彼女はなぜ学校に通っていたのか?/episode44
丘を下りるとすぐに見慣れた通学路へ到達した。見慣れているはずなのに懐かしく感じるのはやはり久しぶりの登校だからだろう。
ハワードが学校に確認したところ、僕はまだ在籍したままだったらしい。つまり死んだことになっていなかったのだ。今まで気を使って損した。
周りを見ると僕と愛梨彩と同じように学校へ向かう生徒がちらほらいた。
珍しいものでも見つけたかのようにこちらを見返す生徒が数人。おそらく僕の連れに目を奪われたのだろう。なにせ学園屈指の美人なんだから。
そう――僕は今、愛梨彩と二人で登校しているのだ。
久しぶりの学校だったため、周囲の目が気になったいたのだが……視線は全部彼女の方に向いていた。
嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちで山々だ。なによりこんな美人と二人っきりで登校させるなんて。
ことの発端は数十分前。フィーラとブルームを残し、屋敷を三人で出ようとした時だ。
「あ、九条と黎は先いっててくれ。俺、忘れ物したわ」
突然わざとらしく慌てる緋色。
「少し待ってようか?」
「いいって、いいって! 二人でいけよ。な?」
緋色が僕に近づき、肩を抱く。背は愛梨彩の方に向いている。内緒話……ということらしい。
「俺はこういう時はちゃんと空気を読む男だから」
耳打ちされた内容に驚き、彼の顔を勢いよく見る。ドヤ顔でサムズアップしているではないか。
なるほど。好きな子と一緒に登校できる喜びを噛み締めろ……ということらしい。
粋な計らいに反論は無粋だろう。僕は言われるがまま彼女と二人で登校することになったのだが……
残念なことにここまでまともに話せていない!!
会話が続かない理由はなんとなく察しがついていた。僕たちはお互いのパーソナルなことについてあまり話さないのだ。学校にいた時だって愛梨彩とは話せなかったわけだし、こんな二人きりで登校した時になにを話せばいいかなんてわからなくなるのも当然だ。
対する愛梨彩は澄ました顔で先を歩いていく。まるでいつもそうやって登校しているかのようだった。愛梨彩から僕に話すことはなにもないようだ。
いつもなら魔法の話を……と思ったが、こんな往来のど真ん中でするのは憚られる。
こんなことならもっと日常的に会話をするべきだった。どんなに厳しい状況でもお互いのことを話す余裕くらいあったんじゃないか? 魔法のこと以外にももっと……というのは遅過ぎる後悔か。
そう思った矢先、僕の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。ずっと聞きたかったのに聞くタイミングを見失っていたものだ。
「あのさ、なんで愛梨彩は高校に通っていたんだ?」
ずっと聞くに聞けなかった疑問。どうして彼女が学校にいたのかが未だにわからなかった。年齢でいうなら高校なんてとっくの昔に卒業したはずだ。
――魔女が学生の身分を使うのは相当な理由があるんじゃないのか?
そう思ったのだ。
「暇だったからよ」
「……暇。暇!?」
しかし明かされた真実はとてもシンプルなものだった。いや、おちょくられてるんじゃないかと疑いたくなるような理由だった。
「そう、暇だったから。簡単に言えば魔女の生活に飽きてしまったのよ。それに魔法の研究は学校から帰った後でもできたし」
「だからって高校に通うのはどうかと……大学って手段だってあるでしょ」
「私、高校卒業してないのよ? 言ってなかったかしら?」
「え……?」
衝撃の一言で耳を疑った。高校を卒業してない……そんなの初耳だ。
「私が魔術式を継承したのはちょうど高校進学の直前でね。急遽、進学するわけにはいかなくなったのよ。魔女を継ぐ以上、学校は二の次でしょう? それで去年になるまで高校に進学する機会を逃してたというわけなの」
その言葉は酷く重く感じた。彼女はあっけらかんとなんでもないふうに言うけど……正直つらいと思った。僕が勝手に同情してるだけかもしれないけど。
『当たり前』に学校を卒業していると思っていた。けど、魔女にとってそれは『当たり前』でも常識でもなくて……普通とはほど遠いんだと思い知った。
「じゃあそのセーラー服……本当に昔の成石学園の制服なんだ」
「そうよ。それと、この制服は自分への『誓い』……覚悟の表れみたいなものなの」
「誓い?」
制服が『誓い』? 真意がわからず問い返してしまう。
学校へいくだけなら制服は現代のものに合わせればよかったはずだ。ブレザー姿の愛梨彩だってきっと素敵なはずだ。
けれど、彼女は頑なにセーラー服を着続けた。この制服にどんな意味があるのだろう?
