転校生F/episode45

 始業式を終え、再びクラスへと戻ってくる。次の時間はホームルーム。まだいくらか時間がある。

 とりあえず、自分の席へと赴く。さっききた時は久しぶり過ぎて自分の席を見失ったが、今度は大丈夫だ。窓側から二列目の後ろから二番目の机が僕の席だ。そして隣は……


「ど、どうも」

「席替えであなたの隣になってたなんてね」


 我が魔女、九条愛梨彩である。教室で話しかけるのは周りの目が気になってしまい、おどおどとした喋りになってしまった。けど、彼女の方はあまり気にしていないらしい。


「ま、みんな仲よくできそうな席でいいじゃんな!」


 背後から明朗な声が聞こえてくる。振り返るとニッカリとした眩い笑顔を見せる緋色が。


「目的忘れるなよ、緋色」

「わかってるっての。まあでもせっかくなら楽しい席の方がいいだろ?」

「それはそうだけどさ」


 不意に彼の隣の席が目に入った。まだきていない……というより空席か。


「二人ともあっちの男子たちが呼んでるわよ?」

「え?」


 愛梨彩の視線の先には二人の男子が。本宮と一乗寺だ。だいたい話の内容は察することができるが……呼ばれた以上いくしかない。

 僕と緋色が席を立ち、教室の真ん中へと歩いていく。


「どしたのさ?」

「どうしたはこっちのセリフだろ、太刀川!」


 思いっきり肩を叩くというスキンシップを取ってきたのはサッカー部の本宮だった。言葉が荒っぽいからよく不良と誤解されるが、本人は明るくてノリのいやつだ。


「ずっと心配してたんだよ、俺たち。さっきは始業式前で喋る暇なかったけど今なら大丈夫だろう?」


 落ち着いた声色で心配してくれている方が一乗寺。本宮と同じくサッカー部だが、彼はステレオタイプなスポーツ青年だった。本宮とは対照的だ。

 クラスにいる時はだいたいこの四人で過ごしてたっけ。よく週刊漫画の回し読みしてたな。

 と、思い出に浸っている場合ではない。背後を見やる。愛梨彩は以前のように窓の外の風景を眺めていた。あまり放置したくないが……仕方ない。一応は調査が僕らの目的なのだから。


「ま、まあ。大丈夫だよ」

「お前、学校休んでイメチェンかよー。コンタクト似合ってるの腹立つわー」

「そうなんだよ。なんか久しぶりに会ったら色気づいてたわ、黎」

「ってそっち側かよ、緋色!!」


 あろうことか緋色は本宮に同調し始めた。

 そこフォローしないのかよ!! お前は僕の現状知ってるだろ!? だいたいコンタクトじゃないし!!

 と内心だけのツッコミに留めておく。言えないのがなんとももどかしい。


「いや、お前も一学期の最後ばっくれてたやないかーい!」

「お、それな!」

「ははははは」


 ボケる緋色にツッコむ本宮。そんな様子を面白おかしげに笑う一乗寺。

 緋色は一学期末までいたからか、三人の仲は今でも良好のようだ。しかも妙に型にハマって見える。


「いや、笑ってる場合か! お前のイメチェンの話なんてどうだっていいわ!」

「ええ……どうでもよかったのか……」

「九条だよ! 九条!! なんでお前親しげに一緒に登校してるわけ!? 学校こなくなるタイミングも一緒だったろ!」


 顔から生気が抜けていく。多分、今僕はチベットスナギツネのような顔をしているだろう。

 ここまで完全に緋色と同じリアクションである。登校中の僕らの様子を見ていたのだろう。やはり気になるのは僕ではなく愛梨彩の方か。

 仕方ない。なんとか誤魔化そう。


「実は……」

「こいつ今、九条の家住んでんだよ。な、黎?」

「お、おう」


 横からまさかのキラーパス!! 今朝の空気の読みが奇跡だったとしか思えないくらい、フォローが下手だ!!

 なに食わぬ顔で話し続けているあたり、自覚がないらしい。

 まさかと思うが、僕が以前緋色にした説明と同じで大丈夫だと思っているのだろうか。あれは緋色相手だったからなわけで……ともかくなんかつけ足して、違和感をなくさなければ。


「いや、ちょっと家庭の事情で……さ。それでいく宛てがなくなった時に知人の家紹介されて……それが愛梨彩の家で、居候してもいいって言ってくれたんだよ!」


 自分で言っていてもバリバリ違和感しかない設定。しかし家庭の事情と言えば踏みこみにくくなるのが人づき合いの常だ。予防線は……張れたはず。


「愛梨彩……愛梨彩ねぇ」

「ふーん、そこまで親しい仲になったってわけだね」


 本宮、一乗寺の二人ともがにまにまと笑っていた。イジるネタを見つけた……と顔に書いてある。


「ちょ、いや! 誤解……ではないけど! ちょっと違う!」

「くっ……!! そういうことか!! この裏切り者ぉ!!」

「お前に先越されるとは思わなかったぁ!!」

「それなー!!」

「人の話聞けぇぇぇぇぇ!!」


 彼ら二人の早とちりが食い止まらない! しかもさらりと「それなー!!」で合いの手打つな、緋色!

