今、戦う時/episode34
その後僕らは善空寺から撤退し、全員で八神教会へと向かった。
着いた時にはすでに八神教会の被害は最小限で収まっていた。現地に
綾芽の木偶人形が襲撃した時、咲久来のお父さんは炎魔法で迎撃したらしい。その時に発生した煙がフィーラたちの目に届いたようだ。
その後八神教会に到着したフィーラと緋色と共闘し、撃退。周囲の住宅への被害もなく、当然僕の家も被害はなかった。
討伐班としてほかの場所を見回っていたブルームによると、八神教会以外に傀儡が一斉蜂起したところはなかったそうだ。完全に八神教会だけを狙った襲撃だったらしい。
愛梨彩の分析によると
「おそらく私たちを撤退させて窮地から脱しようとしたんでしょう。八神教会を狙ったのは相手が教会の娘だとわかっていたから。教会を攻撃すれば撤退せざるを得なくなる。相手の精神を揺さぶって、感情を弄んだ……ってところかしら」
ということらしい。
だが僕には窮地に見えなかった。戦っていたのは貴利江一人で、綾芽は見ているだけだった。まるでこちらを見下して舐め腐っているようだった。だから最初から教会の襲撃が狙いだったのだろう。
そして——それが五日前の話である。
リビングに集まった僕たち五人の空気は沈んだままだった。ブルーム以外の僕含む四人はソファに座ったまま俯いている。
「どうすっかねえ」
沈黙を切り裂くように緋色がぼやいた。
毎日、嫌がらせのように傀儡が一般人を襲う事件が起きている。落ち着く気配はなく、対策もない。
僕たちは元凶である綾芽を殺すことができない。『綾芽が死ねば傀儡が秋葉全域を襲う』という悲劇の引き金を引くことができないのだ。
「ブラフという可能性もあるけど……これだけ頻繁に襲撃しているとなるとその可能性は低いのだわ」
緋色の隣に座っていたフィーラが呟く。
綾芽が嘘をついたという可能性は何度も考えた。しかし、その度に彼女なら本当にやり兼ねないという結論に至る。
「やっぱり……しらみ潰ししかないか」
そう言う僕の声のトーンはあからさまに低かった。
ここ数日対策を考えていたが、一番の解決策がしらみ潰しに傀儡を倒すことだった。だが、それは僕たち野良の魔女では手が足りない。結局、今までのようにシフトで当番制にするしかないのだ。
「だとしたら奥の手を使うしかないだろうね」
「魔導教会ね」
愛梨彩の言葉にブルームが深く頷いた。
「教会もこの事態は重く考えているはずだ。なにせ魔法が人目に触れてしまっているんだからね。そして、皮肉なことに物量押しが得意だったサラサはもうこの世にはいない。彼らだって猫の手も借りたいくらいだろうさ」
ブルームの言うことは最もだった。この場にいる全員がそれが最善だとわかっている。
けれど誰一人、すぐには首を縦に振れなかった。
アインと咲久来とはその場限りの共闘をした。でも、魔導教会と共同戦線を張るのはまた違うように感じたのだ。組織と個人の差……とでも言えばいいのだろうか。教会の理念を飲むことができない僕たちはそこで躊躇ってしまっているのだろう。
主義か……人の命か。比べてしまうとどっちが重要かなんて一目瞭然だが、それは一時的な観点だ。教会はこの先より多くの人間を不幸にするかもしれない。短期間とはいえ、そんな人間たちに手を貸すのは不本意だ。
犠牲なくして対価は得られない。「多いか少ないかの差で犠牲を語るな」というソーマの言葉が呪詛のように頭から離れなくなる。
なにを選んでも犠牲は少なからず出る。僕にできるのは自分の手が届く範囲にいる人を守ることだけ。
充分、わかっている。正義の執行者にはなれないんだってことも痛いくらいに。
——それでも僕は。
「手を組もう……教会と」
「太刀川くん……」