「私はずっとこの服を着て、進学したかった。友達を作って、人並みの幸せを謳歌したかった。そんな『普通』に憧れてたから、制服を着れないのが悔しくてね。いつしかこのセーラー服は私にとって『普通の生活』の象徴になっていたの。だから、この服に袖を通すことは『普通を取り戻すための誓い』なの」
「そういうことだったのか」
彼女が黒いセーラー服にこだわる理由。それは着ることのできなかった後悔と普通の生活を取り戻そうという覚悟の表れだったのだ。
あんなにそばにいたはずなのに、そんな理由すら僕は知らなかった。僕にはまだまだ知らないことが多過ぎる。
「どうかしら? 似合ってる?」
誰かに話すことなく、溜めこんできた自分の想いを吐き出したからだろう。今の彼女は上機嫌で、その場でターンしてみせる。
ふわりと揺らめく黒のスカート。スローモーションで靡く艶やかな髪。風に乗り、舞いこんできた彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
ずっと見てきたもの。ずっと知っていたものだ。
それでもそのどれもが素晴らしい。どれもが愛おしい。全てが好きだ……って改めて思える。
「最高に似合ってるよ」
出てきた褒め言葉はなんの飾り気もない、月並みな言葉。
それでいいと思った。どんな回りくどい表現より、これが一番伝わる言葉だと思ったから。
「ありがとう」
素直に感謝されると……胸にくるものがある。なぜか僕の方がはにかんでしまうじゃないか。
愛梨彩が本当は優しくて、満面の笑みを浮かべる人間だって……知れて本当によかった。
と感傷に浸っているのも束の間。愛梨彩は先を歩いている。
「学校にいってた理由の続きだけど……成石学園と争奪戦に密接な関わりがあるからでもあるのよ」
「学園が!?」
追いついたところで聞かされた驚愕の事実。神社やお寺ではもう驚かないが……まさか学校までとは。
この前言っていた『学園は争奪戦から逃れられない』ってのはそういう意味だったのか。
「というかそっちが本命だろ」
「そうよ、よくわかってるじゃない」
今度の笑みはいたずらなものだった。こっちの顔はよく知っている気がする。『暇だったから』というのは彼女なりのジョークかボケのつもりだったわけか。
これはこれで嬉しいのが腹が立つ。愛梨彩が僕におどけてみせるなんて……学校に通っていた時は考えられなかったぞ。
「うちの学園にチャペルがあるでしょう?」
「ああ、あの大きな施設ね。式典とかではよく使うけど」
成石学園にはチャペルがある。豪華な造りになっていて、私立とはいえ金の無駄使いにもほどがあるだろうと思った。全校生徒がすっぽり入るくらいの大きさで、講堂などの役割も兼ねている。今日の始業式もチャペルで行うことになっていた。
「あそこね、秋葉のちょうど中心なのよ」
「え? そうなの?」
「秋葉は土壌に多くの魔力が含まれている土地よ。そこの中心となれば地脈の集結地。つまり……」
「賢者の石を使うのにはもってこいってことだね」
愛梨彩が首肯する。
どうりであんな場違いな建物があるわけだ。学校で宗教的な学習をあまりしたことがないのは、あのチャペルが
「そういうこと。成石学園が賢者の石が最後にたどり着く場所なのよ。学園ができたのはここ数十年の話だけど、それ以前もあそこで賢者の石を使っていたらしいわ」
「争奪戦に参加するなら避けて通れない場所……だから潜入してした調べしてたってわけか」
「高校も卒業してなかったからちょうどよかったのよ」
と、そうこう話しているうちに件の学園が見えてきた。久しぶりに見る、少しだけ真新しい校舎。友達やカレシ、カノジョと仲睦まじく登校してくる生徒たち。外見上はどれも平和に見える。
「ひとまず行動は始業式を終えてからね。午前中しか授業がないから残る生徒は少ないかもしれないけど」
「了解。もしかしたら学園の方に異変があるかもしれないしね」
そう言って二人で学校へと入っていく。あくまで僕たちの目的は魔女の捜索。勉強しにきたわけでも、友達と会いにきたわけでもない。そう、これは潜入調査なのである。
いざ、学園潜入!!
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