 なんかこいつらといると僕の調子が崩れていく……。思えばこんなに和気藹々と話したのはいつぶりだろうか。


「そりゃ可愛いカノジョができたら学校なんかどうでもよくなるよなぁ!! 羨ま……けしからん!! 学校くらいこい!!」


 自棄になった本宮のヘッドロックが炸裂する。彼の言い分が最も過ぎて反論できない。


「悪かったって! ギブギブ!」


 彼の腕を叩き降参を告げると、すぐに離してくれた。ともかく誤魔化すことはできたらしい。予期せぬ展開ではあったが。

 呼吸を整えるように、本宮がふうと一息つく。


「孤高のマドンナ、九条愛梨彩がすでに人の手に渡ってしまったのは残念だが……仕方ない。もう興味はない」

「え、興味なくなるの早っ」


 話題が落ち着いたのは嬉しいが……まるで愛梨彩から興味がなくなったみたいじゃないか。それはそれで従者としては複雑な気分である。いいじゃないか、孤高のマドンナ九条愛梨彩。もっと語り草にしろよ。


「そんな本宮に朗報だよ。今日うちのクラスに転校生がくるらしい!!」


 人差し指を上げ、したり顔で一乗寺が語った内容は――転校生。


「おおーマジか!」


 わざとらしく驚く緋色。


「さっき担任の及川と会った時に言ってたんだよ。うちに転校生がくるって」

「で、で、どんなやつよ? 可愛い女子か? 綺麗な女子か? それともクールな女子か?」

「女子は確定事項なのかよ」


 催促をする本宮は興奮冷めやらぬ様子。僕のツッコミがまるで届いちゃいない。

 だが、ここにきて有力な情報が入ってきたわけだ。このタイミングで転校生となると……もしかしたら魔女かもしれない。

 登校中に愛梨彩から聞いたようにこの学園は賢者の石と密接な関係がある。サラサの魔術式を継承したやつか……それとも教会の人間か。可能性がないわけではない。


「聞いて驚け。転校生は……女だ!!」

「ひゃっほー!! 二学期幸先いいぜ! で、可愛いのか? 俺可愛い子の方が好み!」

「どうも外国からの留学生らしい。可愛い可能性は……大だ」

「外国人……うん、アリだね!」

「うん?」


 二人のやりとりを聞くことに徹していたが、どうも内容が引っかかる。魔女なら外国からの留学生という名目でくるのはわかる。わかるのだが……心あたりがほかに一人いたのだ。


「いやー楽しみだな、黎! 黎、お前顔が悪いぞ」

「悪いのは顔色だよ」

「あーそうとも言うな」


 さっきの大仰な驚き方といい、このとぼけた口調といい……


「緋色……どういうことだよ」

「それはきてからのお楽しみだぜ?」

「それはもう答えを言っているようなものじゃないか?」


 彼の顔が一瞬にして青ざめる。そして下手な口笛。今時そんなベタな誤魔化し方するやつがいるだろうか。

 そんな緋色を助けるようにチャイムが鳴り、担任の及川がやってきた。ウキウキで自分の席に帰る本宮を見て、いたたまれない気持ちになる。


「はーい、席につけー」


 僕と緋色が着席したと同時に中年男性の気の抜けた声が飛んできた。それを聞いて改めて「学校に戻ってきたんだな」と思った。


「えー、始業式お疲れ様。で、早速だが君たちに紹介したい人がいます。入っていいぞー」


 及川が扉の外に声を投げかけた次の瞬間、勢いよく音が響く。


 ――現れたのは白銀の髪を二つ結びにした少女。ブレザー姿の彼女がそこにいた。


「はじめまして! 私の名前はフィーラ・ユグド・オーデンバリなのだわ! よろしく!」


 いや、やっぱりお前かーい!!そんな気はしてたけど!!

 隣の席を横目で見る。口を開けて放心している愛梨彩がいた。いつも引き締まった面差しをしている彼女が面食らって情けない顔をしているのは……ちょっと面白くて笑ってしまった。


「えー、フィーラ・オーデンバリさんだ」

「フィーラ・・オーデンバリ!!」


 そう言ってフィーラは黒板に書かれた自身の名前に『ユグド』という文字を大きく書き足す。やはりそこは譲れないらしい。


「えー、フィーラ・ユグド・オーデンバリさん?……だ。スウェーデンからの留学生で、今学期から君たちと一緒に勉強することになる。みんな仲良くしてやってくれよー」


 クラスメイトがどよめき出す。「可愛くね?」「すげー美人な外国人!」などと口にする男子陣。声が大きのは主に本宮。

 一方で女子の反応は「日本語上手」「肌白い……羨ましい」などなど。こっちもこっちで実に率直な感想だ。


「勝代くん……あなた知っていたわね?」

「おう、まあな。でもこういうのはサプライズがいいだろ?」

「一本取られたわね」


 愛梨彩が頭を抱える。不意打ちがこんなに有効だったとは。覚えておこう。


「オーデンバリさんの席はあそこの空いてるところだ。窓側の列の一番後ろ」

「はーい」


 嬉しそうな顔で僕らのもとへと歩み寄ってくるフィーラ。

「賑やかな潜入捜査になりそうだね」


 目的は潜入捜査だが、せっかくの学校だ。みんなでいた方が楽しいし、効率的だろう。二人もそう思っていたからだろうか、僕らは自然と目笑していた。

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