限界突破/episode35


「貴様と戦うのはこれで三度目か」


 無駄口を決して叩かない男が自分から語りかけてきた。その言葉にどんな意味があるのかはわからない。けど、返答したい自分がいた。


「ああ。俺は一回もあんたに勝てなかったけど……今日は勝たせてもらうよ」


 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』を手に取り、意識を変える。


「なるほど……覚悟は決まっているということか」

「いつでもかかってこい」


 標的を見据えるように両手で剣を構える。これが三度目の正直だ。大丈夫、アインの行動パターンは把握している。


「では……先手を取らせてもらう!」


 開幕の火蓋が切って落とされた。アインは俺に向かって魔札スペルカードを放ってくる。放られたカードは——『焼却式——ディガンマ』。


「お前のパターンはわかっている!」


 俺は剣を振るい、火球を斬り落とす。アインの初手はいつも『焼却式——ディガンマ』という遠距離魔法だった。

 ここまでは読み通り。あとは障壁と剣の魔札スペルカードが控えていることを念頭に置けばいい。

 俺はアイン目掛けて駆けていく。


「流石に三度目にもなれば読まれるか」


 アインは次弾を放たず、佇んでいるだけだった。なにか策を練っているのかもしれないが……俺の武器は剣だ。このまま間合いに飛びこむまでのこと。


「『障壁式——サン』」

「な!? 自分の周囲に障壁!?」


 俺の突撃は炎の障壁によって阻まれる! 俺は急制動をかけ、足を止める。

 決してアインが不利な状況ではなかった。迎撃することだって炎の剣を手に取ることだってできただろう。なのに彼は自ら防戦を選んだ。


「障壁なら消し飛ばすだけだ!」


 俺は両手で握った『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』に力をこめる。一撃で叩き斬ってや——


「『焼却式——ディガンマ』、連続掃射」


 壁の向こうのアインは手に五枚のカードを持っていた。まさかあいつ手札全部使い果たすつもりか!?


「くそっ!」


 射線から逃れるように横に前転して跳び退く。なんとか長椅子の陰に隠れたが、防壁にはならないだろう。


「『焼却式——ディガンマ』、連続掃射」


 俺は立ち上がり、全速力で長椅子の前の通路を一直線に走る。背後から感じる熱量と爆煙の匂い。気を抜いたら……間違いなく食らう!


「手札全部ディガンマなのかよ……あいつ!!」


 走っても走っても爆発の音が続く。五枚のカードを手にしては投げ、手にしては投げ。一発の火力が高い焼却式を乱れ撃つということは一気に畳み掛けるつもりか。


「こうなったら!」


 こちらも切り札を出し惜しみしていられない。逃げる足を止めずに身を翻し、その勢いを利用して『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』を放つ。

 魔力の刃は全てのディガンマに命中し、爆発。煙が巻き上がる。だが——


「がはっ! なんで……!?」


 爆煙の中から火球が飛来し、俺の体に直撃する。あいつ……時間差でもう一枚放ってたのかよ。

 吹き飛ばされた俺は壁近くまで離されてしまった。この距離では不利だ。『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』もあそこまでは届かない。

 煙が晴れた先にアインの姿が見える。彼の手には火球が浮いている。


「『合成』」


 男は短く言葉を紡ぎ、自身の魔術式を起動させる。アインの周囲の障壁は火球へと吸収され、特大の業火球を生み出される。


「そんな合成……ありかよ」


 まさか同じ属性すら合成……いや吸収できるとは。カードの種類が少なくても戦えるのはこれが理由か。


「食らえ……『完全焼却式——ディガンマ』」


 放たれた火球が周囲の長椅子を灰燼に帰しながら押し寄せてくる。


「また……デカい魔法でピンチなのかよ、俺」


 いつもこういうバカデカい魔法を対処仕切れなかったっけか。アインと咲久来の炎の竜巻。サラサの砂塵の大嵐。そしてこの業火球。これが——俺に立ち塞がる壁か。

 けど、もう負けない。誓ったんだ……壁を乗り越えるんだって。

 目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。


「大丈夫……信じろ。愛梨彩あいぼうが信じてくれた……太刀川黎おのれを。愛梨彩あいぼうと積み重ねてきた努力を。今の俺ならあの火球を……!」


 目を見開き、目前に迫る火球を見据える。手には動員しても負荷がかからないだけの魔力を。剣に伝えて刃を作る。


「『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』……限界突破オーバー・ドライブ!!」

「あの剣は……まさか」


 刃は天井に届くほど長く……長く。その形はさながら初めてアインと戦った時と同じ武器——魔刃剣。お前が特大の火球なら俺は特大の剣で勝負だ。


「これで……どうだぁぁぁぁぁぁあ!!」


 特大の剣を横薙ぎ、業火を真っ二つに斬り裂く。火球は俺に届く前に爆発し、その姿を消失させた。同時に負担に耐えられなくなった『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』が霧散する。


