨大な光線が鎧武者に襲いかかる。
爆煙が辺りを覆い、視界を遮った。これだけの範囲攻撃なら避けられまい。——かと思ったその時だった。
「倒したと思いんしたかえ? 残念」
「な!?」
煙の中から伸ばされた草のつるが私の体を捕縛していた。これだけの攻撃を受けて鎧が無事なわけがない!
やがてつるの先が露わになる。そこには無傷の貴利江の姿と転がり散った石塊が。
「風情のないことしないでくんなまし」
おそらく綾芽が防壁を張ったのだろう。となると加勢した理由は自ずと限られてくる。
「なるほど、狂った魔女はもっと観戦していたいということか」
綾芽は愉悦のために動いているようだ。最初の介入は見飽きた戦い方だったから。そして今の介入は戦闘が終わってしまいそうになったからだ。
「そういうことでありんすえ。けど……これなら邪魔しない方が乙でありんしたかね?」
草の鞭は両腕ごと食いませるように絡みつき、生半可な力では解けない。これでは
「弱いお人は面白うありんせんねぇ。ああ、わっちを本気にさせてくれるお人はどこにいるのでありんしょう?」
「もう勝ったつもりでいるのか、お前は」
「あら、まだ負けを認めてないのでありんすか? なら……貴利江さん、一思いに殺してくんなまし」
「御意」
捕縛し動かなくなったターゲットにとどめを刺すように岩の小手が飛来してくる。口では威勢よく強がってみたが……正直万事休すだ。
——そう私の力では手詰まりなのだ。
情けないことに私はここで倒されるしかない。だが……世界とは絶えず書き換わっていくものだ。数多ある未来のうちの一つを選択し、今の行動を変えていくのだ。
「ソーマが……いない!?」
小手は虚空を穿ち、彼方へと消えていく。貴利江は周囲を見渡して私の姿を探している。
そう——私はそこにいない。彼女は空間を歪ませたのだから。
「残念だがそなたたちの思い描く未来は掴めない」
強く、そして美しく女性の声と靴の
「へえ……ぬしさんが」
黄金に輝く髪をなびかせ、彼女が姿を現わす。彼女の名は——アザレア・フィフスター。そう、ほかでもない我が主の名前である。
*interlude out*
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