「確かに教会の目的は許せないよ。絶対にこの先に倒す相手だ。でも……教会だって当面の敵は綾芽のはずだ。そこは間違いないと僕も思う。だから利用してやろう」
教会とは相容れない。けど犠牲はやはり少なくしたい。無力な僕だけど、できる限り手を伸ばしたい。
なら可能な限りどちらも取れる手段を選べばいい。使えるものはなんだって利用してやればいいんだ。
「利用……ね。面白い考え方なのだわ」
「だな。最善の手がわかってるのにやらねーのはちょっと違うもんな」
共闘なんて生易しい言葉では納得できなかったのだろう。フィーラと緋色は僕の言葉に理解を示してくれた。
「これじゃ私が否定しても意味ないわね」
「否定する気なんてさらさらなかったくせに」
「そ、それは……」
視線を逸らし、きまりが悪そうに愛梨彩がフィーラに言葉を返す。
「決まりだね。そうとなれば向かう場所は一つだ」
ブルームの言う通りだ。向かうべき場所は——高石教会。
頭は下げない、平伏しない。これは協力願いなんかじゃない。僕たちは『取引』をしにいくのだ。
*
僕たちは再び高石教会へと乗りこんだ。メンバーは僕、愛梨彩、フィーラ、緋色の四人。
交渉しにいくだけだから大人数でいく必要はないと思ったが、場所は敵の本拠地だ。どうしてもついていくとフィーラが譲らなかった。
ブルームはナイジェルと一緒に街の方へと出てもらっている。僕たちが交渉している間にも綾芽の魔の手が迫っているかもしれないからだ。
高石教会に着くと、出迎えが一人やってきた。咲久来だ。
「どうぞ、こちらへ」
ぶっきらぼうに言い放った咲久来が先を歩いていく。「ついてこい」ということらしい。迎え撃たれないあたり、考えていることは相手も同じようだ。
通されたのは以前の会合の時に使われた礼拝堂だった。咲久来はそのまま別の場所へと足を運んでいく。
何度見ても礼拝堂とは似つかわしくない、講堂のような場所に感じる。僕たちは長椅子に座らず、その場でソーマがくるのを待つ。
「おやおや、野良の魔女がこちらに赴いてくれるとはね」
壇上から皮肉めいた男の声が聞こえる。ソーマの声だった。そばには咲久来とアインの姿もある。
「黙って招き入れたってことはあなたたちも同じ考えなのでしょう? 今は私たちと戦っている場合じゃない」
「悔しいことにその通りだよ、九条愛梨彩」
教会も綾芽を放っておくことはできないはず。その読みは的中したようだ。
「で、君たちの要求はなんだ?」
「綾芽を倒すまでの間、教会と正式に休戦協定を結びたい」
ソーマの問いに僕が答える。
「私たちがそれを飲むメリットは?」
「サラサが死んだ今、あなたたちだって人手が足りないんでしょう? なら、休戦は両者にメリットがあるのだわ」
フィーラの言うように、野良と組めば人手をまかなえることはソーマだってわかっているはずだ。その上でメリットを聞くとなると——
「お前たちの力など微々たるものだろう。我々教会なら要請すれば
——人手が増えるという要素は教会側にとってメリットではないということだ。
「増援を待つだけの時間が残ってるのかよ」
「そーだそーだ」と緋色が合いの手を打つ。
教会ほどの組織なら要請は容易いことなのかもしれない。だが事態は一刻を争う。教会だってできるだけ早く、綾芽を対処したいはずだ。
「確かに君の言う通りだ、太刀川黎。増援を待つよりお前たちと組んだ方が早く事件を解決することができるだろう。なによりお前たちには土地鑑がある。そうだな……では決闘で決めるとしようか」
「決闘……?」
予想外の提案で、僕は思わずおうむ返ししてしまう。
「両陣営から代表者を出し、一騎打ちをする。それで勝った方の言うことを聞く。単純だろう?」
僕たちは「どうする?」と尋ねるようにお互いの顔を見合った。