 火球は葬った——だがまだだ。まだ勝負は終わってない。アインは諦めてない。


 寡黙な男は無言で俺の目の前へと迫ってきていた。まるで最初からディガンマが破られるのを見越していたかのように。手には炎の剣。全く……余念のないやつだ。だが——


「ここは俺の間合いだ!! 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』!!」


 剣と剣が衝突し合い、鍔迫り合いが起こる。


「くっ……! 同じ剣をまだ持っていたか」


 一本剣を消耗しても次がある。強くなったのは俺の力だけじゃない。カードデッキだってあの時とは違うんだ。


「俺だって成長してんだよ!」

「だが、この程度!」


 剣はお互いに反発し合い、離れる。だが、負けるものかと代弁するように両者は再びぶつかり合う。もう競り負けるもんかよ!


「なら、これでどうだ! 注力最大フル・アクティブ!」


 ここで勝負をかける! 俺は残った魔力の半分を剣に注ぎこみ、再び剣に魔力を纏わせる。

 俺の剣の速度は上昇していき、アインの剣を押し始める。


「くっ」

「もらったぁ!!」


 俺が勢いよく剣を振り抜くと、アインの体がついによろめいた。


「『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!」


 そのまま元あった場所に戻すように逆側に振り抜き、剣圧を発生させる。これで……距離が生まれるはずだ。


「『障壁式——サン』!」


 アインは刃を受け止めるように小さく厚い障壁を発生させる。だが、ノックバックは免れない!

 俺はすかさずデッキからカードを引き抜く。


「今だ! 『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』!!」

「なん……だと!?」


 左手で放った『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』はアインの体を捉え、捕縛する。そして伸びた蛇腹剣が巻き戻り、彼はなすすべなく俺の方へ手繰り寄せられてくる。右手には未だに『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』が握られている。


 ——チェックメイトだ。


 俺とアインとの距離がゼロになる。けれどその場に鮮血はなく、どちらも傷を負っていなかった。


「どうした……殺さないのか? 仇を倒すチャンスだぞ」


 男はなに食わぬ顔でそう言った。

 俺はすんでのところで剣を突きつけるだけで、アインの命を奪わなかった。とどめを刺されなかったら嫌味の一つでも言いたくなるか。


「あんたをここで殺せば人手が減る。それじゃ本末転倒だ。それに……俺はあんたの全力と戦えてない」

「なに?」

「『合成』……全然使えてなかっただろ」


 武器魔法に対して合成魔法を使うことはできない。エレメントではない魔法である以上、合成しても意味がないからだ。

 この男だってそうなることはわかっていたはずだ。野良の代表は俺になることだってわかっていたはずなんだ。なのに彼は自ら立候補した。まさかとは思うが……アインは俺たちに勝たせるつもりだったのだろうか?


「一騎打ちでは貴様と私の相性が悪かった……それだけの話だ」

「そうかよ」


 「それだけの話」と言われてしまったら返す言葉が見当たらなかった。実際、彼は俺を殺す気で魔法を放っていた。やはり俺の考えすぎなのかもしれない。


「とにかく俺たちの勝ちだ。これで協力してくれるんだろ、教会のトップさん?」


 剣を収め、壇上の男に問いかける。


「そうだな。君たちの勝ちだ。二宮綾芽討伐までの間、君たちとは休戦だ」


 遠くにいるみんなが歓喜の声を上げていた。これで当面の敵は二宮綾芽のみだ。

 ふと、自分の手のひらに視線を向けた。壁を乗り越え、目標に一歩前進した……確かな手応えがそこにあった。


「これでようやく一人前かな」


 ぎゅっと拳を握り、天に掲げる。騎士としては心許ない太さの腕だが、昔の僕とは違ってたくましく見える。

 自信を手に入れ、教会の協力も得た。あとは狂った魔女を倒すのみ。もう綾芽の好きにはさせない。ここから反撃開始だ。

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