「私はどちらでもよいのだ。ただ我々を凌駕する実力が野良にあると判断できれば、共闘するメリットがあると言えるだろう。どうする? 君たちはこの条件を飲むしかないと思うが」
愛梨彩と視線が合った。僕は頷き返す。同様にフィーラ、緋色も愛梨彩へ首肯して返答する。
「その条件でいいわ」
「では教会からは——」
「私がやろう」
今までその場で沈黙していたアインが唐突に声を上げた。前に出ようとしたソーマは足を止め、振り返る。
「そうか。まあ、いいでしょう」
教会側の代表はアインに決まった。残るはこちら側の代表だ。
「じゃあこっちの代表は俺が——」
「緋色、ごめん。僕にやらせてくれないか」
緋色の立候補を遮るように僕は口走っていた。
「待って、レイ。戦力として強いのはアーサソールなのだわ。ここでわざわざあなたが戦う必要はないはずよ」
「私からもお願いするわ」
「アリサに頼まれたら……断れないけど。ならせめて『
「いや……僕の力だけで戦う」
「どうして!?」
フィーラが声を荒げるのも無理はない。今の僕はそれくらい前のめりになっていて、冷静に状況を見れてないのだろう。けど、こいつとは——
「彼が……アインが太刀川くんを殺した魔女なのよ」
——アインとは決着をつけなくちゃいけない気がするのだ。
自分を葬った恨みを晴らしたいとか、仕返しをしなきゃ気が済まないとか……そういうことではない。
アインという男はいつも僕の前に壁として現れるのだ。そしてことごとく負けてきた。勝てなかった。唯一圧倒した時は借り物の力を使っていた。
だから戦えるチャンスがあるならあいつと戦いたい。自分勝手だけど……一人の
「フィーラ、譲ってやろうぜ」
「ヒイロ……」
「
緋色が真っ直ぐにフィーラを見つめている。
「しょうがないのだわ。でも負けたら許さないから!」
「ああ!」
視線に耐えかねたのか、彼女は投げやり気味だが納得してくれた。もちろんやるからには負けるつもりなんてない。
長椅子と長椅子の間の通路で僕とアインは睨み合う。
いざ前に出ると手が震えた。さっきまで無意識で強がっていて、それが解けてしまったのかもしれない。
相手は一度僕を殺した男だ。二回戦い、二回とも勝てなかった男だ。アインを見て思い起こされるのは無力だった自分の姿ばかり。
愛梨彩を庇うことしかできなかったこと。
合成魔法を対処できず、逃げることしかできなかったこと。
未熟だったばかりに彼を仕留められなかったこと。
「太刀川くん」
声に呼ばれてはっと顔を上げる。見ると、目の前に愛梨彩が立っていた。
「大丈夫、あなたは強い。今のあなたは以前とは違う」
愛梨彩が僕の両手を優しく包んで握る。
「一番そばで見てきた私が言っているのよ? 胸を張っていいと思うけど」
そうだ……あれから何度も二人で死線を越えてきた。強敵に打ち勝ってきた。
ずっと一緒に戦ってきた相棒がそう言うのだ。その言葉に嘘偽りなどあるものか。
「相棒が信頼してくれてるんだ。それに応えなきゃ
「そういうこと。ほら、いってらっしゃい」
背後に回った彼女が僕の背中をポンと押し出す。愛梨彩は信じて僕を送り出してくれた。
君が信じてくれるなら……僕はどこまでだって強くなれる。例え実力で及ばなかったとしても戦いながら進化してやる。僕の強さは意思の強さなのだから。
「いってきます」
今、自分がどんな表情を浮かべているのかはよくわからない。けど……きっと晴れやかな面差しなのだろう。
仲間が信頼して送り出してくれた。代表と認めてくれた。なら、その期待に応えよう。
アインという壁を乗り越えるのだ。今日、ここで!
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